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月が見つめる朝と夜  作者: 御子柴 流歌
第4章: Symmetric Sunrise

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29/57

4-5. 帰り支度は整った

        ○



 カップを下げてもらってしばらく経った、いつも通りならば退店間際のこと。そろそろおじさんも帰り支度を済ませている時間帯なのに、おじさんにその動きが見られない。まだ裏の方に引っ込んだままだ。

 私と同じくユウマさんも支度は済ませている。まだ時間がありそうならばと既に書き始めていた日記やメモも、とっくにネタ切れになってしまっていた。


 どうしたのかと思ってからさらに数分経って、慌てたようにおじさんが戻ってきた。が、その恰好は先ほどと変わりがない。むしろ、何となくホコリっぽい感じがした。


 そのままの勢いでおじさんはパチン! と手を合わせた。


「ごめん、()()ちゃん。今日はおじさんもうちょっと作業があって……」


 それなりに大きな問題が発生しているような感じがした。


「あ、でしたら僕も……」


「あー、うん。その申し出はすごく嬉しいんだけどねえ」


 ユウマさんが明らかに時間外労働になることが確定的な手伝いを買って出ようとするが、おじさんは歯切れの悪い反応を見せる。


「ほら、……ね」


 言いながら壁掛けの時計を指差すおじさん。ココにいるみんなが知っている。所謂『良い時間になっている』というモノだ。さすがにこれ以上の長居をするのはよろしくないし、それを私にさせたらダメだということをおじさんはしっかりと把握している。


「ああ、それでしたら別に」


「ユウマくんには美夜ちゃんを送ってあげてほしいんだけど、良いかなぁ?」


「え」


 ひとりで帰れますと言おうとしたところで、盛大に水を差された。


「……そこまで露骨にヤな顔されるとは、さすがに思ってなかったよ」


「そうですか?」


 ――そこまで酷いとは思っていないけれど。


 ユウマさんの目ではどう見えていてそれを彼の脳細胞がどう処理したのかまでは、私にも分からないから細かいことは何も言えないけれど。それにしてもちょっと失礼だとは思ったりする。


「年頃の女の子を夜の雪道にひとり放り出したら何を言われるか、って話だよ」


「ですよねえ」


「いや、あの」


 そういう心配を要らないというわけではないけれど、ユウマさんがそこでおじさんの言葉に納得するのは何だか違うような気がしてしまう。彼が私の保護者たり得るのかという点でも私には疑問符が浮かんでいた。


 ――しっかりとした人ではあるけれど。


 そうではない。それだけではない。でもまた言語化するには難しい何かがそこに横たわっているような感覚があった。


「美夜ちゃんにもユウマくんにも悪いと思ってる。それは当然。だから、そうだなぁ……」


 そう言って、おじさんはしばらく唸る。


「ユウマくんには時間外手当を支給するのは当然として……。ふたりとも気に入ってくれたらしいショコララテをケーキセットでご馳走するというのはどうかな?」


「いや、そんな。これって別に残業っていうことでも無いような……」


「ユウマさん、そこは遠慮しちゃダメですよ」


「ホラ、そこの監督署の人が見てるから」


「おじさま?」


「ハイハイ」


 だんだんとおじさんの対応がいい加減になってきている。ちょっと繰り返し同じことを言い過ぎたとは思っているので、小さく反省しておく。


 もちろんただの中学生が何を言っているんだという話ではある。私はバイトもしたことがないし、社会の仕組みだってほとんど分からない。

 とはいえ、労働基準監督署の話は冗談としても、雇用主が出すと言ってくれているのだから、受け取っておくべきだとは思ったから言っただけのことだ。


 ユウマさんは私たちの間で何度か視線を往復させて、納得したように小さく頷いた。


「僕は、美夜ちゃんがそれで良ければ」


「美夜ちゃんは?」


 今度は私の番らしい。


 ユウマさん的には『ヤな顔』をして見せたらしいけれど、私としてはとくにそこまで嫌なわけではなかった。ただ引っかかったのは、おじさんの提案が意外だったということくらい。


 だから――。


「私も、とくに問題は無いので」


 決してケーキセットに釣られたわけではない。きっと。


「お願いします、……ユウマさん」


「交渉成立、っと」


 タクシー代なら出すからねー、と言ってすぐさまバックヤードの方へと戻っていくおじさん。そんなに目が離せないような事態が起きているのだろうか。とくに問題が無ければ私も、そして恐らくユウマさんも手伝うとは思うけれど、そうさせてくれない理由が何かあるのかもしれない。


「行きましょうか」


「そうだね」


 ユウマさんもまた後ろ髪を引かれているような気はしたが、私がそれを断ち切る。ここに長居されても、おじさんの迷惑になってしまったらあまり意味が無い。ならば、身内である私が先んじて行動した方がいいと思う。


「ところで、ご自宅はどのあたり?」


()(つき)(ちょう)の方です」


「え。それ、そこそこ遠くない? さっき歩いて帰れるみたいなこと言ってたから、ホントにこの近所なのかと思っていたんだけど」


「別に、そんなことないです。歩こうと思えば歩いて帰れます」


 2キロは無いと思う。少しばかりアップダウンがあるので、同じ距離の平坦な道よりは疲れるだろうけど、その程度でしかない。日中であれば何度か歩きでの往復をした実績がある。


「いや、まぁ、うーん」


 それでもユウマさんは納得してくれないらしい。私はそこまでヤワじゃないのだけれど。


「雪道だし、何より夜だし」


「何ですか? 送り狼にでもなるんですか、ユウマさんは」


「……むしろそういうのが怖いからなんだけどなぁ」


「……え? 何ですか?」


 何故か後ろを向き、私には聞こえないかどうかくらいの音量で呟くユウマさん。


「都合が悪ければ別のタクシーに乗るのも悪くはないと思いますけど?」


 ふたり分それぞれのタクシー代を払うなんてことは、おじさんも想定していないと思うけれど。


「そういうことじゃないけどね」


 今度は苦笑いを浮かべた。


「……まぁいいや。とりあえず、タクシーは呼ぶことにするよ。一応マスターにも言ってくるね。お金もいただいてくるから」


「じゃあ、私、表通りの方に出てますね」


「え? あ、ちょっと」


 目印は大きい方がタクシーを呼びつけるには便利なはずだし、それに――何故だか少し疲れているような、あるいは頭を冷やしたいような、そんな気分だった。


夜に、ひとり。

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