2-6. 新しい日常なのかもしれない、不本意ながら
「何よりテンポがイイよね」
「そうでしょうか」
「ほらユウマくん、ダメだってば。同じことしか返さなくなったら引かなきゃ」
「……お、じ、さ、ま?」
「はい、ゴメンナサイ」
ダーク・アンド・クールだの、フリーズドライだのと称されている――と、風の噂に聞いたが、特段知ったことではない――視線をまっすぐにぶつけつつ、あまり普段は使わない敬語もどきな呼び方をすれば、予想通りにおじさんは最敬礼と合わせて謝罪。
本人は冗談半分のつもりなのだろうし、こちらとしてもその物言いに対してごちゃごちゃと詰るつもりはない。
ただ、問題なのは――。
「ユウマさん、あなたもです」
ターゲットを切り替える。
問題なのは、この人だ。
「私がいない隙に、おじさんから随分と私の偽りの取扱説明書を見せられたり聞かされていたりするようですけど、どういうことですか?」
言葉や態度の節々からも充分察していたし、そもそもおじさんから襤褸を出してくれていたのでこんなに解りやすいこともなかった。
だけど、ここではまず尋問のターゲットをユウマさんからにしてみる。メインターゲットは飽くまでも後に取っておくべきなのだ。
「ごめんね、でもボクが訊いたわけじゃなくて」
「おじさま……?」
身体はユウマさん側に向けたまま、くるりと首だけをおじさんへと向ける。視界にこれでもかと言わんばかりに両肩を大きく跳ねさせた中年男性が入ってきた。
失礼な、私はお化け屋敷のトラップか何かか。
「おじさん、私がいない隙に、ユウマさんに随分と私の偽りの取扱説明書を見せているようですけど、どういうことですか?」
「いやぁ、ホラ。ね? やっぱり年頃の男女はこう……仲睦まじくあるべきだと思って」
「そもそもそれ自体全く以て余計なお世話なんですが、百歩譲って、それと私のウソ情報を流すことに、どう関わり合いがあるんですか?」
「……ウソかなぁ」
――懲りない人だな、本当に。
「まぁ、そこまで怒らないであげてくださいよ。きっとマスター、悪気があってやったわけじゃないと思うんですよ」
「そう! そうなんだよユウマく……はいゴメンナサイ」
視線だけで牽制。
蛇に睨まれた蛙よりもわかりやすく、しゅるしゅるしゅると音が聞こえるような勢いで萎んでいくおじさん。
「悪気が無くてやる犯罪行為こそ赦されざるものだと思うのですけど」
「まさかの犯罪扱い……」
「ちなみに既に前科百犯レベルですからね」
「死刑確実じゃないか……」
さらにがっくりと肩を落とすおじさん。こんなくらいで意気消沈する性格じゃないことくらいは把握しているけれど、今日はこのくらいで止めておこう。
とりあえず店を出るまでは不機嫌を装い続けることにした結果、次の週末に遊びに来た場合はガトーショコラとチーズケーキを振る舞ってもらえることになったことを、ここに添えておくことにする。
○
玄関の鍵を開ければ、外と比べれば幾分暖かな風を頬に感じる。
――が、そんな悠長なことをしているわけもなく、さっさと身体を家の中に滑り込ませて、極力音を立てずにドアを閉めた。
今日はいくらか遅い時間になった。もう家族はそれぞれ自分の部屋に下がっている頃合いだ。その証拠に、一階に灯りがついている部屋は無い。
強いて言えば、床暖房付のストープの火が小さくゆらめいているくらいだ。
スマホのLEDライトを頼りにキッチンへ向かう。テーブルの上にラップが貼られた状態の夜食と思われるモノが置いてあった。
よく見れば湯豆腐と筑前煮が少し。どういう組み合わせだろうと思いつつも、然程重たくなさそうなメニューで安心する。
一応塾へ行く前に軽く腹ごしらえはしているし、場合によってはおじさんのところで何か食べさせてもらったり、帰り道沿いにあるコンビニで小麦ブランのクリームサンドを買ったりする。
今日は家を出てからラテ以外まったく口にしていないので、ささっと平らげてしまうことにした。
追い炊きがされている風呂にも浸かりつつ、入浴も軽く済ませれば、私もまもなく夢の人だ。
だが、寝てしまう前に片付けておかないといけないものがある。いつも通りの日記を、悪趣味とも言えそうな手帳に書き付けておくことだった。
塾では結局今日も誰かから声がかけられることもなく、ただただ平穏に学習時間が過ぎていった。小テストの結果も文句なしの満点。少し回答を導くのに時間がかかった問題があったので、気を付けるのはそれくらいだろう。採点結果だけではわからないようなところは必ず書き付けておくことにしていた。
「……はぁ」
あとは――エスペランサでの顛末くらいだろうか。
おじさんが相変わらずいい加減なことを言っていたとか、ユウマさんがそれを真に受けていたとか。とりとめの無いことばかりだが、これも一応だ。
最後にガトーショコラとチーズケーキの件を書いたところで、ようやくしっかりとした睡魔がやってきた。
これは強敵のようで、まるで電池が切れてしまった子どものおもちゃのように、一気に身体の制御が利かなくなってきた。
書いていたページにペンを挟んで、椅子もそのままにしてベッドに倒れ込む。
目をつぶったら最後だ。
その前にしっかりと布団を掛けて、いつもの睡眠姿勢が取れたことを確認して。
――私は、ゆっくりと目を閉じた。




