婚約破棄、二言はございませんね?
またしても婚約破棄ものです。
「お前の婚約者が決まった。王太子殿下だ」
今から3年前の月明かりの届かない新月の夜、父である公爵から告げられた。
「謹んでお受けいたします」
そこに感情は無かった。
公爵令嬢として生まれたその時から恋愛が叶う筈もなく、恋心は物語の中と教え込まれて生きてきた。
愛を知りたいのならば婚姻を結んだ後に。
絵本の王子様とお姫様に夢見る幼な子に平気でそう語った父だ、それはそれは最高の政略結婚なのだ。
「これよりお前は、今にも増して己を磨かねばならん。政治を、バランスを、民を、他国を、人を、見定める目を鍛えよ」
それまでも貴族令嬢としての範疇を超えて鍛えられていた自覚はあったが、これ以後、更にも増しての研鑽を求められたのを覚えている。
あれは拷問の域だったのでは?と本気で思う。齢13の娘に求める内容では無かった。
そのせいか、少々……否、かなり口煩い性格になった自覚はある。殿下やその側近候補の方々など、小さな紳士淑女の皆様は、わたくしの言葉に眉を顰める事度々。
しかし考えても見て欲しい。その苦言を呈しているのも、皆様と同年代の少女であった事を。
……とまぁ、煙たがられる存在である事は十分に自覚しておりました。特に、マナーに自信がない方々からは近付いただけで蜘蛛の子を散らす勢いで立ち去られましたもの、分かりますわ。
ただ、その場に則した立ち居振る舞いの方々には惜しみなく賛辞を送っておりました。……ですので、一定の皆様からは『公爵令嬢チャレンジ』などと、公式行事前のテストのような扱いをされており、人気もあったようなのですが。
さておき、現状です。
わたくしは現在、貴族と一定以上の成績や資産を持つ平民の子女を集めた学園に通っております。貴族は義務として、平民は試験での好成績または一定額の寄付を行える者のみが通う事が許される学園です。
ロマンス小説や少女小説などでよく見かける学園様式ですわね。
通う期間は最長で6年。成人を迎える18歳の卒業時まで在学の女子は半分程度、高位貴族ともなると結婚のための途中退学も少なくありません。
わたくしは現在4年生、16歳です。1つ歳上の殿下、2つ歳下の弟殿下も在学中です。
複数の王族とその婚約者が在学のため、従来よりも警備は厳重となっておりましたが……当たり前ですよね。
そんな現状を踏まえての、コレ、お聴きください。
「ユーリア・エピデンドルム公爵令嬢!いたいけで可憐なこのマーガレット・ブローディア男爵令嬢に対する数々の虐め、並びに階段から突き落とすなどの殺人未遂、それから権威を笠に学園内生徒に対する暴言や侮辱発言、到底許される行為では無い!従って私ことストック・ハイドランジア第一王子との婚約を解消する!」
学園主催のプレデビューでの宣言です。
来年デビューを控えた子女とその婚約者、在学中の王族を招いたものですが、かなり本格的なイベントであり準公式行事と言えるこの会での宣言、もう取り返しはつきません。
殿下の横には件のマーガレット嬢、2人を取り囲むように殿下の側近候補の皆様約4名がおりました。側近候補の皆様高位貴族ですので漏れなく婚約者がおります。……、準公式行事ですよ?
「ユーリア、何か言うことは無いのか!」
語気荒く殿下がわたくしの名を叫びます。わたくし割と近くにおりますので、そんなに大声で叫ばなくとも聞こえているのですが。
……まあ、わたくしに聞かせたいのでは無く、出席の皆様へのアピールですものね、仕方ありませんか。
「発言、お許し頂けますの?」
あくまで優雅に、扇子で口元を覆いながらゆったりと返答しますと、殿下のみならず側近候補の方々までも騒ぎ立てます。
「殿下からの叱責、何の弁解も出来ないようだな!ユーリア嬢!」
「最早貴女に傅く者はない。諦めることだな!」
「今更取り繕ったってもう遅いよ、残念だったね、公爵令嬢」
「証拠はこちらで握っているんです、観念なさい」
ですからアピールとは言え、そんな大声で淑女を糾弾するなど……、皆様にはマナーのマの字も覚える事が出来ないのでしょうか?
