39
その朝いつものように「メイド・ワン・ぐらんぷり」のために、歌のレッスンに向かう。
するとレーバンのサングラスをしたピヨリが現れる。
緑の迷彩服を着ている。
「お前ら、痩せたいか」と声をあげる。
「おー」とみんなが声をあげる。
一人驚いているのはメイメイであった。
昨日、メイメイがいなくなった後メイド集会が開かれたのだ。
「メイメイが魔人ブウみたいになったらどうするの?」と遥。
「そうよ、想像してみて…。伊集院光がパッツンパッツンのメイド服を着てる姿を…」とピヨリ。
「ヤバいね」と佳奈美。
「今、メイメイはデブの階段を登ってるのよ。在庫の山を見て、そこに山があるからとデブの山を目指してる」とピヨリは力説する。
「止めなきゃ」と佳奈美。
「どうして?可愛いのに」と仁香は一人不満げである。
「私たちはメイメイ先輩を遭難から救い出すプランを考えたいと思います」と遥は手をあげる。
「じゃあグッズを売り切るしかないんじゃない」と仁香。
「それが苦戦してるから…」と遥。
「そうね、遥の土下座の効果もイマイチだったし…」とピヨリ。
「もっと売る方法考えて‼プププのプン」と仁香はソッポを向く。
「仁香‼完売するまで新製品の発注は中止よ‼」と佳奈美が言った。
「ええ」と仁香は不満げである。
「完売したらまたいっぱい出せるでしょ」
「でもさ、可愛いひとちゃんをみたいってファンたちはどうすればいいの?」
「だからメイメイには痩せて健康的になってもらわないと」と筋が通ってるのかよく分からない説明で佳奈美は仁香を納得させる。
「分かった。じゃあ、痩せましょ、みんなで」と急に仁香は積極的になった。
「私の持ち込み企画なんだけど」とピヨリはプリントを配る。
「ピヨリズ・ブート・キャンプ?」とみんなは首を傾ける。
「フィットネスをやるの」
「そう。執事動画の丸パクリよ」とピヨリは胸を張る。
「その前に別のブート・キャンプの真似なんじゃ?」とジュリア。
「よく知ってるわね、そんな昔のこと?」と佳奈美。
「ブート・キャンプって『ヒロシです』のキャンプ動画のこと?」と遥は聞いた。
「ビリー・ザ・ブート・キャンプ。昔テレビ通販で流行った軍隊式フィットネスDVDのことです」とアキちゃんが答える。
「しらなーい」
「ビリー隊長の厳しい指導にDVDを買ったけどやったことがない人が続出したそうです」
「よく知ってるわね」
「うちにもありましたから」
「そうなんだ…」
「ちなみに芸人のヒロシさんの一人キャンプのユーチューブ動画とは別物です」
と、ピヨリが笛を吹く。
するとみんながピーンと背筋を伸ばす。
「じゃあ、さっそく明日の朝から始めるわよ」とピヨリの鼻息は荒い。
「とにかくフィットネスを朝のプログラムに取り入れなくちゃ」と仁香が声をあげる。
「在庫を失くしてまたひとちゃんの可愛さを全世界に広めないといけないからね」
こうして始まった早朝からのフィットネス。
「やっぱり朝はラジオ体操でしょ」
ハンコを押していきましょうとピヨリはハンコ制度を取り入れた。
「私、曲つけてきました」とピヨリはラジカセを肩から降ろし、スイッチを入れる。
すると音楽が鳴り始める。
「シェイプアップ、シェイプアップ、シャカリキ♪」
「右、左、右」とピヨリは声をあげる。
「そのラジカセ、どこに売ってたの?」と佳奈美。
「うちはまだ使ってるよ」とピヨリ。
「あれはなんですか?」とアキちゃんはラジカセを珍しそうに見ている。
「音が鳴る魔法の箱じゃ」と佳奈美は魔界の老婆のような声を出す。
それは本格的なフィットネスであった。
「さあ、ピヨリ隊長についてきてね」
こうしてメイメイムキムキ化計画が始まった。
音楽に合わせてシェイプアップよ。
それと共にフィットネス動画を生配信。
アーカイブも残してあるので、いつでも自由にできるように工夫した。
それが口コミで少しずつ広まっていった。
朝早いというのに、それを真似する早起きさんがいっぱい現れ、みんなで一緒にモーニングフィットネスというライブ配信に発展していった。
そうなると不思議なもので在庫が少しずつ売れ始めた。
「このままいけば完売するんじゃないの」とメイメイの顔は明るくなった。
しばらくすると朝早すぎるという書き込みが増えた。
そしてやはり生でなくては怠けてしまうとか、同時刻に一緒にできる方がいいということになり、午前四時、六時、八時。午後十二時、十五時、十八時の配信をスタートした。
と共にグッズが売れ始める。
推しの誕生である。
「人類はここに火を手に入れたのだ」とぴよりが叫ぶ。
推しがうまれれば自然とグッズがはけていく。
一番にグッズが完売したのは意外にもピンクであった。
「遥、あなたのグッズ、完売よ」と佳奈美。
「追加注文をしようと思うの」と言うと、遥はニヤニヤ顔が止まらない。
「勝手に発注しといていいかな?」と佳奈美が言う。
「もちろんオッケーよ」
「じゃあ注文するね」と佳奈美が言うと、ジュリアが口をはさむ。
ジュリアはパソコンを操作し、エクセルでつくった在庫表を見せる。
「青もそろそろなくなります。それに緑も…」
