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月が見つめる朝と夜  作者: 御子柴 流歌
第3章: Symmetric Sunset

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3-7. 滅多にしないような話をこんなところでするふたり

        ●



「寒っ」


 生徒用玄関を出てすぐ、あたしの第一声がコレ。だけど許してほしい。寒いモノは寒い――というか、ちょっと痛いくらいの風だった。

 気温はそれなりに低くなってきているけれど、そこに鋭く突風が吹けば寒さは段違い。身体は上着で防御できても、顔はなかなか防御しきれない。


「結構出てきたな、風」


「ねー」


 ふたりで身体を震わせる。


 手袋を持ってきていないらしい(さくら)()は、上着のポケットに両手を突っ込んでいる。ちょっと猫背気味になっているあたり、結構なやせ我慢をしているようだった。


 時々思うけれど、ウチの学校の男子は基本的に上着が薄い気がする。それで寒そうに身体を丸めているのはちょっとかっこ悪く見えるのだけれど、男子的には薄着で居る方がカッコイイのだろうか。あの辺の『カッコイイ観』はよくわからなかった。とくにこの時期に体調を崩したら受験にも響いてしまいそうなものだ。体調管理の方を優先した方がいいと思うのだが、どうなんだろうか。


 あと、ポケットに両手を突っ込んでいる状態だと、もう少し違う問題も起きると思う。――ちょっとだけ、その件についても触れておいてやろうか。


「アンタ、それで思いっきり転んだらダサいよ?」


「転ぶ瞬間にお前掴んで共倒れになってやるから心配すんな」


「むしろ心配になるわ。っていうか、マジにそれしたっけマジでキレるからね」


 言いながら距離を取る。この時期にしてはかなり降り積もっている雪は、歩道と車道の境目あたりに高く積まれているので、その分歩道は狭い。それでもできる限りの距離は取っておくに越したことはない。


 もっとも、ここら辺でいちばん危険なのは横断歩道のエリアなのだけれど。


 ――そして、冷静に考えれば、わざわざコイツの隣を歩く必要自体が無いのだけれど。


「ウソに決まってんだろ」


「どーだか」


 (しん)(ぴょう)(せい)は無い。

 低いではなく、無い。


「あたし、手袋一応もうひと組持ってるけど、使う?」


「え? いやぁ、たぶんサイズ合わないだろ」


「あー……」


 言いながら、ポケットの中に突っ込まれている桜木の手を、ポケット越しに見ようとしてみる。その視線の向きを感じ取ってくれたらしい桜木は、その手をあたしに見せてくる。ついでなので自分の手を近付けて見れば、――たしかに結構な差があった。


「……ん、履いてみ?」


「あ、折れねえんだ」


「あたしが折れると思う?」


「おっしゃる通りで」


 諦めたように両手をこちらに向けた。


「っつーか、手袋ふたつも入れてんだな」


「今日は、たまたま入ってたのよ」


 半分くらいは本当。ポケットにひと組入っているのを忘れて別なモノを履いて、それをそのままポケットに突っ込み直して放置していただけの話。

 デザインを気に入って色違いでひと組ずつ買ったものだったので、気分によって色を変えられるということでポジティブに考えることにしていた。


 本当のことなんて言わない。自分のズボラな部分を、わざわざ好き好んでコイツの前に晒してやる必要は、きっと無い。


「はい」


「……ん」


 ()(しょう)()(しょう)受け取って、何だかんだ言いながら手袋を履く桜木。


「……ほらな」


「ぶっ」


 不格好に縮こまっている桜木の手に、思わず噴き出してしまった。


「お前がやったんだからな?」


 わざとらしく呆れた表情を作りながら、桜木は手袋を返して寄越した。


「思った通りでございました」


「うっせえわ」


「アンタが思ってるより健康的でしょ?」


「何を言うか。ぶっ倒れた分際で」


 くだらない応酬。でも、それがまたラクだったりするのだった。


「……あーあ」


 話がしばし途切れたところで、桜木が気怠そうにため息を混ぜながら呟くように言った。


「どしたの急に」


「いや。この後塾かぁ、って思って」


「お勤めご苦労なことで」


「そらどーも。……いや、もうちょっとくらいは『優勝』に浸っていたかったわぁ」


「あはは。たしかに」


 その気持ちはものすごく解る。我々はかくも悲しき受験生。宿命からは逃れられない。ありきたりな『がんばれ』からは時々目を背けたり耳を塞ぎたくなる年頃だ。それでも自分なりにできる最善の策だけは打っておこうという話だ。


「お前は塾行ってないんだっけ?」


「そ。あたしは通信教育派」


 昔からだ。それで何とかなってきたし、今も何とかなっているはずだ。一応、定期テストの成績も大崩れしたことはない。一度だけ、運悪くインフルエンザに罹ってしまったときだけは、大いに焦ったけれど。


「それさぁ、自分の部屋でやるんだろ? よく集中できるな」


「んー……」


 その感覚は、よくわからない。


「あんまりそういうのって、意識したことないかも」


「集中とか、って話?」


「うん」


「マジかよ」


 桜木がこちらを向いて、幽霊とか妖怪の類いのような、何か恐ろしいモノでも見たような反応をした。そこまで変なことを言ったつもりはないのだけれど。


「何て言うかさ。『集中しよう』とか『集中しなくちゃ』って思ってる時点でもう全然集中できてないじゃん」


「……そういうモンかねえ」


 桜木を納得させることは出来なかったらしい。とくに構いやしないけれど。

 別に理解してもらおうと思って言ったわけでは無いのだから。


「俺には無理だな。学校みたいな形式の方がラクっていうか、ヘタに監視が無いような状態だとつい気が抜けるっつーか」


「へー……」


 それこそ、あたしにとっては少し意外だった。




実際、凍結路面を歩くときは間違っても手はポケットから出しましょうね。

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