「皆様、おやめください!エピデンドルム公爵令嬢の事はきっと何かの間違いです!」
件の可憐なマーガレット嬢が必死に殿方を宥めるもどうやら逆効果のご様子。
「なんて健気な…!ユーリア、お前はこんな可憐なマーガレット嬢を……!」
わなわなと拳を震わせる殿下は、さすがにそのまま拳を上げることはせず、かわりにたくさん配置されておりました衛兵に向かって合図を送ります。
「弁明が無いようなら、このまま拘束、沙汰を言い渡す……、それでいいのか。言いたいことがあるなら今だぞ?まあどうせ、ただの言い訳か、それとも誤解……とでも言うつもりだろうがな」
嘲り笑う殿下に倣うように、側近候補の皆様も声を立てて笑います。
紳士……いえ、貴族として、そんなに分かりやすい態度はいかがなものでしょう。
はぁ、減点が多過ぎていて、後程の作業を考えると頭が痛くなりますが、とりあえずは決着をつけましょう。プレデビューが台無しですもの。
「では、失礼いたしまして。……殿下、婚約破棄、二言はございませんね?」
「何を言うかと期待すれば……、縋るつもりか?」
「いえ、最終確認です」
目を閉じ、口元を覆っていた扇子を音も立てず閉め、殿方の側に侍るマーガレット嬢を扇子で指します。
「お前、マーガレット嬢に何を……!」
「もういいわ、ありがとうミルトニア」
わたくしの言葉で、マーガレット嬢……もといミルトニアがわたくしの前に跪く。
「詳細は後程ご報告いたします」
「ごめんなさいね、イヤな役を演じて貰って」
「いえ、わたしの使命ですので」
殿下方はポカーンと、なんとも間抜けな顔をしております。紳士……いえ貴族として(以下略)
「殿下、婚約破棄、確かに承りました。よって、殿下の王位継承権は剥奪いたします」
「はぁぁぁぁ!?」
「並びに、側近候補の皆様の爵位継承権も白紙となります。ですが殿下とは異なり、各々ご自宅からの沙汰が最終決定となりますので、現段階では仮処分とします。殿下の王位継承権は現時点をもって失効いたしました。悪しからずご了承ください」
宣言とともに淑女の礼を執りました。つまりお話は以上です。
ですがまあ、納得は……いかないでしょうね、皆様。
「貴様、何を言っている!何の権限が有ってオレにそんなことを!」
感情のブレ、言葉遣い、一人称、淑女への発言、全部減点ですね。
そろそろ面倒ですので、答え合わせと参りましょう。
「殿下。わたくし『王太子殿下』の婚約者であった事、既にご存知と思います」
「その通り、だからお前は大きな顔をしていたんだろう?だから婚約破棄を、オレからしてやったんだ、何故お前に継承権の剥奪宣言なんぞされねばならない!」
「中々不遜な態度でいらっしゃる。殿下は未だ王太子予定、であり王太子では無い事、まさかお忘れではございませんか?」
「!」
「あら、思い出したご様子。ようございました。……つまり、正式には、わたくし殿下の婚約者ではございませんの。あくまで、暫定的に、殿下が婚約者でした」
にっこり笑って殿下に語りかけます。勿論この笑顔は、貴族の仮面、ペルソナであることは察しの良い皆様にはお分かり頂けるかと存じます。
「3年前にわたくし勅命がありましたの。王太子の婚約者とすると。そろそろお分かり?つまり、わたくしが選んだ方が、王太子となりますわ」
「そんな馬鹿な事があるか!何の権利が有ってお前に!」
「わたくしの権限は、勅命ですもの、陛下から譲渡されたものですわ。殿下はこの3年、ずっとわたくしの天秤の上。ミルトニアという錘、不惑の意思という錘、公正な判断という錘、色々な錘を殿下の天秤に載せておりました。さて……結果はと言いますと……」
