1-4. おちゃらけと鉄槌
「……それにしてもアンタ、昨日から何となく間が悪いよ」
「は? 何だそれ。朝からいきなり言われるようなことかぁ?」
あたしの思考の流れを知るはずもない桜木は、当然のように納得いかない様子だった。コレに関しては八つ当たりみたいなものだから、その反応も仕方ないとは思う。
だけど、最後にちょっとだけ鼻で笑われた気がしたので、あたしは言い返してやることにした。
「見て、これ」
「何」
ずいっと桜木の目の前に手の平を突き出して、まだ指に残っている重労働の痕を見せる。
「……キスなら手の甲じゃね?」
良くもそんなにくだらないことを思い付くものだ。
「その前に平手打ち喰らいたい? ほっぺたでも良いけど、今日は鼻っ柱な気分だわね」
桜木の鼻先を掠めるように右手を軽くスイングをすれば、桜木はわざとらしく身体を震わせるような素振りを見せた。
「お前……、そのスパイク打つみたいな勢いは止めろよ」
「案外腕はまだ鈍ってないみたいね」
「お前の場合、そもそもの腕っ節自体がヤバいだろ。おー、怖っ」
「……何か言った?」
「イエ、ナニモ。メッソウモゴザイマセン」
失礼なことを言ってくる桜木にはもう一度、今度は少しだけ軽めの素振りにしてみたが、今度こそ桜木は黙った。
もちろんあたしも桜木も冗談で言っていることくらいは解っていた。
あたしたち3年生が部活動を引退して久しいけれど、廊下あたりで後輩たちに会ったときにはあの子たちの方から誘ってくれるのもあり、今でも女子バレー部には顔を出すことがある。
こっちとしても受験勉強ばかりだと当然気が滅入ってきて、何か刺激が欲しいときっていうのは有る。その意味では、ちょうど良い気晴らしにもなっていた。
とはいえ、今の軽いスイングで手首に若干の痛みが走ったのは、少しだけ気になった。思えば先々週くらいからそんな気晴らしもご無沙汰だった。いきなりいつもの感覚で腕を振ったのは間違いだったかもしれない。
何時如何なるときにも準備運動は、やはり欠かしてはいけないのだ。
「んで、何? さっきの手の平の件は」
指の痕の方には視線が向いていなかったらしい。
注意力がある方とも思えない桜木にそれを見つけさせようとした、あたしの考えが甘かった。糖分たっぷりの安物ジュースを濃縮還元したモノくらいは甘いだろう。
あたしはため息をかなり混ぜ込みながら、当てつけるような懇切丁寧さで、昨日と今朝の出来事を説明した。
恐らくは学級委員のシゴトになり得るようなモノを、どちらも恐ろしいほどの悪運の良さでアンタは回避したのだ、と。
「あー……なるほどな。それは、うん、ちょっと申し訳ない」
「ちょっとかよ」
「言葉尻で揚げ足取るなし」
「ってか、そこまで申し訳なく思ってないっしょ」
「半紙程度には重く受け止めてる」
「軽いわ、バカ」
本人にそういう意図は無かったとは思う。
だけど、そうは言っても、その結果として重労働をなんやかんやで巧いこと回避したのだから、その程度の小言くらいは受け止めてほしい。
そう思ったって、きっと罰は当たらないような気がする。
たぶん、きっと、恐らく。
「……あ。そうだ」
「いやーな予感しかしない『そうだ』なんだけど」
「そう受け取るも受け取らないも、アンタ次第だけどね」
さっきの桜木のように、わざとらしく勿体振ってみる。
「学年レクのときは、アンタに率先して動いてもらうわねー」
「うーわっ、ヤな予感当たったし。……ちくしょー」
桜木は露骨なまでに嫌そうな顔をした。
「何がよ。アンタ、結構楽しみにしてた感出してたじゃん。男子とも何かいろいろ盛り上がってたでしょ? 願ったり叶ったりなんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれ、って話だよ。俺は、こういう祭りは、ただただ、純粋に、楽しみたかっただけなの」
やたらと単語を強調しながら――というか、いちいち単語ごとに区切りながら、ぷんすかというような雰囲気で憤ってみせる桜木。
そこそこガタイの良さげな男子にやられると若干ウザいので、それに関しては敢えてスルーしておいた上で、根本的なところを問いただす。
「……桜木? アンタもしかして、そもそも委員の仕事をまるっとキレイにすっぽかすつもりだったんじゃないでしょうね」
「……ギクッ」
「しかも、あたしに全部丸投げした上で」
「ギクギクギクーッ」
「普通そういうことは声に出さない」
わざとらしすぎる。マンガか何かか。
イマドキそんな描き方もされないだろうけど。
知らんけど。
きっといる、クラスに一人は。