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月が見つめる朝と夜  作者: 御子柴 流歌
第5章: Delicate Daydream

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5-11. 試験が終わり……その次の



        ●



 英語の試験、その最後の設問である英作文の問題を解き終わる。一度最初のリスニング問題から見直す――と言っても聞き取れたと思われるメモから類推して合っているかどうか考えるだけだ。正直、これはあまり意味が無いかもしれない、と見返し始めてから思う。余計な見直しは自分の自信を水で薄めていくようなものだ。


 ものの数分で見直しを終えると、今度こそ手持ち無沙汰だ。これ以上は何もしようがない。適当に絵でも描こうか――なんて不届きなことが頭を通り過ぎていったような気がしたけれど、踏みとどまる。手遊びとして絵を描いていた文化は私の中には無かった。


 外を眺めようにも、生憎あたしに割り振られたこの席は窓際ではない。そんなことをしたらカンニングの疑いをかけられてしまう。


 仕方なしに、引き続き見直しをしている風に見せかけて、あたしはアタシの中で渦巻いている感情の整理を図る。


 最近は何だかいろいろあった。もちろん、私立校ふたつとこの公立校の入試があった。でも、それ以外にもいろいろとあった。今は机上に出すことはできないが、カバンの中に今日も潜ませている日記帳には、それはそれは年が変わる前とは違ったことも書かれている。その内容を脳裏で手繰り寄せながら、適当に手を動かす。これならテスト時間中に眠ってしまうという、試験監督からすれば不届き者としか思われないような行為を取らずに済むだろう。


 そのままあたしは、試験終了のチャイムが鳴り響くまで、一心不乱に手を動かしていた。




        §




「おつかれー」「おつかれ」「手応えは?」「ふつうじゃね?」「うっわ、余裕ぶっこき」「そういうお前は?」「……それなり」「お前だって余裕じゃん」「アンタは素直に人の言うことを聞けないわけ?」――とまぁ、そんないつも通りの応酬をしながら(さくら)()と落ち合った。

 とくに連絡をしていたわけではないが、何となくちょっとだけ教室に留まってから階段を降りていこうとしたら、別の教室から丁度出てくる桜木を見つけた。あたしが声をかけようとするのと同時くらいのタイミングでアイツもこっちを見て、そのままあたしの姿に気が付いて、この流れだ。打ち合わせでもしていたっけ? ――と勘違いするしそうなレベルだと思う。


「理科は事前予想が当たったんだよなぁ」


「へえ、やるじゃん。……っていうあたしは数学で当たったけど」


「えー、そっちの方が良くね?」


「大差ないでしょー」


「そんなもんかねえ」


 それなりには、今日の件を話しているあたり、一応我ら受験生。でも、そんな生活も今日でしばらくは終わり。そんなことを思えば少しは感慨深いモノが――いや、無いな。うん。開放感の方が大きい。もう少し財布事情に余裕があれば、少しばかり散財したいくらいの開放感はある気がする。やらないけど。余裕があればの話だから。余裕ないもん。ああ、涙。


「この後は、あれか。自己採点とか言ってたよな」


「あぁ、ね。そうね」


 テレビでも解答速報みたいなモノが、きっと今頃放送されているはずだ。明日には新聞に問題とその回答例が記載されてくる。明日はそれを使って自己採点をして、その雰囲気を教員に教えるとかいう作業がある。ある程度のアタリを付けるという意味があるのだろうか。真意は不明だ。


「一応訊いとこ。……ぶっちゃけどれくらいイケそう?」


 何となく触れ損なっていた話題に触れてみる。


「あー……、めっちゃ自信あるわぁってヤツだけを正解にするんなら260くらいじゃないのかね」


 ちなみに高校入試は主要5教科で合計300点満点という形式になっている。


「謙遜したかぁ」


「さすがになー、自信持ちすぎたらさすがに後が怖い」


「へえ、桜木にしては珍しい」


「お? 300とか言った方が良かったか?」


 出た出た、よく聞くおちゃらけモード。ようやくいつものペースを取り戻してきたということなのだろうか。試験会場から離れれば離れるほど、何となくだけれど桜木の頬のこわばりが解けていったように見えていたのは、どうやらあたしの気のせいでは無かったのかもしれない。


「……訊かなきゃ良かったなぁ」


 わざとらしく言ってみる。


「違えよ。お前の訊き方がわりとシリアス寄りだったから合わせただけだ」


「あら。あたしに責任転嫁するってこと?」


「そうじゃねえっつの」


 一応、こうやって空気を読もうと思えば読めるのが桜木壮馬だった。普段からやれよ、と思わなくもないが。


「そういう栗沢は?」


「あたしは……、まぁ、アンタと同じくらいな気がする」


「……ってことは280点と」


「話聞いてた?」


 前にもあったような気がする、こんな話の流れ方。


「聞いてるっての。そういう意味だろ?」


「……まぁね」


 謙遜して言えば260点。それなりの期待感を込めて言えば280点。まぁ、そんな感じだろうとは思っている。


「ってことは、お互いガチでそこそこイイ線行きそうな感じだな」


 ふんわりと空を見上げながら言う桜木。釣られてあたしも見上げてみる。そろそろ夕暮れの時間も始まりそうだ。冬も終わりが近付いているとはいえ、まだまだ陽が落ちるのは早い時期だった。


 そういえば、朝は地獄のように寒かったことも今更ながら思い出す。日中の気温が高くなっていたせいで、目抜き通り沿い、横断歩道近くの雪は融けているところもある。このまま行くと深夜にはしっかりと凍って結局歩きづらい道が形成されるのだ。もうしばらくの辛抱とはいえ、この地域のツラいところではあった。


「お守りの効果はあった、ってことか」


「……まぁね」


 それは、まぁ、あまりにも()()()()だと困るけれど、御利益が無かったと切り捨てるなどということは少なくともあり得ない。実はしっかりと胸ポケットの中に忍ばせていて、時々撫で回していたことは内緒にしておいた。





 結局中身のない会話に終始したまま駅へと着く。あとは電車に乗って地元の駅へと戻るだけ――と桜木は思っているのかもしれない。


「桜木」


「ん?」


「アンタって、この後用事ある?」


 一瞬だけ、桜木の目が泳いだ――ような気がした。気のせいか。ただ、自分のスケジュールの記憶を手繰っただけのようにも見える。あたしの考えすぎの可能性の方が高そうだ。


「いや、とくに無いけど」


「そ。じゃあ、ちょっと今日はあたしに付いてきて」


「えー」


 不満げだ。


「何よそのリアクション。文句あんの?」


「いや、別に文句とかそういうんじゃねえけど」


 セリフと顔が合ってないぞ、桜木。明らかに不満顔じゃん。声も完全に文句を言うときの声色じゃん。


「イイでしょ。アンタ、昨日の下見のときにはあたしに迷惑かけてたんだから、今度はあたしに付き合うくらいの甲斐性くらい見せなさいよ。男でしょ?」


「今のご時世、そういうジェンダーのナンチャラは流行らないと思いますっ」


「やかましいわ」


 文句を言うなら、その辺のワードを頭に入れてからにしなさい。


さて、朝陽には何か考えがあるようですが。

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