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月が見つめる朝と夜  作者: 御子柴 流歌
第6章: Delicate Daybreak

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6-1. ソウマとユウマ……と

いよいよ「答え合わせ」が始まります。

        ●



 (こう)(すけ)おじさんは慌てたように店内の壁にかけられている時計を確認して、そしてさらに慌てた様子で持っていた台拭き用のクロスを落としそうになっていた。時間を確認したところで落ち着けるわけがなかった。顔色も若干ながら白く見えるのは気のせいではなさそうだ。


 (さくら)()はといえば、おじさんとは打って変わって動じる様子は見られない。それどころか、むしろ落ち着いているようにすら見える。いつものチャラけたところもない。落ち着いた店内に合わせているというわけでもあるまいし。


「……済まない、(あさ)()ちゃん」


「いえ、おじさんは全く悪くないです」


「えーっと、……済まない」


 視線を泳がせつつ、どうにかその視界に桜木を捉え直したおじさんは、桜木にも一言謝罪をする。だけど、先ほど呼んだはずの呼び名を、今は付けていない。別に今し方言った――口走ったと表現した方がいいかもしれないが、その名前でも問題は無いような気がする。


 だけれど実際のトコロ、()()()()としてはどうなのだろうか。


「大丈夫です、……マスター」


「あ、うん」


 毒気どころか生気までも抜かれてしまったようなおじさんは、そのままよろよろと倒れそうになりつつも何とか気を確かに保った。それもそうか。タイミングが良いのか悪いのか、お客様グループのひとつがお会計を要求してきた。応対はしっかりしなくてはいけない。


「ごちそうさまですー」


「うん、また来てね」


 航輔おじさんが幾分かハリの無い声でお客さんを見送る。その反応が当然ながら少しばかり気になっていたお客さんは、桜木を見ると一転してぱぁっと晴れやかな笑顔になって、手なんか振ってきた。そんな応対を受けた桜木を見れば、見たことない柔和な笑みを浮かべながらさながらお高いご身分で御座(おわ)す人のように手を振った。そんな彼奴(こやつ)を見てきゃあきゃあとしているマダムは、一体何なんだろう。あたしは、さすがに首を傾げるしかすることがなかった。


 応対を終えたおじさんは、静かにカウンターテーブル側の邪魔にならないような場所に移動していたあたしたちに近付いてきた。


「……ごめんね、ふたりとも」


「いえ、気にしないでください。押しかけたのはあたしたちなので」


「今日はちょっと早めに閉めるから、もうちょっとだけ待っててもらえるかな?」


 そういいながら航輔おじさんは、厨房裏への道を開けてくれた。


「ありがとうございます」


 あたしが裏へと向かっていくが、桜木はそこに留まったまま。自分が含まれていることに気付いていないのだろうか。桜木の制服を小さく引っ張ってやる。え、というような顔をした桜木はあたしとおじさんの顔を見比べる。おじさんは小さく頷いた。


「……自分もですか?」


「うん。……悪いね」


「いえ、そんな」


「ほら行くよ」


「……ぉう」


 ようやく従順になった桜木はあたしの後ろをついてきた。




        §




 17時半。おじさんはどうやらお客の波が切れそうになったタイミングで『臨時休業』の札を出し、店内の人たちには早々にラストオーダーを告げたらしい。怒られたり文句のひとつやふたつでも付けられそうなモノだが、全くそんな風にはならなかった。普段からデキた客層が集まるお店なのか、普段からこんなモンだと諦められているのか。どちらが正しいのかまでは、あたしは知らない。後者でないことを祈っておきたいところだった。


「……お待たせ」


 ほんのりとした憔悴感を漂わせたおじさんが、あたしたちを再び店内に通す。ソファ席にふたつほどマグカップが用意されていて、あたたかな湯気が揺れていた。


「ふつうのカフェラテだけど、大丈夫かな」


「はい」「ありがとうございます」


 近場の席につく。おじさんはやや離れたところに椅子を持ってきて座った。


「おじさん、直球で訊いていいですか」


「どうぞ」


 そこまで追い込むようなつもりはないのだけれど、おじさんの表情はすでに硬かった。尋問のようなことをしたいわけではない。あたしとしてはあくまでもいくつかの確認をしたいだけなのだ。


 まぁ、ごちゃごちゃと自分の中だけで考えていても仕方が無い。直球でもイイと言われたのだから、しっかりと直球を投げ込むのが筋だと思った。


「おじさん、……さっきコイツのことを、何て呼びました?」


 声としては出てこなかったが、小さく動いた口元で充分すぎるほどに伝わった。――「やっぱりそう来るよな」、と口が動いた。そうですとも。まずはそれを確認しなくては。


「『ユウマくん』と、言ったね。間違いなく」


 その答えを言い始めるよりも早く、あたしは桜木に視線を移す。見れば桜木は、思ったよりも無表情を貫いていた。何を考えているか――というよりも何を感じているのかすらよくわからないくらいのポーカーフェイスっぷりだった。


 まるでどこかに感情を捨ててきたような。


 あるいは、感情の作り方を忘れてしまったような。


 こんな芸当がコイツにできたのかと、あたしは驚くしかなかった。


 ――「やっぱりね」。


 あたしは、そういうセリフを用意していたのに。桜木を見ながらそうやって言ってやるつもりだったのに。


 ――あの娘が書いたメモ通りだったのに。


「……」


 予定が狂った。何かいいセリフは無いだろうか。


「栗沢はさぁ……」


 そんなときに、口を開いたのは他でも無い、桜木だった。


「何?」


「たぶん栗沢は、いくつか勘違いしてるところがある」


「え?」「……?」


 あたしが疑問を呈するとほぼ同じタイミングで、おじさんも何故か眉間に皺を刻んだ。何だ、おじさんが疑問に思える何かがあっただろうか。


「何よ」


「俺の本当の名前は、()()だ」


「…………は?」


 ――ショーマ?


 言い間違いではなく? ソーマじゃないの?


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