「というか、赤以外完売寸前ね」
「そうです。元々の数が少ないせいもありますから…」
「じゃあ、赤以外、新商品を考えとくわ」と佳奈美が言う。
「それとピンクなんですが…」とジュリアが耳打ちする。
「分かったわ、そうする」と佳奈美は笑う。
その会話を仁香が遠くで聞き耳をたてていた。
「プププのプン」とふくれっ面をしている。
しばらくすると新製品が運び込まれてきた。
箱にして十個の小口注文である。
遥は仕事中、こっそり箱の中身を盗み見ようと、控室に忍び込んだ。
そして箱の中身を確認した。
控室にみんながやってくる。
佳奈美が部屋に入ると、箱がテーブルの上に置いてある。
「来た来た」と佳奈美が箱を開けようとすると、箱はすでに破られていた。
そして椅子に遥が座ってる。
「なんだ、遥。もう中身確認したんだ」と佳奈美は笑う。
返事がない。
「この箱の半分は遥グッズだよ」と笑う。
「知ってる。全部開けたから」と遥は暗い。
「どうしたんだろうね」とジュリアは佳奈美に声をかける。
佳奈美は箱からTシャツを取り出す。
「ジャジャジャジャーン」とピンクのTシャツを取り出すと、前面に遥が土下座をしている姿がプリントされていた。
「それ全部、私の土下座グッズじゃないの」と遥が立ち上がる。
「そうよ。コメント欄にいっぱい書き込みがあったから」
「なんで土下座してるのよ」
「だってどうして土下座グッズがないんですかとか、土下座グッズを出してくださいって書き込みが多かったから」
「みんながそれ外で着るんでしょ」
「着るかもね」
「私の土下座姿が広まっちゃうよね」
「可愛い♡」とアキちゃんが飛びついた。
「可愛いです、先輩。私、そのTシャツ欲しいです」とアキちゃんはTシャツを手に取ってニコニコしている。
「可愛い?」と遥は不思議そうな顔をしている。
「これが世間の評価よ」と佳奈美は遥の肩を叩く。
「売れるわよ、間違いなく」
「売れる?」
「だって予約注文だけでもう完売してるし、再注文してるくらいだから」と佳奈美は笑った。
「そうなの?」
「そうよ、今、メイドグッズで一番売れてるのはピンクなのよ」
「私のグッズが一番人気…」
「だから頑張って土下座しようぜ」と佳奈美は指をたてた。
こうしてピンクグッズが増産に次ぐ増産で遂に赤字がなくなる見込みが立ち始めていた。
しかし在庫はいつまでも減る気配がない。
「おかしいわね。結構売れてるのに、在庫の山が減らないわね」
「売り上げは好調です」とジュリア。
「なんかおかしいわね」と佳奈美は伝票を見る。
赤の在庫が減っていない。
いやむしろ増えている。
「仁香。あなた、また注文したでしょ」
「してないよ、佳奈美」
「いや、仁香グッズだけ全然減ってないし」
「私じゃないよ。遥じゃない?」
「どうして私が注文するのよ」と遥は怒る。
「仁香が可愛いからじゃない?」
「もう。これじゃいつまでたっても在庫が減らないし、給料も出ないわよ」と佳奈美は声をあげる。
「みんな、ずるいよ。私だけ追加注文がないんだよ」
「だってまだ在庫がさばけてないし」
「どうしよう」とメイメイは頭を抱えてしまう。
せっかく痩せて元に戻ったのに、また過食が始まっている。
最近はフィットネスの効果のせいで、メイメイの体は明らかに変化していた。
マツコ・デラックスと言うより、中山きんに君みたいになっていた。
ムキムキである。
甲虫ムキムキングである。
最近ヘラクレスオオカブトに似てきてる。
佳奈美はひらめいた。
カードゲームにしたら売れそうじゃない。
もしかしたら売れるかも?
カードゲームか…と頭をひねり始めて思った。
ブシロードだって元々カードゲームで大きくなったんだし…。
でもアイデアが浮かばない。
カードゲームは男の子の遊びだし…。
売れそうなのに…。
バトルゲームがいいわね。
悪の女王は…、仁香かな…。
可愛い星人ひとちゃんなんてどうかな?
ダメだ。
まだ赤字だし、冒険はできない。
新作の前に在庫を処分しないと…。
でもいつかは新製品を考えないと、土下座グッズにばかり頼ってられない。
佳奈美はノートを閉じる。
表紙に「グッズ・アイデア・ノート」と書いてある。
売れ残った赤をどう処分するかよね…と佳奈美は赤の在庫を見ながら考える。
生写真をランダムにして、ひとちゃん生写真を大量に混ぜ込んでいるせいで、ひとちゃんが出ると、「はずれ」を引いたと書き込みが書かれるほどになっていた。
このままでは折角の今どきガールな顔立ちが仇になる。
ちゃんと売ればナンバーワンガールになれるはず。
ここはピンクに乗っかるかと佳奈美は土下座シールをひとちゃんTシャツに貼り付ける。
そうすると恰も仁香に遥が土下座をしているように見えた。
これでごまかすか…。
シールの代わりにアイロンプリントを注文。
それを手作業で貼り付けて販売してみた。
そうすると在庫切れで一か月待ちになっているピンクグッズを買えない人たちが買い始め、在庫がみるみる消えていったのである。
こうしてどうにか黒字化に転じることが出来ると、メイメイの精神は安定し始め、元のスリムな体系に戻っていった。