パン!と、大きな音を両手で出し、殊の外優雅に微笑を浮かべれば、さしもの殿下も顔色を真っ赤から真っ青に変えました。
物の見事に、わたくしの侍女ミルトニアによるハニートラップに嵌り、生徒の噂に惑い、よく調べもせずに判断を誤る。
ミルトニアの出自は、カバーを2つしか掛けておりませんもの、きちんと調べれば分かりましたのに。
噂の出所も、きちんと繋がる様に比較的分かりやすく伝わるように操作してありましたのに。
物事は一面、断片のみを見るのでは無く、多角的にそして流れを読むことをして欲しかったのですが……残念です。
「継承権は第二王子シザンザス殿下が繰り上がります。ただ、シザンザス殿下もまた……ね?」
わたくしの言葉にシザンザス殿下も震え上がったご様子。覚えが、ございますものね。
「何故だ、何故父上はお前なんかにそんな権限を……」
ストック殿下は往生際悪くまだグチグチと言い募ります。
正直、殿下のそういうところのせいでは?と言ってしまっても良いのですが、流石に憐れに思えてきました。
「わたくしはエピデンドルム公爵家の人間です。その長子は代々王位継承権を有する、覚えておいでですよね。……それは何故か」
「確か……、さもない加護がある、だったか?年代を重ねる毎に弱まってきていると聞いているが」
今までの流れで、何故気付かないのか。
その、『弱まる加護』という噂が作られたものであると何故疑わないのか。
「わたくしの家の加護は、『判断の加護』です。迷いが生じる出来事に、少しだけ、直感が働くというものです」
「やはり些細な加護ではないか。それを……!」
「確かな詳細、事実の積み重ね、入念な調査と予測……。エビデンスが有っても判断に迷う事は多々あるのです。検討を重ねた上での迷いが、加護によって解決するならば……、いかがでしょう?ですからわたくしは、生まれてこの方、あらゆる知識を見聞を吸収させられました。いくらわたくしの直感が比較的強いからと言って、エビデンスの無い内容で納得は得にくいですもの」
優雅な微笑もそろそろ終わりにして良いかしら。わざわざこんな事の説明が必要なんて、情けなくなってきましたし、疲れてきました。本来なら殿下ご自身でわたくしを調べるべきですのに。
「皆様覚えていらして。現時点で王位継承権をお持ちの方は、わたくしを除いて4人。ストック殿下の継承権は先程消失したばかりです。ではもし、その全ての継承権が失われたならば。その時は……」
王太子を選ぶ権利はわたくしにある。だからわたくしが選んだ者が……とも取れますし、わたくし自身が、とも取れる言葉で最後とした。
噂は瞬く間に広がるでしょう。有象無象が這い出るでしょうが、それはそれで使い道がありますのよ。
選ぶ権利が有るのは殿方だけ、なんて誰が言いましたの?エビデンス、出して頂けるかしら?
「殿下、二言はございませんよね?」
いつもより多くの衛兵というオーディエンスがいる中行われた婚約破棄宣言。これが密室で行われていれば、或いは。もしくは学生だけだったならば……、後悔先に立たず、項垂れたのか、頷いたのか分からないまま、ストック・ハイドランジア第一王子は下を見つめるしかないのであった。
キャラクター名は大体花の名前から、花言葉でつけております。
エピデンドルムは判断力、マーガレット・ブローディアは真実の愛と守護、ストック・ハイドランジアは単純と自慢、でした。
誤字報告ありがとうございます、助かります。
気をつけているつもりでしたが、今回特に多い…。本当にありがとうございます。
なお、「さもない」は「然も無い」であり、今回は「大したことない」という意味合いで使っております。