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月が見つめる朝と夜  作者: 御子柴 流歌
Prelude: New Morning
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0. 新しい朝を彩る

1年半くらいぶりに書いた長篇になります。

青春小説に近い雰囲気です。


誰だって闇は抱えてるモノだ、と言うスタンスです。

が、冬の凍てついた空気の中にほんわりと暖かいモノがきっと見つかる物語です。


「……寒っ」


 午前7時をやや過ぎたくらいの春――と言っても、それはあくまでも3月中旬から4月上旬くらいに桜が咲くような地域においては4月は間違いなく春と言えるのだろうけど、正直なところこの街においてはそれは当てはまらない。

 日本の大多数の地域で春なのだから春なのだと言い切ってしまえれば清々しい気持ちにもなれるのだろうけど、ここから見える景色の中には残念なことにしっかりと雪が融け残っていた。

 完膚なきまでに春っぽさは感じられなかった。潔く諦めるしかない。


 しかも今年は、エイプリルフールを過ぎても朝晩にはまだ時折雪が降りてきて、それだけ春の到来は足踏み状態になっていた。夜明け直前にはしっかりと氷点下の気温になるので、路面温度も然程上がらない。

 だからこうしてまだ道の端にはざりざりに凍った挙げ句土汚れがしっかりとこびりついた、雪のイメージとはほど遠い雪の塊が転がっているわけだった。


 駅の中に入って少し血の流れがわかるようになった手で、人生で初めて買った定期券を軽くタッチして改札を抜ける。

 新しい通学路は今までとは全然違う。それは当然。

 今までは徒歩圏内。これからは電車に加えて地下鉄まで乗り継ぐことになるのだから。


「おはようございまーす。おはようございまーす。気を付けて行ってらっしゃいませー」


 若い駅員さんによる朝の挨拶が響く待合のコンコースには人の姿はそれほど多くなかった。もう少し多いと思っていたのですこし意外だった。

 長い工事期間を経て数年前に改築工事がようやく終わった駅は高架式。ホームに向かうエスカレーターに乗り、ゆっくりと階上へ向かって行く。

 大きな窓ガラス越しに朝の光を浴びながら、誰にもバレないように深呼吸をしてみた。肺を満たしていく空気は一応屋内だけれどまだ冷えていて、その分だけ目も覚めたような気がした。


 ――とはいえ、あんまり眠れてないのだけれど。


 寝不足の原因が緊張なのか、はたまた高揚なのか。

 そのあたり、本当のところはあたしにも分からない。


 ホームに上がってすぐのところには予想していた通りに人が多い。少し前、2月半ばや3月あたまの受験のときと変わらない。

 だから、その時と同じようにそちらには目もくれず、さっさとホームの端っこへ向かうことにする。

 人混みは昔から得意じゃない。


 行列の後ろをくぐり抜けながら、いちばん人が並んでいない場所を選ぶ。背負っていた真新しいビビッドイエローなリュックを肩から下ろして一息つこう――――


「おはよう」


「ん?」


 ――としたところで、後ろから妙に余所行き感を上塗りしただけのような、緊張感とは縁もゆかりも無いような、ある意味お気楽さを伴った声がかけられた。

 振り向くと、そこに居たのは3月までの同級生であり――この4月からも幸か不幸かまた同級生になる男子だった。

 その姿を見なかったのは新学期までの数日間くらい。その姿はとくに変わったところはない。強いてあげれば学ランのボタンと、詰め襟の学生証が中学時代のモノとは違っていることくらいだろう。


「……ん? 誰よアンタ」


 ただ、何となく覚えた違和感は、棘の有る言葉を放出した。


「さすがにそれは言い過ぎだろ」


 そう言って(ヤツ)は笑う。あまりにも自然な流れで、そのままあたしの横に並んだ。そちらを向けば再び視線が交わる。

 向けられている妙に生暖かい微笑みは、さすがに(コイツ)のキャラじゃないような気がした。


「……うん、いやまぁ、それは……ゴメン。さすがに語弊有った」


「だいぶ有ったな。まぁ、言いたいことはわかるけど」


 むず痒さのようなモノを耐えきれず思わず口を突いてきた言葉は、それでも間違いなく悪い言葉。潔く謝っておく。


「……とりあえず、あたしの後ろを取ろうなんて甘いのよ」


「何キャラだよ」


 それでもただ謝るのも癪に障るので、もう一品余計なモノを添えて見た。冗談というか、軽口というか。そういうモノを言い合えるというのは、こういう時にこそありがたい存在ではある。

 ――口が裂けても言葉には出さないけど。


「朝から微妙にテンションおかしくね?」


「別に。……ふつうじゃない?」


「あんまり『ふつう』じゃあないな」


 バレてる。それもそうか。


「だったらその言葉、アンタに返しとくわ。何キャラよ、『おはよう』って。そんなノリでそんなん言ったこと無いでしょ」


 シブい声を出そうとした結果、急いで作った結果お茶っ葉の分量を間違えた抹茶みたいな感じ。今までの付き合いでも(ヤツ)がそんな声を出したことなど、恐らく一度たりとも無かったと思う。


「ブーメラン強烈すぎんだろ、取り損ねたまんまもっかいお前の腹あたりに刺さってるぞ」


 容赦ない物言いとともに苦笑いを返された。


「でもまぁ、……たしかにそうかもしれないな」


「お互いさまだけどね」


「それは違いない」


 そこまで言い合ったところで、またひとつ鋭く風が抜けていった。思ったよりも強い風で、不意にふたりして肩をすぼめることになった。


「ところで、忘れ物とかしてないでしょうね」


「してないって」


 めんどくさそうな顔で返された。


「……ったく。何だよ、その委員長ムーブは」


「何言ってんの。保護者よ、保護者。保護者目線よ」


「そんな何回も言うことある?」


 かったるそうな顔を拝んでやろうと思ったものの、視界に飛び込んできたのは想像もしてなかった真面目な顔で思わずたじろく。わざとらしい咳払いをひとつ挟んで、本当に小さくため息の深呼吸をして、続ける。


「……もう委員長(そんなもの)なんてやらないわよ」


「ホントか?」


「……たぶん」


「……ならいいけど」


 明らかに信じてない。別にいいけど。そんなことを思っていたタイミングで、ホームに構内放送が流れてきた。


「これからまたしばらく、よろしくな」


「こちらこそ」


 ――本当に、『こちらこそ』だ。


 卒業間際の数ヶ月間はいろんなことがあったけれど、そのどれにだって彼はいたのだから。

 だからこそ、万感の思いとやらを込めて、その一部だけを彼に投げつける。


「良いこと、あると良いな」


「……そうね」


 視線を交わさずに声だけを交わしたところで、放送のとおりに列車がやってきた。


「ん? どした?」


「別にー」


 ついでに彼の脇腹を肘でツンツンしたのは、『こちらこそ』に込め損なった分の照れ隠しだった。


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