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月が見つめる朝と夜  作者: 御子柴 流歌
第4章: Symmetric Sunrise

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4-7. 窮地を脱して

        ○



「本当に、申し訳ない」


 道路の反対側へと逃げていった影をスマホを持ったままわずかに追おうとしたが、私が居たのを思い出したのかその足はぴたりと止まった。


 ユウマさんは静かに私を見つめて、そして深く頭を下げて言葉をつなげた。


「話には聞いていたんだけど、まさか……、実際にお出ましになるとは思ってなくて」


 それは、私も同じだ。


 話には聞いていた。知っていた。この界隈で深夜帯になると不審者がいるという話。気を付けろと言われても何に気を付けろというのだろう、そういう時間帯に外にいることが避けられない場合はどうすればいいのだろう――。そんなことは思っていたけれど、実際に出くわすとまでは考えが向かなかった。


「目抜き通りにでも出れば人目もあるだろうしなんて思って、本当にごめんっ。あのタイミングでびっくりするほど人も車も通らないなんて思ってなかったし。まさかその人目が……その…………」


「もういいです、いいんですってば」


 そんなことを言われたら――。


 冷静になって考える必要もなく、悪いのはむしろ私の方だ。

 何も考えずに独りでふらっと外へ出て、勝手にこういう目に遭っているのだから。言うなれば自己責任であり、自業自得だった。


 だからこそ、そこまでしてユウマさんが謝る必要は、たぶん無い。


「顔、上げてください」


 だからこそ、彼の(おもて)を前に向かせてあげる必要があった。


「本当に、もう、いいんです」


「でも……、そういうわけには、行かない。()()(さま)の娘さんを危険な目に遭わせて……」


 それでも、ユウマさんはユウマさんで折れない。折れる気配がない。顔を見せてくれる予感がしない。


 どうして、そんなに私を(かば)うようなことを言うのか。何度でも思う、明らかに悪かったのは私だ。


 なのに、どうして――。


「どうしてみんな、そこまで()れ物に触るような感じなんですか」


「…………え」


 私の言ったことが、ユウマさんの中の何か引っかかったらしい。

 でも、今は何でもいい。どうでもいい。

 何が引き金になったなんて些末なこと、心底からどうでもよかった。


 一度(せき)を切ればそれまで、とはよく聞く。

 さながらヒステリーを起こした人が、(せき)(ずい)反射的に言葉を並べて投げつけていく様は、物語の中でも時折目にすることがある。


 ただ、そんなことなんて無いだろうと思っていた。


 ――つい、さっきまでは。


「ユウマさんだけじゃないです。みんなそうです。良くないこととかロクでもないことをしたり言ったりしても宥め賺すみたいな言い方で。そのくせ私の一挙手一投足文字をひとつ書くことにさえに妙な注意を払うみたいにして呼吸してるのかどうかを確かめるみたいにこっちを見てるみたいにして聞き耳も立てて」


 何を言ってるかもわからないまま、呼吸だけが苦しい。


「そんなの……。そんなこと、私、望んだことなんて、無いのに」


 吐き捨てた――と言えるのだろうか。こぼれ落ちていっただけなのではないだろうか。


 どこまでが本心なのかもよくわからない言葉の()(れつ)を、ユウマさんはただただ真正面で受け止め続けた。



        ○



 しばらく経ってからやってきたタクシーの運転手に、ユウマさんは交差点すぐ近くにあるコンビニで待っていて欲しいと告げてそこへと向かわせた。どうするのだろうと思って居たが、彼はそのまま私の手を取った。()われるままについていけば、目的地はそのコンビニだった。


「先ほど不審者を目撃したので、警察を呼びたいのですが」


 そう言いながら彼はレジ担当の店員に、先ほど撮影したと思われる不審者の映像を見せた。状況を直ぐさま理解した店員はそのまま警察へと通報を行ったようだ。


 わざわざコンビニまで行かなくてもその場で警察を呼べば良かったのではないかとも思ったが、少し経って分かった。ここのコンビニチェーンはセーフティステーションだった。まちの安全や安心の拠点としての活動要請を受けているコンビニがあり、110番や119番への通報はもちろんのこと、さまざまな防犯や安全の取り組みを行っている。ユウマさんは、それをしっかりと覚えていたのだろう。


 それに――これは、もしかするとの話だけれど――私をあの『現場』に留めておきたくなかったのかもしれない。

 正直、あの場で待たされるのも不安感はないではなかったし、何よりも風の通りが良すぎたために寒かった。その辺も配慮してくれたのかも知れなかった。




 深夜帯だというのに、数分も経たずに警察官はやってきた。


 不審者についての説明はほとんどすべてユウマさんがやってくれた。私も一応は覚えていることを伝えようとしたものの、あまり詳しくは思い出せなかったし、そもそもユウマさんが撮ってくれた写真と、わずかな時間しか写ってはいなかったものの一応の動画があり、それで充分だった。


 もちろん、こんな遅い時間に年若いふたりが外にいたことはユウマさんとひとまとめにして咎められたものの、それもほんの少しだけだった。どうやら証拠映像を掴んでいたことで帳消しにしてくれたらしい。随分と優しい警察官だった。


 私としては、事情聴取の途中で慌ててやってきたおじさんが心底から申し訳なさそうな顔をしていた方がよほど印象的だった。ユウマさん以上に深く頭を下げようとするのを押しとどめようとしたらやたらと力強く抱きしめられてしまい、それについては反応に困るので金輪際止めてほしいとは思った。


油断大敵。

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