3-3. 夫婦漫才、当然心外
韻踏んだって、所詮論外。
●
委員全員でテキパキと動けば準備なんて一瞬だった。準備作業の大部分は前日の間に終わっていて、残されている作業も部活動の都合で設営出来なかった部分を仕上げるだけなので、それも当然という話ではあった。
あたしはそのおかげで、ホームルームまでの数十分は保健室のベッドを使うことができた。眠気はまだ少しだけ残っているけれど、身体はだいぶ軽くなってきた気がする。これなら競技の欠場はしなくて済みそうだ。
「朝陽ー!」
「あ、おはよー」
「大丈夫なの?」
「え? 何が?」
教室に戻ると、翔子をはじめとして何人かは心配したように声をかけてきてくれた。保健室に行っていたことは誰にも言ってなかったはずだけど――と思ったが、即座に否定する。おそらく桜木がみんなに伝えたのだろう。保健室で仮眠を取ってくることを知っていたのは、桜木を含んだ委員の子だけ。あたしがいないことを不思議に思った子がヤツに訊いたとか、恐らくそんな感じだろう。
「まぁ、ちょっと寝不足っぽかっただけだったみたいだから。もう大丈夫!」
ぐっと力こぶを作るフリをする。あいにくそこまでムキッと筋肉が見えるタイプじゃないけれど、アピールするくらいなら充分。
「なら良かったぁ。朝陽ががんばってくれないと、ウチはだいぶ戦力ダウンだから」
「いやー、そんなこともないんじゃなーい?」
そこまで言われるほどではない。でも、そこまで褒められて気分が良いのは、ちょっとだけ本当。
一応、春の陸上競技大会も、秋の球技大会も、自慢ではないけれどエース級の活躍をしたことは添えておく。
「大丈夫だ、俺もいる」
「アンタは、今の話の流れでお呼びじゃない……のっ」
「あぶなっ!」
知らない間にあたしの背後に来ていた桜木には、後ろ蹴りを軽くお見舞いしてやる。スネあたりをかすめるようなカタチになったせいか、桜木は小さく呻いた。
「お前は競走馬か何かか」
「人の後ろに立つのが悪いの」
「こえー」
へらへらと笑いつつも、若干あたしから距離を取る桜木。絶妙にあたしの脚が届かないくらいの間合いだった。小憎たらしいことをしてくるヤツだ。
「だったらお前、髪伸ばして赤いリボンのポニーテールにしろよ」
「え、何。やだ」
いきなり何を言うのか。
「何でアンタにヘアスタイル指定されなきゃいけないのよ。ってかアンタってそういう趣味なの?」
「暴れ馬は『この馬蹴ります、注意』っていう意味で、赤いリボンを尻尾に付ける――って危ねえんだよだからぁっ!」
反動を付けて大きく蹴りつけようと思ったが、わずかの時間差で躱された。こいつは本当に、運動神経は校内ではピカイチだから腹が立つ。典型的『足の速いヤツはモテる』と勘違いしたまま身体だけ大きくなったようなヤツなのに。
「でも実際問題、桜木くんはかなり強力じゃない?」
「まー、お祭り男はお祭り男らしく、その職務を全うしてほしいものだわね」
わりと以前からやる気を見せていて、男子たちのモチベーションを引っ張り上げてきたのは、間違いなくこの男の功績と言っても良いと思う。その点ではよく働いてくれていたわけで。
「言われなくとも。みんなの笑顔のために、俺は」
「ウザっ」
「……『がんばるよ』って言う前に、食い気味にツッコむのやめてくんねえ?」
「待ってあげる代わりに『キモっ』の方が良かった?」
「その二者択一しかない世界なのか、ここは」
10年ちょっと生きてきてもなお、『脚が早いヤツはモテる』とか思っていそうな桜木には、その程度のあしらい方で充分だ。それ以上なんて勿体ないくらいだ。
「夫婦漫才……」
「……翔子ぉ?」
「あはは、ごめーん。だってさー、そう思うじゃん。その、何て言うの? 餅つきみたいなリズム感とかさ」
ちょっと鋭く視線をぶつければ、「てへぺろ」なんて時代遅れのコメントも付け加えた上で、翔子は余計なことを言う。
「コイツの手なんて、杵で餅ごと叩き砕いてやるわよ」
「怖っ。あと、そもそもその例え方、下手くそじゃね?」
「桜木くんに言われるのだけは心外ー」
「……結局俺って、扱い悪過ぎねぇ?」
げんなりとした桜木の反応に、翔子はさらに笑い出す。なおも食い下がる桜木を適当にあしらう翔子。漫才の組み合わせが桜木と翔子になったのを見て、少しだけ何かが脳裏を過る。
あたしと桜木が――?
――ないない、あるわけがない。
あたしはそんなガキっぽいことを、口も減らさずに続けてくるようなヤツなんて、まっぴらごめんだった。
ところで、どこで桜木くんは競走馬の赤リボンのことを知ったのやら。




