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会場を覗いて、遥たちは震えあがる。
会場は満員なのだ。
「ちょっとこれってカラオケ大会じゃないの」と仁香は手が震えてる。
これがオタクパワーなの。
それぞれの推しの幕があちこちに掲げてある。
こんな異様な熱気を感じたのは初めてである。
上品を競うメイド大会とはかけ離れている。
と、横をチャイナ服を着た広島代表の三人組が通る。
その胸元を見て、遥はすぐに白旗をあげた。
「負けたわ。元々ないものを持ち上げて引っ張りこんで詰め込んでも、勝てっこない」
と、紫色のくるみがちょっかいを出す。
「相変わらず頭にタコ焼き二個乗せてるわね」と言う。
「またその話」と真奈美は幻滅した顔。
「くるみ‼これはお好み焼きだから」と両手で両方のお団子を指差す。
「どう見たってタコ焼きでしょ」とくるみは笑う。
「お好み焼きとタコ焼きの区別もつかないなんて、やっぱ、大阪人は」
「全国的に見ても大阪のお好み焼きの方が全国区だから」
あの紅芋みたいな紫娘って大阪人なのねと遥は思う。
「あの二人っていつもああなんよ」と青色娘が遥に声をかけてきた。
おおっ!と遥は少しだけ身構えた。
大阪女の仲間である。
「ほんと、お好み焼きの話でいつも仲違いしてるの」
へえ…と遥は二人を見つめる。
「いつもああやって会えば喧嘩になるんだから」
「そうなんだ…」と遥は答える。
「私は真衣。まいまいって呼んでえや。通天閣を背負って来てるんや」と急に大阪弁丸出し。じっと遥を見つめる。
「って全然うけへんなあ…。難波じゃ大うけなんやけど…」と一人高笑い。
距離の詰め方、ちょっと早すぎない。
「しもうた。ヒョウ柄のシャツ着てないからや、大阪人とバレてへんちゃうか。うちって上品やろ。やけん、よう東京出身と間違われるんや」
どう見ても大阪人だと思いますけど…。
と、真衣はスマホを取り出して、勝手に自撮りを始める。
「ええな。大阪のスーパースターと一緒に写真撮れて」と遥の肩に手を回し、連写。
そしてスマホの写真をチェックしながら、
「やっぱ、うちら、可愛いな。特にうち。めっちゃ光っててフラッシュいらずや」
結局自画自賛してるだけじゃないの。
「右から見ても可愛い。左から見ても可愛い。やっぱうち、可愛いと思わへん?」
「そう思います」と遥は苦笑い。
「うちのファンになったやろ。もううちの可愛さから逃れられんで。推したくなったやろ」
「は、はい」
「浮気はダメやで。大阪の店に来たらうちを指名してや。黄色は特にダメやで。人気に胡坐書いてるからや。料理上手を売りにしてるんや、胃袋掴まれてまうで」
なんだ、宣伝か。
「店ってどこにあるんでしたっけ?」
「大阪や、大阪でまいまいに会いたいって聞いたら、『虹色横恋慕』を紹介してくれるはずや」
「ってどこでしょう?」
「そんなんしらんのか?真衣の可愛さはまだ関門海峡を渡ってへんのやな」
まいまいの相手をしてる目の前で相変わらずお好み焼き論争は続いていた。
「まだ、やってんなあ…」と真衣は真奈美を指差す。
「あのグループは要注意や。ああ見えて、秋田―ズスクール広島出身や」
「秋田ーズスクール広島って、あのパヒュームをうんだ…」
「違う、違う。それはアクターズスクールや、秋田―ズスクールは別のダンススクールや」
「広島なのに、秋田なんですか?」
「そうや」
「で、中国地方でチャイナ服なんですか」
「そうや、ごちゃまぜやろ。つまりお好み焼きなんや」
「なるほど」と遥は納得した?
「バッタモンや。広島で活躍するアイドル「まなみのりさ」のバッタモンや。くまモンちゃうで」
こうして「メイド・ワン・ぐらんぷり」が始まった。
一番手はチャイナ服姿の三人である。
まなみのりさの「ポラリス」を歌う。
「私、聴いたことないかも」と遥が言うと、まいまいは驚いた顔で遥を見つめる。
「うち、アイドルオタクだって話したやんか」
「えっ?」そんな話したっけ?と遥は思う。
「ローカルアイドルの中じゃ、有名なほうや。まなみのりさはね。って言うか、そのバッタモンだけどね」
ローカルアイドルのバッタモンってこと?
でも予想以上に歌も踊りもうまい。
控室でのイメージが一心である。
三人が舞台上で回り始めると、応援団と思われる一団は歌に合わせて回っている。
タコ焼き機のタコ焼きみたいと遥は思った。
「やっぱり秋田ーズスクールね」と大阪人のくるみは袖で呟く。
秋田ーズスクールってどんな学校か知らないけど、ダンスレッスンをちゃんと受けているのだろう。
本当のハウスメイドとして見るとかなりうまい。
バッタモンなら上出来ではないだろうか。
「メイド・イン・中国でした。中国地方で活動しています」と広島の三人組は歌い終える。
遥は思った。ばったもんだから、メイドインチャイナなのかなと…。
「ねえ、ちょっと発声練習に行ってきていいかな」と仁香がいなくなる。
三人の歌を聴いて本気モードに突入したようである。