6-7. 引き分けに持ち込む
日記にはそれぞれが見て聞いたことをできる限り書くことも考慮して、1日1ページ分書けるモノを使っている。だから桜木がのぞき見できるのは、最大でも見開き左右2ページ分。左ページを書いている間は、その当日の部分しか見られない。まさかそれが功を奏するなんて思っていなかった。
確認のために『美夜の日記帳』を出してみる。なるほどと納得するのは、件の不審者の話は見開き右側のページに書かれていた。これなら桜木が確認することはできない。運が悪かったという話だった。
「……ところで確認だけど、朝陽の日記って見たことあった?」
「存在だけは知ってた。中身は見てない」
これで自分から見せていたことがあったとしたら全くもって救えない展開なのだが、それは避けられていたので一安心。そして、見ていないのはどうやら本当らしい。嘘はついていなさそうだ。――もしも嘘だったらそのポーカーフェイスっぷりに免じて、喫茶店の前に積もっている雪で『佐清』にしてあげるんだから。本家とはちょっと違うかもしれないけれど、まぁ似たようなモノだろう、きっと。
「それと、もうひとつあって」
「あ、まだあるのか」
ひとつだけではさすがに証拠として頼りない。何かもうひとつあれば、と思っていたところに来たコレはラッキーだったと思う。
「あとは、これは『美夜』の方だけど、『ユウマさん』からもらったお守りも、かな。あの、神宮の合格お守り」
優しさにつけ込むみたいで少しだけ気は引けたが、仕方ない。ポイントになる部分だ。
「あのお守りって、昨日買ったんでしょ。下見の帰りに」
「あ、ああ、そうだけど……」
桜木は妙に帰りたがらず、あたしは『入れ替わり』があったから極力地元に近いところにいたかった。だからこそ昨日は途中で桜木と分かれて帰ってきたわけだが――。
あの分かれた直後に神宮へ向かったのだろう。幸いあの文具店から神社はかなり近い。その後塾へと立ち寄った帰りに『エスペランサ』に行く途中だったあたしと、『ユウマさん』が出会った時間を考えれば、何もおかしな部分はない。
「そりゃーもー、分かりますって。やたら袋が新しかったし、桜木の日頃の行動範囲を見てたら、お守りを買いに行けるだけの時間的余裕なんてそこまで無いはずだし」
――と、ここまで言ったところで、桜木は不満げだった。
「それは、さすがに推理としてはどうなんだ? 説得力には欠ける気がするんだが」
「そんなの、オマケの情報を先に話したからに決まってるでしょ」
美味しい部分は最後と決まっている。あたしもあの娘も、お気に入りは後から派なのだ。
「何よりもポイントは、あのお守りのデザインよね」
「え?」
「知らなかったの? あのデザイン、今月からのモノなのよ」
桜木の目が、今日イチレベルで大きく見開かれた。これは、知らなかったな。そうだろうとは思っていたけれど。
ああ、よかった。やっと少しだけでもコイツらの鼻を明かすことができた。それだけで今日はスッキリと眠りにつけそうだ。
「今日は3月3日。だからこのデザインのお守りをあそこの神社の売店で買うチャンスは3月1日と3月2日の2日間だけ。その内あの神社の方へ桜木が行けたのは、たぶん昨日だけでしょ?」
あたしは確信を持って訊く。
桜木は、小さく頷いた――ように見えた。もしかすると、認めたくないのかもしれない。ただ首を動かしただけかもしれない。どちらなのかは分からない。だけど、あたしが話せることはもうわずかしかない。できることは、あたしが抱えている残り少ない情報を桜木の前で披露するだけだ。
「だからあたしは、『あたしたち』と同じで、時間帯でふたりが入れ替わっているモノだと思っていたのよ。昨日で例えるなら、あたしと別れた後で『壮馬』が『ユウマさん』になって、『美夜』のためにお守りを買って、その後でもう一度『美夜』になってるあたしと合流した……みたいな感じね」
その予想が立てやすくなったのは、紛れもなくこのお守りのお陰だった。いちばんの御利益だったかもしれない。学力あんまり関係ないけど。――しかも、これで結局入試には落ちていたら目も当てられないのだけれど。あたしが持っているすべてのお守り、もう少しの間、御利益フルパワーでお願いします。
「……参った。なるほどな」
そして、お守りの御利益は、今また少しだけ発揮されたらしい。
白旗。アメリカ映画で、警察に銃を向けられた被疑者のように、桜木は手を上にかざした。まったく、そういうわざとらしい身振りは全人格で共通なのだろうか。誰の影響を受けたのやら。
「だから、今日はすぐにココに連れ込もうとしたってわけか。できれば『朝陽』の状態でオレから話を聞き出そうとして」
「そういうこと。……本当は『桜木壮馬』から訊く予定だったから、その辺りの予定は狂ったけど、収穫としては比べものにならないわね」
まさか第3の人格――というか、むしろ『翔馬』が第1の人格と言うべきなのだろうけれど――が居るなんて全く想像していなかったわけで。
何となく視線を外せば、その先にあった時計は気が付けばもうそろそろ『美夜が起きてくる時間』を示していた。何とか間に合ってよかった。話の途中で入れ替わってしまったら少し面倒くさい。航輔おじさんに状況説明をしてもらうにしても、きっと限界はあるはずだ。何度でもいうけれど『百聞は一見に如かず』なのだ。
それにしても、話しすぎて疲れてきた。喉も渇いてきたが飲み物ももう切れている。湿度管理は比較的できているこの喫茶店だけれど、それでも冬の乾燥には勝てない部分はある。暖房を使えばどうやったって渇きが出てくるのだ。
「お水だけど、要るかい?」
そんなタイミングを熟知していたかのように、航輔おじさんがピッチャーを持ってきた。
「お冷やっていうほど冷やしてないから安心して」
「わぁ、ありがとうございます」
冷たすぎるのもカラダに毒だということも聞く。うれしい配慮だった。さすがおじさん。ただのダジャレ好きオヤジじゃない。
「ナイス継投だろ?」
「え? 何がですか?」
「ふふっ……」
キョトンとするあたしに対して、何かを理解したような桜木。
「そういうことですか」
「え? 何、何? どーゆーこと?」
「カフェラテからホットミルクからの水という変化。そして、投手と水差し……ってことですよね」
――ダジャレかーい。いや、もしかしたらそうなのかな、と思ってはいたけれど。
もうヤだ、このおじさん。やっぱりただのダジャレ好きオヤジだった。
そんな目で見てやれば、何故か照れ笑いを浮かべていた。褒めてない、全然褒めてないウマいこと言ったとか全然思ってない。むしろ話の流れに余計な水を差したとすら思えるくらいだ。
っていうか、桜木のヤツ。コイツもコイツだ。余計な解説なんて入れてくれちゃって。
「アンタのせいだからね」
「え、何が?」
航輔おじさんがコイツを気に入った理由が分かった気がした。
何よ、アンタ。
人のコトは色々言ってくれたけど、アンタも大概、周りばかり見てるじゃん。
――まぁ、いい。わざわざ指摘をするようなことでもない。せっかくだから話題も替えてしまおう。
しかし、"タイムリミット" も間もなく。




