4-8. 心配性
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呼んでいたタクシーに乗り込んだときには既に日付変更線を越えてしまいそうな時間になっていた。結局おじさんは再びお店へと戻ったので、帰路は予定通りにユウマさんとふたりだった。
――いや、少しだけ違う。
本当は、ユウマさんが私だけをタクシーに乗せて帰らせようとしていた。いつも以上に何を考えているのかわからなかった私はそれを固辞して、何としてもいっしょに帰ろうと告げてもなお、コンビニとタクシーの間で押し問答を繰り返してしまった。
いい加減にしないとタクシーの運転手が困る、だったら私も帰らない。
この2点を交渉材料――脅し文句とも言うかもしれない――にして、どうにかユウマさんも乗せることに成功したという顛末があった。
車内での会話は、ない。せめて後部座席に並んで座っているような状態ならばもう少し話しやすかったはずだ。だけれどユウマさんは、私を後部座席に座らせるとすぐにドアを閉め、自分は助手席へと座った。
私から話せるようなモノも無ければ、ユウマさんがいつものように軽率に話を振ってくることもなかった。ただひたすらに乗員乗客の3人は前を見つめたまま。スタッドレスタイヤがアイスバーンを噛む音と車内無線の雑音だけがBGMになっていた。
冬道といえどもさすがは自動車。ものの数分で目の前には私の家がある。結局最後まで車内に会話が紡がれることはなかった。
ドアが静かに開けられると同時にユウマさんが運転手に何かをつぶやいて、私と同じく車外へと出た。どこまでついてくるのだろうかとも思ったが、彼の足はそこで止まったまま動かなかった。
「……ありがとうございました」
数歩歩いたところでそれに気が付いた私は、ユウマさんを向いて頭を下げた。
「……ふ」
ユウマさんは、何故か小さく笑った。
その声は本当に小さく、だけど本当にどことなく、泣きそうな色がついていたように見えた。
「僕は、美夜ちゃんに感謝されるようなことは全然していないよ。むしろ……」
「そんなこと、全然ないです」
ユウマさんがまた何か長々と言い始めそうだったので、強制的に打ち切らせる。落ち着いたところがある人だとしか思っていなかったけれど、思考の土壺に嵌まってしまうと案外抜け出すのが下手な人らしい。
何となくだけど、そして恐らくはそんなことなんてないのだろうけれど、初めてユウマさんが人間らしいところを見せてくれたような気がしてしまった。
「感謝しています。助けてくれて、ありがとうございました」
もちろんさっきの窮地を救ってくれたのは間違いなくユウマさんだ。だけどきっと、感謝をするべきなのは今日のことだけではない。かなりうざったい絡みをされたことはあるけれど、それでも――何様のつもりだという話だけれど――根気強く話し相手になってくれたことに対しても感謝はするべきなのだろう。
気恥ずかしいので、今はまだ『今日のことだけ』ということにしておくけれど。
「……うん、わかった」
どうやら納得してもらえたらしい。ようやく私の懸念事項がひとつなくなってくれた。
「それでは」
あとはきっと、心残りはないはずだ。踵を返して玄関へと向かおうとしたところで、違和感を覚えてもう一度振り返る。
――ユウマさんは、まだそこに立っていた。
タクシーの扉の前で、私の姿を何も言わずに見つめていた。
「帰らないんですか?」
「美夜ちゃんが家の中に入るまで、ここに居させてもらえると嬉しい」
「……随分と過保護なんですね。心配性だって言われたことないですか?」
「とくに、無いな」
微笑み返し。それはいつも通りだ。
口調とその雰囲気はいつものユウマさんのはずだけれど、何となくユウマさんにまとわりついているような違和感は、何故か不思議と拭い去ることができなかった。
「……変わってますね、本当に」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「変です」
「ありがとう」
憎まれ口みたいになった私のセリフにも微笑み返しをするユウマさんは、やっぱりきっと変なんだ。違和感もきっと私の気のせいだ。今は自分をそうやって納得させながら玄関ドアの鍵を開ける。片足を家の土間に付け――
「……それでは。おやすみなさい」
「うん。おやすみなさい」
もう役割は終わったとばかりに満足そうに立ち去っていくユウマさんをタクシーに戻るその最後の瞬間まで見送り返してから、私は家の鍵をすべて掛けた。
第4章、完。
……さて、『答え合わせ』に参りましょうか。




