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そうだ、こんな連中に負けたら、足利家のメイドとして許されない。
「絶対に勝つわよ」と遥は声をあげる。
するとみんなが一声にこっちを見た。
そして薄笑い。
「マジだ」
「マジよ」
「こんな大会なのにね」と笑う声。
どこのメイド喫茶よ。
絶対に行かないと声のする方を見ると、みんな、チャイナ服を着ている。
中国人?
出場者順の紙を見る。
「メイド・イン・中国って店の名前かな」
メイド・イン・チャイナ?
中国人も参加してるの?
ずいぶん国際的な大会なのね。
「シェイシェイ」と遥が声をかける。
と、顔を見合わせて笑い出す。
「私たち、日本人だよ」
「えっ?日本人」
「中国地方代表、広島市のメイド喫茶『メイド・イン・ちゅうごく』よ」
「だからチャイナ服なのね」
「いらっしゃいませ、ご主人様」と言ってお辞儀をすると、胸元に目が行く。
大きくあいた胸元。
強調された胸。
そしてスリットから見える足。
これは如何わしい店ではないのか?
頭に髪の毛の団子が二つ。
これは明らかに中国地方というより、チャイナではないか。
「真奈美です」
「美乃梨です」
「梨沙です」と三人は挨拶をする。
日本人じゃないの、やっぱり。
広島なんだから、牡蠣で耳飾りとかつけたら…と遥が耳たぶを見つめる。
牡蠣の貝殻のイヤリングが両耳についている。
ついてるし…。
よく見ると頭のお団子はお好み焼き柄に見える。
タコ焼きに見えるけど、広島だからお好み焼きに違いあるまい。
髪の毛の色が焼きそば色してる。
かんざしみたいにヘラも刺さってる。
お好み横丁かい。
お好み三人娘の方がしっくりくるわ。
なのにチャイナ服?
じゃあ、なんで赤ヘルをかぶってないのよと遥は思った。
こんなふざけた連中に負けるわけにはいかない。
と、紫色の服を着た女が近寄ってくる。
さっき入り口で遥にぶつかった女である。
「今年も懲りずに来たのね、真奈美」と挑発する。
「あんたたちもね」とにらみ合う。
今年もって「メイド・ワン・ぐらんぷり」って何回目なの?と遥は思う。
「全然知らないよ。『メイド・ワン・ぐらんぷり』って知名度無さすぎじゃない」と遥が呟くと、緑色の法被を着た女性が近寄ってくる。
「無知無知のおばさんにレクチャーしたいと思います」とホワイトボードに文字を書き始める。
私の体はムチムチじゃないけどね。
「香蓮と申します」と頭を下げるや、急に早口になる。
「もはや日本のサブカルチャーとしてその地位を気付いてるオタク文化」とオタクについて語り始める。
遥はその勢いに飲み込まれそうになっている。
「一言でオタクと言ってもその守備範囲は広く、私なんかはアニメ好き」
と、青い法被を着た背の高い女性が割り込んでくる。
仲間であろう。
「私はアイドルについて語りたいわ、れんれん」と緑の香蓮の話を止めて話し始める。
「すっかりブームは落ち着いてきてるけど根強いファンがいるのよ」
「黙って‼真衣」と香蓮は話を続ける。
「今流行りの『鬼滅の刃』。アニメが社会現象をと大騒ぎになってるけど、そんなの今に始まったことじゃないでしょ。日本の映画産業はアニメの下に実写映画が存在してるのよ」と香蓮。
オタ活を行ってるアキバ住人のほとんどは、その世界がアングラだと気が付いてない可能性がある。
アングラと侮っているコミケに至っては、八十万人くらいの参加者がいる。
もはや音楽フェスを超えている。
こうなってくると知らない人の方が異星人なのではないだろうか。
「実際日本映画でヒットをとばしている映画の中にもアニメの実写化のものが多いしね」
そうか、我々も知らないうちにオタク文化に触れてしまっている。
日本のアニメが嫌だからと洋画を見ても、マーベルはアニメの実写だし…。
知らないうちに流行の波の中にオタクが忍び寄っているではないか。
本当にオタクと呼べるものを遠ざけようと思えば、その素性をネットで調べてから近寄らないと無理かもしれない。
地下アイドルという言葉があるように元々地底深くで秘かに存在していた秘密クラブの会員であった連中が地底から地上に這い上がり、今や人類を飲み込もうとしている。
地底人の逆襲だ。
遥は講義をうけるうち洗脳されそうになる。
ここはカルト教団のセミナーなの?
