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月が見つめる朝と夜  作者: 御子柴 流歌
第2章: Night Noize

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2-1. 時は金なり、沈黙もまた金なり

第2章は主人公が変わります。

妹です。


……「妹」です。

        ○



「それじゃあ、今日はここまでかな」


「……ありがとうございました」


「うん。君は覚えが早いから、こっちとしても助かるよ」


 お世辞のような文句に付け加えるように、ハハハなんて声に出して笑う塾の先生には、会釈と――それと一応は、形式的な微笑みを返してみる。

 が、とくに向こうの方からさらに何かしらの反応が返ってくることは無かった。気付かれなかったのだろうか。それともあの時点で私との応対は終了したということだろうか。


 もっとも、別に構いやしない。

 そもそも私はこの先生の名前も、他にもいる講師たちの名前も、あまり覚えていないくらいだ。


 とはいえ、それでも別に問題はない。実際に向き合った際には相手の目を見た上で、口で『ありがとうございます』とは言っているし、その段階で間違いなく伝わっているだろう。

 それにこちらとしても、あれ以上話を長引かされるのは迷惑でしかない。こちらにだって用事も事情もある。


 ――後のことは、とくに私が気にすることじゃない。知ったことじゃない。


 それほど多くはなく最低限とも言えそうな――「それじゃ絶対足りないでしょ」なんて言ってくる子が居た気もするが、貴方がこれを使うわけでも無いのだから余計なお世話だ――くらいの筆記用具や教材をカバンに詰め戻して、一応は片付け忘れが無いかをもう一度確認する。

 モノを片付けていく順番もカバンへの収め方も、ルーティン通りにしているので間違いは無いが、もちろんこの確認もルーティンの内。当然だけどこれも問題は無い。


 教室を出ようとしたところで前を向けば、扉のところで他の生徒たちが何やら話している。時計の針はそろそろ夜の9時を指し示す頃。いい加減帰らないと、さすがに塾通いだと言ってもムリがある時間帯。

 他人様(ひとさま)の家庭の門限についてとやかく言う筋合いはないし、そもそも声をかける気もないが、少なくともそこはこの部屋を出ようとしている私にとって間違いなく邪魔だから、少しくらいは端に寄るとかいう配慮が欲しいところだった。


「あ、(くり)(さわ)さん!」


 それでも幾分かは残されている隙間を通り過ぎようとしたところで、何やら話していた子たちのひとりが声を掛けてきた。

『よりにもよって』という言い方になってしまうが、通行の邪魔になると思っていた一団からのモノだ。

 無関係を貫こうとも一瞬だけ思ったが、さすがに名前を呼ばれれば私でも一応足を止める。

 ただし――もちろん、この隙間を抜けた後でである。あそこまで密集したところで然程したくもない会話を交わす道理は無い。私にもそれくらいの権利はあって然るべきだろう。


 ――ところで。


 この子はいつ、どうやって私の名前と顔を認識していたのだろうか。

 この塾には幸いなことに、私の友人と呼べる概念は存在していないのだが。

 どこからプライバシーの侵害が発生したのか、時間があれば調べてみたいところかもしれない。


「……何?」


「あ、あー。……えーっとね」


 ただ普通に返事をしただけだったけれど、何故か声を掛けてきた女の子はしどろもどろになっている。

 勢い込んで私を呼んだ割には、その声のトーンは急激に弱々しくなった。


 ――何だろう、面倒だからさっさと済ませて欲しいのに。


 その様子ならば、さらに余計な時間が加わってしまうではないか。ただえさえ無駄な時間だというのに。

 受験生なのに『時は金なり』という平易極まりない(ことわざ)を知らないとは言わせない。


 正直言うと、この子は私の名前を知っているようだけれど、私は彼女の名前はまったく知らない。

 テレビ業界で一瞬だけ花開いてすぐに散らされていくタレントたちと同じ程度に、その名前を覚える理由がない。

 言い方を悪くすると、筋合いがないとも言えそうだった。少なくとも私とは違う学校に通っているということは彼女が袖を通している制服で判ったが、判っても所詮その程度のものだった。

 恐らくその情報もすぐさま頭の片隅へと追いやられて、遅かれ速かれ静かに消えていく運命だと思うけれど。


 この塾は私の学校の校区から離れているところにあるということで、そもそも同じ学校の子もいないことからも、それは明白(あからさま)だった。

 大きな教室で講師ひとりに数十人の生徒が付くようなタイプではない。個別指導とまではいかないが、基本的には衝立でそれなりに区切られたようなブース――というにはいささか陳腐なものだが――に入る形式を採るこの学習塾においては、他の生徒と話すことはほとんど無い。そもそもそういった会話をする必要もない。彼らのように、意図的もしくは自発的に(たか)ることでしかあり得ないだろう。


 そんなことを薄らと考えている間に、目の前の彼女はようやく話す内容をまとめ終わったらしく、それでも探り探りといった感じで言葉を繋げる。


「私立入試終わったら塾のみんなで集まって気分転換に遊ぼうか、って話になってるんだけど」


「そう」


「あの、もし良かったら栗沢さんも来ない、かなぁー……、なんて思ってたりするんだけど」


「……そう」


 言い出した彼女と――おそらくその彼女の友達であろう後ろに立っていた子たちの表情が一気に堅くなった気がした。

 いや、気のせいかもしれない。

 そもそも後ろの方の子なんて、言い出した彼女の後ろに隠れてこそこそとこちらを見ている。私に襲われるとでも思っているのだろうか。

 生憎私は人間を獲って喰らう(カニバリズム)趣味を持ち合わせてはいないし、夜の世界を練り歩くような|処女の生き血を啜らなければ生きていけない《ドラキュラ》体質の持ち主でも無い。


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