3-5. 素直じゃないヤツ
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「優勝、おめでとう!」
全日程が終了した体育館に整列する3年生たち。全員が見つめる先、ステージの上で学年主任の幸田先生からトロフィーを桜木が受け取って、ウチのクラスは狂喜乱舞で大騒ぎ。桜木はそのままステージから飛び降りてクラスの元に駆け寄り、そのままトロフィーごともみくちゃになる。
担任の長谷川先生からのお叱りと、それに対する幸田先生の苦笑いを苦笑いで返しながら、あたしは残されていた賞状を受け取った。ステージから降りるときに暁美先生がぐっと力強く親指を立ててくれていたのには、あたしも応えることにした。
結局ウチのクラスは午前中の絶好調をそのままに、無事に全種目全勝を果たして完全優勝。中学校生活最後とも言えるくらいの大きなイベントで大成功を収めたわけで、当然テンションが上がるのはわかる。わかるけれども。
ひとまずは多めに見てもらえているようだけれど、ステージからのダイビングは如何なモノかと思わないではなかった。
「いやぁ……。すごいな」
「でしょー?」
各教室に備え付けられている台座にトロフィーを飾り、台紙に挟み込んだ賞状はそのすぐ横の掲示板に貼る。それをすこし老眼が始まりつつあるという目で見つめながら長谷川先生は楽しそうだった。
それ以上に楽しそうなノリで翔子が答え、教室内は再び笑いに包まれた。
この笑い声が鼓膜に突き刺さってこないところからすれば、あたしの熱はだいぶマシになってきたらしい。ひとりだけ、全く違うところでひとつ安心感を得ていた。
「ホントなら各種目別でものトロフィーも欲しかったっすね、先生!」
「あー、たしかになぁ」
今回の学年レクで用意されていたトロフィーと賞状は、各種目の勝ち点(勝利で3点、引き分けなら1点、負けなら点が入らない。いわゆるサッカーなどのリーグ戦で採用されている方式)で最終的な成績を統合した結果、1位だったクラスにのみ渡されるということになっていた。
理由は、単にそれしか用意できなかっただけという、ちょっとしょっぱい話ではあった。
「……賞状くらいは作るか?」
「おおっ!」
先生の提案に沸き立つみんな。
「トロフィーも、どっかの倉庫とかに使ってないのが転がってそうなんだよなぁ……」
「おおおっ!」
さらに沸き上がるみんな。
「……お前ら、トロフィーについてはあんまり期待はするなよ?」
「大丈夫っすよ、いざとなったら先生が自費で買ってきてくれるのを期待してますから」
「ばかたれ」
苦笑を添えたいつものノリでバサッと切り捨てられる桜木に、いつものように笑いが起こった。
「じゃあ、帰りのホームルーム始めるぞー、日直ー」
「はーい」
起立を簡略化した号令がかかって、ホームルームが始まる。――といっても、この時期になれば議題になるようなモノもほとんど無い。とくに今日のような日はなおさらだ。
一応、最近この周辺で出没していた変質者についての続々報ということで、その変質者が捕まった旨が先生から説明された。学習塾に通う生徒が大半である現状、塾帰りの時間帯での出没情報が多かったので、とりあえずは安心できるニュースだ。
「とはいえ、変なヤツっていうのはどこにでも湧くからなー。気を付けろよー」
なかなか身も蓋もないことを長谷川先生が口走ったところで、とうとうホームルームの議題はなくなった。少々早いがさようならの挨拶だけは済ませる。
早々に机を教室の後ろに下げて、あとはチャイムが鳴れば掃除当番以外は解放の時間だ。ちなみに私は教室掃除当番なので、解放されるにはまだ時間が必要。ちょっと残念。
「ふー……」
何の気無しに出てきたため息のような深呼吸。教室の外は晴れ。だけど、西の方からちょっと厚い雲が流れてきているのが見える。夜には雪が降りそうな気配だった。
「ため息か?」
「んぇ?」
ぼんやりとその遠くの雲を眺めていたところで、不意に真横に人影が現れた。そしてそのまま話しかけられる。身構える時間もなかった私は、実にマヌケな声を返してしまった。
――よりにもよって、桜木壮馬に対して。
「何。まだどっかダルいとかか?」
「え? 何で?」
てっきりあたしは「そんな色気のねえ声出すな」とか、いつも通りに人をバカにしたようなことを言ってくるものだと思っていたので、何だか拍子抜けしてしまう。いつもの桜木のノリからすれば、意外でしかなかった。
「なーんかアンニュイなため息ついて外見てりゃ、そりゃあ『こいつどーしたんだ?』ってなるだろ」
気にさせてしまったらしい。
「へー、優しいんだ?」
「別にそういう意味じゃねえよ」
――あら、意外。
どうせ、「だろ?」とか「まぁな」とか、調子に乗ったようなことを言ってくると思っていたのに。
そういえばコイツは、あたしを保健室に――その、ナンチャラとかいう抱きかかえ方をして運んだらしいけれど。その話はイマイチ信用できない筋からのモノだったので、幾分か盛られた話だと理解している。
実際どうだったのかをコイツに訊くのがいいのかもしれないが、コイツもコイツで信用できない筋なので、あたしにとってはどうしようもない話だった。
「じゃあどーゆー意味ぃ?」
「ウッザ」
即答だった。いっそ清々しい。
そうそう、それでいい。桜木壮馬はそれでいいのだよ、うん。そのくらいがお似合いだ。
「わー、傷ついたぁ。傷ついたから教室掃除手伝ってってよ」
「いいよ? 別に」
「え」
「え?」
鸚鵡返しに対して、綺麗なまでの鸚鵡返しが返ってきた。
いや、だってさ。そんなまさか、首を縦に振るなんて、思わないし。そんなの、時々掃除をすっぽかしかけて先生に引き摺られてくることもあったヤツのセリフじゃない。
「え、なんで」
「別に、とくに今日はやることないし」
「塾とかは?」
「そんなん、もっと後の時間だし」
たしかにそうだけど。一応は知ってたけど。何か――ホラ、体裁を保たないとダメ、みたいなことがあるじゃないか。そういうモノだよ、今のは。知らんけど。
「前、何か、家庭の事情的なヤツで早々にいなくなってたこともあるじゃん」
「あー……。そんなのもあったような」
歯切れが悪くなった。
「……あんまりいろいろめんどいこと言ってると手伝わねえぞ」
「はいはい、ごめんって」
拗ねられてしまうのもまた困るので、表面の極々薄いところで取り繕っておく。
「……ありがと」
「おう」
そして、小さくお礼を言えば、小さく返ってくる。
つくづく素直じゃないヤツだった。
「どちらが」とは申しません。




