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月が見つめる朝と夜  作者: 御子柴 流歌
第1章: Morning Mist
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1-2. ホントはアイツのシゴトのはず

「っていうかさぁ、そもそもなんで(しょう)()が手伝ってたの?」


 音楽室は2階と3階にそれぞれひとつずつあるが、今日の目的地は残念ながら3階にある第2音楽室の方らしい。

 ちょっとだけため息モノだわね、なんてことを思ったりはする。


 あたしはひとつ目の階段を上りつつ訊いてみる。


「え? そりゃーもちろん、私はいつだって品行方正な――」


「たまたま別の用事で来てたところを、私が捕まえたの」


 何か自慢気な顔をして言おうとしていた翔子だったが、(あけ)()先生が強制的にシャットアウトした。


「……ちょっとセンセ、私の超一流のボケを潰すのやめてよー」


「あら、ごめーんねー。別に私としては、あの場で頭髪チェックしちゃってもイイんだけどぉ?」


「うぐっ。……そ、そ~れは、ちょ~っと勘弁してくださいよぉ」


 暁美先生なりの気遣い。だけど翔子には効果覿(てき)(めん)

 いつもはわりとその先生にもノリの良いタメ口を利く翔子も、さすがに追い込まれると少しはまともになるらしい。


 安心しな、翔子。

 暁美先生はだいぶオブラートに包んでいるだけだから。


「どーせそんなことだろうと思ったけどー。っていうか、モノ持ってるから大きいリアクションも出来なくて残念だったね、翔子」


(あさ)()のそれがイチバン余計な発言ですぅ! ほんっと、朝陽っていっつもそうだよねー! ネタ潰しすんのマジでやめてよねー!」


「いつもじゃないでしょーよ。たま~にノッてあげてはいるんだから、ちょっとくらい感謝はしてよー?」


 普段の授業もこれくらい緩くてもいいのに――なんてことを思ったりもするけれど、そのあたりは暁美先生なりの美学があるとかで、普段はもう少しキリッとしている人だ。

 こうして話しているときの暁美先生はお姉さんっぽくてイイと思う。


「っていうか翔子、アンタいつから芸人になったのよ」


「え? 私は朝陽と初めて会ったときから、朝陽をツッコミに置いたコンビを組んでるつもりだったけど」


「勝手にあたしを巻き込むなっ」


 ――あ、しまった。自然とノせられてしまった。


 しかし、だ。


「それにしても……。どうしてこういうときに見当たらないかなぁ、我らが副委員長は」


「たしかに。っていうか、()()が居たら一発だったじゃんね。私が手伝う必要もなく」


「……アレ呼ばわりなんだ」


 少し呆れ気味のトーンで先生が言う。いつもそういう風に呼んでいるわけではない。

 だけど、ウチのクラスの副委員長の(さくら)()(そう)()が時折見せるヘラっとした小憎たらしい笑みを何となく思い出したところで、別に『アレ』呼ばわりでも構わないだろうと思った。

 訂正はしない。それくらいの扱いは甘んじて受け入れてほしいところだった。


「たしか桜木くんなら、ご家庭の用事とか何とかでついさっき帰ってったよ。その後で部活の後輩っぽい子に捕まってたけど」


「なるほど、逃げたか」


「逃げたね、これは」


 翔子がじっとりとした声でつぶやく。無論私も乗っかっておく。何なら乗らない意味がない。

 悪代官と越後屋のような雰囲気を作って、翔子と見つめ合いながらニヤリ。


「そういうことじゃないと思うけどね」


 家庭の事情とやらがあるのならば、たしかに仕方ないかもしれない。

 彼奴(あやつ)の家庭環境について知っていることは、さして多くはない。男子生徒の中では同じくクラス委員ということもあってそこそこ会話は交わす方とは思うけれど、それでも同じクラスの男子の個人情報で知りうるモノなんて高が知れている。

 良いところ、住んでいる家の場所的にはウチの中学校は学区外だが、この街が敷いている『学校自由選択制度』という制度を使って、ウチの学校に通っているという話くらいだ。敢えて最寄りの中学校を選ばなかったのは、「こちらの学校の方が部活動が盛んである』という理由があるから、ということだったが、本当のところどうなのかは知る術はない。


 もっとも、あまり知る必要のないことだと思う。

 そういう詮索ほど意味の無いものはない。


「いやでもセンセ、わりとアヤツはふらっといなくなるパターン多いですって」


「そ~お? 桜木くんって大抵クラスの中心にいて元気なイメージあるけど」


「それは表の顔なだけなんだって。大事なときにはふらっと消えるんだってば」


 なおも食らいつく翔子に暁美先生は苦笑いを浮かべる。そしてそのまま翔子の力説をあしらうように、持っていたプリントの塊を翔子に預けながら音楽準備室の鍵を開けた。


「ちょ!? センセ!! 重いッ!! 何で全部私!? ちょっとくらい朝陽にも振ってよ!! あ、朝陽もちょっとくらい手伝ってくれたってイイじゃん!?」


 翔子の絶叫が放課後の廊下に響いた。

 このフロアには2年生の教室もあるせいで後輩達の視線を一手に集めているけれど、今の翔子にはそんなことを構っている余裕はないだろう。


「ご愁傷様」


 こっちとしても両手に楽譜を抱えているので、お悔やみの言葉を小さく呟いて心の中でそっと手を合わせることにした。

品行方正も大変。

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