4-1. 受ける視線
第4章は妹の語りです。
※2022/01/22:脱字修正を行いました。
○
「あ、栗沢さん。丁度良かった。ちょっと待ってね」
「はい」
いつも通りに学習塾に到着し、自分のブース――というには心許ない――に入ろうとしたところで、先生に呼び止められた。ちょっと待ってと言われた通りに講師陣の待機部屋の前で待っていると、そのまま小さく手招きをされる。
――ならば最初から「ちょっとこっちに来て」とでも言えばいいのに、と思わないではなかった。
「……何でしょうか」
余計な波風を立てる必要はないので、おとなしく部屋に入る。
先生は少し大きめの封筒を取り出し、私に預けて寄越した。
「コレ、この前のね」
あっさりとしすぎている説明を受けつつ封筒に書かれている文字をよく見れば、中身は先日実施された模試の結果らしい。先月末に行われた難関校を受験する生徒向けに実施されたモノだ。
意外に返却が早く感じたが、受験者が限られていたからだろうか。
――まぁ、いい。そんなことは、どうでも。
「ありがとうございます」
「この調子でがんばってください」
どの調子なのか今ひとつわからないが、とりあえず先生には会釈だけを返して自分のスペースへと向かうことにした。
「……」
何となく、いつも以上に視線を感じる。
居心地は、悪い。良いと思える理由が全くない。
こちらを向いた目にどんな意図があろうと、私は視線を浴びることが嫌いだった。
そういうときは――もちろん時と場合にも依るけれど、視線を返すことにしている。そうすると、やはり。視線を向けていたことが『悪いこと』だと心か頭の何処かで感じていれば、そういう人間は慌てて目を逸らすものだ。
こういう場面で好奇に満ちた視線を送ってくる人間は、得てして視線を向けられると弱い。
当たり前だが、その視線の主以外他に誰もいない場合とか、どう考えても変質的なニンゲンである場合とか、そういう時であれば目を合わせる理由はなく無視するに限る。そんなことは世界でも指折りに意味の無いことだと思う。
「……ふぅ」
まったく、どうにも面倒だった。
時間はまだ少しある。することもないし、ならばと封筒の中身を開けて見ることにした。
――ああ、なるほど。
そう思わずにはいられなかった。
模試の結果は、運が良いことに非常に良好。この模試を受ける直前に復習していた内容のほとんどが出題されてくるというとてもラッキーなことがあったとはいえ、受験者全員を対象にした順位でもひと桁というのは出来すぎな方だ。この時期に得られる『結果』としてはかなり自信に繋がる結果になったと思う。
それにしても、と改めてこっそりとため息を吐いてしまう。たまたまとも言えそうな結果なのに、そこまで奇異の目を向けてこられるのは、やはり居心地は良くない。こういうことは初めてではないのだから、少しは慣れて欲しいと思わないことはなかった。
それに、成績上位者リストをよく見れば、他にも私と似たような成績の人はこの塾に通っていると思われる子の中にもそれなりに居ることが確認できた。
それは別に、受験した子を見かけたとかそんな理由ではない。リストに記載されていた受験場所のコードナンバーを見れば一目瞭然だ。
さっきまで私に不愉快な視線を送ってきた人は、そういう子に対しても同じ目を向けているのかは定かではない。何せ私はその名前を見てもその子の顔が分かるわけではないから。
ところがその反対に、この塾の大多数に私の顔と名前が分かられているらしい。この前どこの学校の子なのかもわからない子に話しかけられたときも同じだ。――実に迷惑な話だった。
頭を一旦クリアにするために大きく深呼吸をする。ついでに背筋も伸ばしておくことにする。どうせこれから1時間程度は集中しなくてはいけない。少しでもリラックスはしておきたかった。
伸びをしたときに正面の席にいた男子から、またしても好奇に満ちたような視線が飛んできた。わざわざ後ろを振り向いてまで見てくるとは、暇を持て余しているのだろうか。
静かに視線を戻せばまた慌てたように前を向く彼らには、――とくに送ってやれる言葉も何も無かった。
○
講師へのさようならの挨拶もそこそこに、机上の筆記用具を一気に片付ける。忘れ物防止のためのルーティーンには従っているつもりだが、傍目から見ればどうだっただろうか。いつもよりも焦って見えるのだろうか。それとも、どこか腹立たしげにでも見えたのだろうか。
もしかすると、周囲からは後者のように見えたのかもしれない。他の子たちの机の脇を通り過ぎるときにちらりと見えたのは、妙に驚いたような、あるいは怯えているような、そんな風に見える表情たちだった。
腹立たしく思っていた部分があるのは、間違いないかもしれない。あそこまで不躾な視線に苛まれたのだから、それくらいの理解はしてほしいものだ。
まさか『有名税』なんていうくだらないモノを引き合いに出すような真似はしないでいただきたかった。
扉の近くに屯するどこかの子たちの姿も確認しないうちに、早々に塾を出る。外は少しばかり雪がちらついていた。風はほとんどない。その分だけいくらか暖かく――は感じない。語弊を招かないように言うならば、いくらか寒さは和らいでいるように感じた、と言ったところだろう。
塾の入った建物を出てすぐ裏の路地に入り、少し歩けばいつもの純喫茶がある。
「こんばんは」
「やぁ、おかえり」
「……何ですか、それ」
「ありゃ、芳しくない反応。……別に間違ってはないと思うんだけどなぁ」
扉を開け、ベルの音とともに小さく挨拶をすれば、言われたこともない返事がおじさんの口から飛んできた。概ね間違っていないような気はするが、魚の小骨くらいの違和感はあるような気もする。ちょっと難しいラインかもしれない。




