3-4. 体調不良とプリンセス疑惑
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昼休みの時間となり、冬季体育祭は佳境を迎えている。
我らがクラスはどちらの競技も絶好調。3試合ずつを終えて3連勝。概ね圧倒的な内容で勝ち続けているので、クラスメイトのテンションも上がりっぱなしだ。
まさかウチのクラスだけが本気を出しているわけではないだろうが、それにしても圧倒的すぎてちょっと怖い。
そもそもウチは元気なタイプの子が多いクラスなので始まって間もなくからも応援の声が大きかったが、それもひとつひとつ勝ちを重ねるごとに大きくなっていった。
まだ大きな声を出せるのか、と他のクラスの担任が若干引き気味に笑っていた顔が印象的だった。結局その流れを引き継いで、給食の時間もいつも以上に声が大きかった。
ただ、その想像以上の声が、あたしのアタマにガンガンと突き刺さってきたのも事実だった。
まだ誰にもバレてはいないと思う。あまり長い時間、他の子に顔を凝視させないようにしているし、あたし自身、応援とかをしていても声は出ているはず。だから、まだ大丈夫なはずなのだ。
――だけど、たぶん、また熱が上がってきている。
体育館ステージの上で待機しているときに、何となく隙間風があるような気がしていた。ずっと身体に冷たい風が当たっている様な気がして、時々座っている場所を変えたり、ちょこちょこ立ち上がったりしていたけれど、ほとんど効果無し。それでも、クラスごとに別れて座れと指示されている状態なので仕方ないのかと思っていた。
それが確信に変わってきたのは、学級委員としての仕事が入ってきて、立ち上がったときに不意に立ちくらみのようになり、その時に掴んだ金属の手すりがものすごく冷たく感じたこと。
さらには、一旦教室に戻る道すがら、それが間違いだということに気付かされた。廊下の風があまりにも寒く感じてしまった。
そう感じたら、ダメだった。
給食の時間の周りの声はやたら耳に刺さってくるように感じた。身体の芯が熱いような、なのに凍っているような不思議な感覚で、暖房も弱く感じる。呼吸の度に喉の奥が震えるような感じもする。
「ねえ、朝陽?」
「…………」
「朝陽!」
「……へ?」
椅子に座ってぼんやり――していたのだろうか。よくわからない内に気付けば真横には翔子が居て、何の反応もできないままおでこに手を当てられる。
「つめた……!」
「違うっ、アンタが熱いの!」
「……ぅえ?」
思わず呟いた言葉が翔子に遮られた。
「アンタ、やっぱり大丈夫じゃないっしょ!」
「や。だいじょうぶだって」
「寝てきな! 今すぐ! ホラ!」
「だから、だいじょぶ……」
立ち上がって平気なところを見せようとして――。
――世界がひっくり返った、気がした。
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「……んぅ」
「あ、朝陽、目ぇ覚めた?」
「……あれ?」
ここは何処だろうかと頭が認識する前に、あたしを覗き込んでくる顔がひとつ。翔子だ。
「ほら朝陽。とりあえず、これ飲んどき」
お水の入ったプラスチックコップと薬が渡された。水の冷たさがコップ越しなのに手から通って身体に刺さる。
渡された薬は、たぶん解熱剤。何度かお世話になっているからわかる、定番の銘柄のモノだった。
何とか薬を喉に通して一息吐いて、ようやく周りが認識できた。ここは保健室。先生は不在で、居たのは翔子だけ。きっとあたしが起きるのを待ってくれていたのだろう。申し訳ない気持ちになる。
「びっくりしたよ、ホント。触ったらめっちゃ熱いし、いきなり倒れるしで。なーにが『だいじょーぶ』よ、全然大丈夫じゃないっしょ」
「……ごめん」
さすがに素直に反省する。ちょっと寝たから大丈夫なんて考えは甘かった。ウチの体育館は長時間身体を動かさないでいると、冬場はかなり冷えてくる。そんなことすらも完全に忘れていた。
時間を確認しようとして、腕時計は教室に置きっぱなしなことに気付く。辺りを見回して恐らくはどこか掛かっているはずの壁掛け時計を探す。
――有った。14時ちょっと前。だいたい1時間くらいは寝ていた計算になるのだろうか。
「……行かなきゃ」
「ダメ。まだダメ」
起き上がろうとしたところで翔子が止める。思いっきり両肩を押さえつけられて、そのままベッドに倒される。
「あら、ヤだ。翔子ったら積極的なのね」
「……意外と元気ね」
「でしょ?」
「でもダメ。どうせ口だけだし」
「………………チッ」
「舌打ちしない」
意外と頑固な子だった。――恐らくそれは、翔子もあたしに対して思っていることだろうけど。そして、数年来の付き合いで互いにわかっていることでもあるけれど。
「翔子ー? そろそろだよー」
「はーい、わかったー!」
クラスメイトである宝水美彩のお呼び出し。競技の順番と翔子が呼ばれたことから考えると、次は簡易版ホッケー――フロアボールだろう。
「じゃあ、朝陽の見張りは美彩に任せるとしてー」
「えーヤだー、あたしも行くー」
「駄々っ子は少し黙りなさい」
「ヤだヤだー」
わざとらしく駄々をこねて見れば、翔子は苦笑いしてあたしのおでこに手を当てる。今度はそこまで冷たく感じなかった。
「あー、でもさっきよりはちょっとマシかもね。ゲームはやれないかもしれないけど、上着でも羽織ってくれば応援はできそうかも?」
「マジ!?」
「でももう30分は寝てなさい」
「はーい」
だったら、おとなしく言いつけを守っておこう。すごすごと布団に潜り直しぐりぐりと調整したところで、翔子が妙にねっとりとした笑みを浮かべながらあたしを見下ろしてきた。
何だろう。何か、あまりイイ予感はしないけれども。
「とりあえず、桜木くんにありがとうって言っときなよー」
「え、なんで?」
――何で、桜木に。
「朝陽がさっき立ちくらみみたいになって倒れそうになったとき、桜木くんが頭打たないように抱き留めてくれたんだからね」
「え」
「あと、ここまでアンタを運んだのも桜木くん」
「え」
「しかも、お姫様抱っこで」
「え」
「何か、いつもとちょっと雰囲気違ってて、ちょっとカッコよかったんだからねー」
「え」
「惚れ直してあげなよー?」
アンタにも見せたかったなーなどと言いながら翔子は廊下へと出て行って、保健室はシンと静かになった。
翔子とは入れ変わって来てくれた美彩には急に黙り込んだせいか思いっきり心配されたけど、あたしとしてはそれどころではなかった。
そこそこ身長差はあるので(というか桜木くんはわりと長身の部類なので)、お姫様抱っこもできる。
そんな裏設定もありやなしや。




