4-2. 疲れを癒やすモノ=……?
いつもの席について、何も言わずとも出てくるだろうドリンクを待ちながら、私は少々違和感を覚えて店内を見回す。時間は21時を少し回った頃合い。いつもよりは少し早いかもしれないが――。
「あ、美夜ちゃんだ」
「……どうも」
「今日もお疲れさま」
「ありがとうございます」
ユウマさんが厨房の奥の方から現れるなり、人好きのしそうな笑みを向けてくる。私もいつも通りに挨拶を返す。
見ればユウマさんは、両手に大きめの袋を抱えていた。結構な重量がありそうな雰囲気だ。おじさんが具体的にいつ廃棄物収集を頼んでいるのかは知らないが、その日が近いのだろう。
私に労いの言葉を掛けながら、ユウマさんはそのまま外へと出て行く。むしろお疲れさまの言葉が必要なのはユウマさんの方な気がする。恐らくはお店の裏手か影の方にあったはずの物置にでも置いてくるのだろう。とくに上着を羽織ってもいなかったようだが、ちょっとくらいの時間なら充分耐えられるはずだ。
「ぐふふ」
「……何ですかいきなり。そんな気色悪い声で」
突然よくわからない声で笑った――のだろうか。それすらもよくわからないような品質の音が聞こえて思わず口をついて出てきた言葉に、おじさんはあっさりと膝を床につきそうな勢いで崩れた。
「チャップマンもびっくりな剛速球……」
「野球の話ですか? それならバドミントンのスマッシュの初速の方が速いですよ?」
「……そういう問題じゃなくてね。美夜ちゃんのボケって取り扱いが難しいなぁ」
シャトルには大きな空気抵抗が発生するのですぐに減速してしまうとはいえ、初速だけなら他の球技の追随を許さないのだが。
とりあえずの話、野球好きのおじさん的にはそういう問題ではないらしかった。
いずれにしても、ボケたつもりはないのだけれど。
「じゃあ何なんです?」
「いやあ。美夜ちゃんは今、誰を探してたのかなーって思ってね」
「……そうでしたか?」
そんなつもりは、無い。たぶん。何となくの違和感には気が付いたものの、その正体が分からなかったから少し調べてみた――ただそれだけのことだ。そこに他意はないし、ましてや人捜しをしていたわけではない。
「おじさんの気のせいでは?」
「じゃあ、そういうことにしておこう」
含みの有る言い方。含みしかない笑い方。釈然としないけれど、ここで変に刺激をすると余計にうるさくなるのがこのおじさんだ。ぐっと飲み込んでおくことにするのが恐らくは正解だと思う。
そんな私に、タイミングを見計らったようにおじさんはいつものノンカフェインカフェオレを出してくれた。ちょうど良い温度にしてある辺りはさすがだった。おとなしく、少しばかりささくれだった気持ちごと、おなかの中に落としていくことにした。
「だいぶ寒いですねー」
「あぁ、お疲れさま。ありがとうねユウマくん」
「いえいえ」
急に冷たい風が吹き込んできたと思った瞬間に、すぐ止む。ユウマさんは自分が入り込めるだけの隙間を作り、用が済めばすぐ閉めた。ありがたい動きだった。
「そんなユウマくんにも、ハイ」
「あ、ありがとうございます」
何故だか最近の定位置になっている私のすぐ隣の椅子に座ったユウマさんに、おじさんは私と同じように労いのコーヒーカップを供する。
ふんわりと漂ってきた香りは、私のものとは少しだけ違うような気がした。気になってカップの中身を見てみるが、とくに色味が違った感じはなかった。
「あ、気になる?」
「え?」
「これ」
ユウマさんが自分のカップを指差す。
「え、ええ、まぁ。……少しだけ、ですけど」
「じゃあ、ハイ。どうぞ」
ずいっと差し出されるカップ。ふわりとした芳香には、私のとは違った甘さのある香りが含まれているような気がした。
――が、話の本筋はそうじゃない。
「いいんですか?」
「もちろん」
返答は早い。
少しだけユウマさんの顔色を窺うけれど、これといった変化もないし、何ならいつもと然したる違いもない。気にならないわけではないけれども、結局これだって気にしすぎたら負けなのだろう。とはいえ、最後までユウマさんの目を見つめながら、静かにひとくちいただくことにする。
「……あ、…………ん?」
一瞬過ぎ去ったような気がする甘味。だけどその直後にはいつもとほぼ同じ色彩の風味。
――これって、もしかして。
「これもしかして、……チョコレート、入ってますか?」
「あ、すごい」
「美夜ちゃん大正解」
ぱちぱちぱち、とふたりからお義理のような拍手を受ける。
「ショコラモカってことですか」
「そういうこと。力仕事とかもしてもらうことが多いから、やっぱりちょっとは甘味があった方がいいかなと思ってね」
「……なるほど」
それは、たしかに良いかもしれない。何なら肉体的な疲労感だけではなく、頭脳的な疲労感にも効きそうな気がしてくる。疲れたときには大抵甘いモノが欲しくなるモノだし。
「……美夜ちゃんのお気にも召したようだし、お店のメニューにしても良いんじゃないですかね」
「え? ……あ! すみません、私……」
ユウマさんのコメントに対してにっこりと満足げな笑みを浮かべるおじさんを尻目に、私はこっそりともうひと口いただいてしまっていた。自覚もなく、まるでこれが自分のカップであるかのように飲んでしまった。
「大丈夫、それまだ口付けてないし」
「ですけど……」
「だったらさ」
言いながら、ユウマさんは私のカップを指差す。
「そっちの、もらえる?」
甘味は私も好きです。