足つぼマッサージやヨガのセミナーをうけてるうちに、「最強なんです‼」と唱えていたり、アニメの聖地巡礼をしているはずがインドの山奥で修行をしてたりしないんだろうか。
待てよ。
ここはアニオタの集う場所ではないはず。
メイド喫茶のメイドたちの歌合戦のはず。
なのになんでオタクの講義を聴いている。
こうして洗脳されてしまうんだろうか…。
ここは本来、メイドに関する講義をするのが正しいはずなのでは…。
「あのお…、メイドについて講義してくれませんか?」と遥が聴くと、香蓮は目をそらす。
怪しいでしょ、その行動…。
下をうつむいてるし…、これは痛いところをつかれたんじゃないの。
と、横から紫女のくるみが口をはさむ。
「ごめんね。アニメ以外の話はできないの。この子、極度の恥ずかしがり屋だから、アニメ以外の話はまともにできないコミ障なの」
なんだ、単なる人見知りなのか。
目も合わしてくれないし、どんだけ人見知りなのよ。
って言うか、そんなんでよくメイド喫茶なんかで働いてるわね。
「アニメの話なら、きっとまた喋り出すと思うけど、それ以外はごめん、今日は閉店ガラガラということで」とくるみはシャッターを閉じる仕草をする。
香蓮はじっと黙ったまま椅子に座って身動き一つしなくなった。
「しょうがないわね」と佳奈美が眼鏡をかけて、口ひげをつける。
「私がメイドについて講義するわ」とホワイトボードをきれいに消す。
「なんで佳奈美が授業を始めるわけ?」
といきなりふわふわした感じで佳奈美は喋り出す。
「佳奈美田敦彦のユーチューブ大学ごっこぉー」とおっとりした喋りで講義が始まった。
誰?かなみたあつひこって。
いつの間にか男になってるし…。
「日本のメイド喫茶って、元々イギリス王室なんかのメイドと全く違う文化から発生したことは先週の授業でやりました」と佳奈美はスマホを使って生配信中。
たまに手を振りながら、講義をしてる。
「先週の講義?これって今思い付きで始めたでしょ、絶対。嘘だ。嘘ついてる」
「日本のメイド喫茶のルーツは多分大人なゲームやアニメの世界だと思うの」
「ってゆるいなあ…。それ、あってるの?」
「ゲームの中でメイドさんがご奉仕するみたいな…」と佳奈美は咳をする。
「ここからは子供は聞いちゃダメだからね」
「どういう配信よ」
「大人たちの夢の空間?まあ、世界観っていうのかな?それらを具現化したのがメイド喫茶だったと思うわけ」
「へえ…」
「つまり2・5次元の先駆けみたいなものだと思うわ。バーチャル空間?」
「はてな多過ぎ」
「本の中から人が飛び出してくるみたいなもんでしょ」
「大学の講義にしてはゆる過ぎじゃない」
「だって自称だから…。ごっこだし…」
「うーん、可愛いから許す」と遥は声をあげる。
「そう、それ!その可愛いから許す文化こそ、日本が誇るサブカルチャー。歌も踊りも半人前。そんな素人集団に高い金を払う文化こそ、オタクの神髄」
「なるほど」と遥はうなずく。
「でも女の子だって、メイド喫茶に行くでしょ」
「ここよ、ここ。女の子も可愛い女の子が好きなのよ。それこそがサブカル‼」と佳奈美はカメラ目線でポーズをきめる。
「ヤバい、ロックオンされちゃったわ」と遥は胸を撃ちぬかれる。
「女子がメイド喫茶に通うのって、単純に楽しいからじゃない?私、行ったことないから分からないけど…」
「って、それでよく授業をしたな」
「サブカル、サブカル。大学の授業だってユーチューブなら半人前でも許される」
「そういうものなのかな」
「以上、佳奈美田敦彦でした」と佳奈美は授業を閉める。
気が付くと、佳奈美の周りにメイドたちが集合していた。
「みんなのハートをロックオンしたみたいね」と遥は手を叩く。
気が付くと、さっきの紫娘のくるみや、青色娘の真衣たちが握手を求めている。
そんな中、後ろの方でそわそわしている緑色の香蓮。
佳奈美は香蓮に近寄って、手を差し出す。
「なんなの、これ?握手会?」と遥は行列に目を見張る。
すると行列の中に足利家のメイドたちも混じっている。
すごいわ、佳奈美。
この短時間でオタクの心を鷲掴みにしたのねと遥はため息をつく。
「そろそろ、みなさん、メイド・ワン・ぐらんぷりが始まります」と声がする。
「とにかく私たちは本職のメイド代表」と佳奈美がゆるく話し出す。
「メイド喫茶の連中にどの程度通じるのか、挑戦だと思えば楽しくない」と仁香はみんなの目を一人一人見つめる。
気が付くと足利家のメイドたちは円陣を組んでいる。
「そうね。少なくとも私たちは埃をかぶってメイド業をしてるしね」と遥は胸を張る。
「多分、誇りをもってだと思います」と愛季が指摘する。
「負けられないわ」と遥は気合を入れ直す。