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月が見つめる朝と夜  作者: 御子柴 流歌
第5章: Delicate Daydream

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5-12. 答え合わせのために向かう



        ●



 少し早歩きになりつつ、地元駅の改札を抜ける。電車を降りてからやたらと足早なあたしに、口では文句を言い続けていた(さくら)()も、その歩く速度と顔つきだけは一応真面目な感じ。途中で立ち止まるような駄々っ子プレイをすることもなく、しっかりとあたしのすぐ後ろを追いかけてきた。


「タクシー使うから」


「え?」


 一瞬だけ立ち止まってそう告げれば、桜木は呆気に取られたような顔をする。マヌケになりきらないあたりが、ちょっとだけムカついた。もちろん、コレを桜木に言うのはただの言いがかりなのでここでは伏せておく。


 急いでいたのはタクシーを逃したくなかったからだった。以前見たときにも察していたことだけれど、この時間帯のタクシープールに止まっている車の数は然程多くない。正しくは来てもすぐに別をお客を乗せていくから、プールに溜っている時間が短い、というべきだろう。他のお客の中にも普段からタクシーを使っている人らしき影は、一目散に階段を駆け下りるから明らかに分かった。


 地味に競争率の高い戦いを制してどうにか無事にタクシーを捕まえたあたしは、車内から桜木を急かす。コイツにしてみれば『何で栗沢はこんなに焦っているんだ』とでも思っていそうだ。この事情は今すぐ伝えるべきではないと思っていたあたしは、ただただコイツを急がせるだけだ。


「お金は」


「んなもん気にしなくてイイから」


「お前の(おご)り?」


「似た様なモンよ」


 桜木はふうんと納得したような声を漏らす。実際にタクシードライバーにお金を渡すのはあたしになるだろうけど、そのお金の出元には宛てがあった。あたしの言葉に、それでも渋々といったスタンスは崩さないまま、桜木は隣に乗り込んだ。


 もしかすると桜木は、どこまで連れて行かれるのか不安だったのだろうか。逃避行の真似事をするなら、受験会場側でタクシー拾ってやるでしょうに――なんてことを思う。だけど、連れられる身で考えればそんなことを思いつける余裕はないのかもしれない。


「ここから近いのか?」


「まぁまぁ、って感じ。……ホントはひとつ手前で降りても良かったんだけど」


「え」


「運賃変わらないんだからいっしょでしょ」


 目的地は、ひとつ手前の駅とのちょうど中間点みたいな場所になる。どちらの駅でも降りても電車の運賃は同じで、道路を走る距離もそこまで変わらなさそうであれば、どちらで降りても大差無い。時間のことを考えればひと駅手前で降りるべきだったのだろうけど、まぁいい。下手に疑われても面倒だったので、その分のリスク回避をしたと考えて自分を納得させる。


「マジでどこ行く気だよ」


「悪いことはしないから安心しなさいって」


「……それ、悪人が言いがちなセリフ第9位くらいだから」


 たしかにそうかもしれないけど。


「あ、次の交差点左でお願いします」


 運転席からは優しそうな声が返ってくる。それに引き換え、隣から聞こえるテンションの低い声ときたら。


「入試終わったんだから少しは開放的になりなさいよ。なぁにそんなネクラトーンなわけ?」


「……半ば()()してきたニンゲンがそれを言うか?」


「人聞きの悪いこと言わないでくれる? せっかくイイところに連れて行ってあげるって話をしてるのに」


「いやいや、お前さぁ、『悪いことはしないから』とかいう悪役ムーブをカマしておいて、それは無いから」


「アンタ、どんだけあたしに信用無いの? 失礼ねー。このままもうしばらく真っ直ぐで」


「……あんまり言いたくないけど、お前が俺に抱いてるくらいの信頼感しか無えと思うぞ?」


「あら、そう。じゃあ、全幅の信頼を寄せてくれてるってことで理解したわ」


「……あ、ダメだ。今のコイツ、俺と違う世界線に居やがる」


「いつからアンタ、世界線の違う相手の話が出来るようになったの? すごーい」


「棒読みウッザ」


「あ、次を右です」


「……さっきから何で道案内する余裕があるんだ、それで」


「周り、見えてますから。ワタクシ」


 ドヤ顔でキメる。当然のように桜木はうんざりした顔をあたしに見せてきた。

 どーだ、恐れ入ったか。


「……見過ぎな気もするけどな」


「何か言った?」


「いいえ、別に」


「あ。ここで大丈夫です」


 はいよ、という声とともに、ゆっくりとブレーキがかけられる。ずるりと行くことも無く静かに止まった。乾いた氷は滑らない――なんてフレーズが過る。


「ほら、先降りてていいから」


「……おお」


 予め準備していた財布から料金を支払いつつ、桜木を外に出す。釣り銭は出さない配慮、大事。()(しょう)()(しょう)という声が聞こえたので、あたしも急ぎ気味に車外へ出た。もちろん桜木が逃げないようにすることも忘れない。


「……」


 少しだけ周囲を確認した桜木は何かを感じ取ったらしく、あたしを静かに見つめてきた。少なくとも睨んでいるようには見えない――というよりは、むしろ感情自体がよく見えなかった。ただただ、静かに、夕凪のような眼差しだった。


「こっち。着いてきて」


「……ん」


 突っぱねるような素振りはない。さっきの駅でのように文句を言う素振りも見せない。借りてきた猫みたいなおとなしさだった。


 桜木を連れて歩くこと約30秒、目的地に着く。「ここか?」というように見てくる桜木に、頷きだけで返す。


「アンタが先に入って?」


「俺?」


「うん」


 (しゅん)(じゅん)。戸惑うとまでは行かない。ピクリと足が動いたのは見逃さなかった。


「……」


 もう一度あたしを見つめ直して、何かを決めたように前へと進んで。





 ――そのまま、慣れた手つきで『エスペランサ』の扉を開いた。





 軽やかなドアベルの音が響く。あたしはその隙間に耳を澄ませる。


「……どうもです」


「ん? え、……おお、《《ユウマくん》》」




 ――ビンゴ。




「こんばんは」


 わざとトーンを落とした声を出しながら、桜木の後ろから姿を見せる。


「……お、()()ちゃんもいっしょか」


「いえ、(あさ)()ですよ。おじさん」


「……え? あ」









 ごめんなさい、ふたりとも。


 ――騙すみたいな感じになっちゃって。

以上で、第5章となります。

いよいよ『答え合わせ』です。

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