35
「本当に後悔しない自信があるんだな。それなら俺についてきな」
ドリー様………とメイメイは陶酔状態である。
最近買ったVRゴーグルの効果は絶大で本当に目の前で囁かれてる気がする。
「後悔させない。だから俺を信じてついてきてほしい」
ついていきますーと思わず手を差し伸べる。
すると本当に手を握られる。
「おはよう、もう起きなよ。じゃないと悪戯しちゃうぞ」とドリー。
朝起きたら目の前に………………………、ドリー様………………………。
メイメイがゴーグルを外すと、遥が手を握っていた。
「何‼」とメイメイはいきなり現実に戻されてご機嫌斜めである。
私の至極の時間を邪魔しないで。
「ねえ、メイメイ」と遥が声をかけてきた。
「なんなのよ」と不機嫌に答えると、遥は驚いた顔をしている。
「ごめん」と遥は謝る。
遥はなんで謝ってるのか分かっていない。
「で、なんなのよ」とメイメイ。
私とドリー様のイチャイチャを邪魔したんだからね。
下らないことなら、許さないからね。
「みんな、執事たちと仲良くしたいわけ?」とメイメイは怪訝な顔。
「メイドみんなの総意なんです」と仁香が可愛く笑う。
メイメイがみんなの顔を見る。
「そうそう………」とみんなが頷いている。
「いがみ合う必要ってないと思うし………、私も仲良くしたい」と遥が言い寄る。
何、ライバル注意報なんだけど………。
私のドリー様を狙ってるの。
仁香と目が合う。
仁香はとびっきりの笑顔を浮かべ、顔を横に傾ける。
そして顔をくしゃくしゃにして、手を添える。
危険だわ。ドリー様の大ピンチ。
唾をつける気………とメイメイはムッとした。
「ねえ、ヤバくない」とぴよりが佳奈美に耳打ちする。
「完全なる廃人ですね」とジュリアが口をはさむ。
「廃人?」とぴよりは頭をひねる。
「ネットゲー廃人と同じですよ。2・5次元廃人です」
「何、それ?」
「バーチャル恋愛が心地よ過ぎて現実に戻れなくなっているみたいです」
「えっ?でもそれって幸せじゃない?」と佳奈美。
「だって、好きな人とずっと一緒にいられるんでしょ」
「その依存度が問題なのです。過度な依存で現実に戻ってこられなくなりかかってます」
「そうなんだ?」と佳奈美は今一つ納得がいっていない。
「だからVRを途中で中断されて、イライラしてるんです」
「確かにメイメイってほとんど怒らないのに………」
「あれは完全な病気です」
「ドキドキバロメーターが急降下してるのね」
「ほら、イライラで手がソワソワしてる」
メイメイはゴーグルを触ったり、握ったり、持ち上げたりしてる。
「人の話もあんまり聞いてません」
メイメイの目線はさっきから上を見たり下を見たり。
「いますぐゴーグルをかぶりたいと手が動いています」
「目を覚ましなさい」と仁香がメイメイの頬を叩く。
はっ!とメイメイは頬を抑えて仁香の顔を見つめる。
そしてメイメイの目から涙があふれ出した。
「何………?情緒不安定?」と仁香はみんなの方を振り返る。
しかしみんなは知らんぷり。
「ごめんなさい。ごめんなさい、ドリー………」とメイメイは何度も頭を下げている。
「病気じゃないの?」と仁香が恐る恐る遥の方へやってきた。
「大丈夫です。多分浄化中です」とジュリア。
「泣きつくすときっと元通りに戻ると思います」
「そういうものなの?」とみんなはジュリアを見つめる。
メイドのお仕事の時間になると、まるで何もなかったかのように、メイメイは控室を出て行った。
「ドキドキバロメーターが安定したのかしら?」
みんなの心配をよそに普段通りに仕事をこなすメイメイを見てみんなはホッとした。
仕事が終わると、メイメイは突然、
「今さら勝負をやめるわけにはいかないわ」と宣言する。
「徹底抗戦よ。欲しがりません!勝つまでは!」と高々と拳を振り上げる。
「あれで治ったの?」とみんなは顔を見合わせる。
ジュリアは、「多分大丈夫でしょう」と笑う。
「それじゃあ………」と仁香は遥の背中を押す。
遥はメイメイの目の前に押し出される。
「戦いは今始まったのよ」とメイメイは遥の手を握りしめる。
「謝っちゃわない?」と遥は弱弱しい声で切り出した。
「何を謝るの?」とメイメイは首を傾げる。
「さあ?勝負してること………、かな?」
「誰に謝るの?」
「執事さんたちに………」
「なんで謝るの?」
「みんなが執事さんたちと仲良くなりたがってるし………」
「どうして謝るの?」
「仲良くしたいって言うか………」と遥はどんどん声が小さくなる。
「嫌よ。負けたみたいじゃない」とメイメイは突き放す。
「今なら土下座一つですむんだしさ」
「土下座って何なのよ、半沢直樹?半沢ロスにでもなってるわけ?」
「とにかく仲良くしちゃわない」
「嫌よ」
「どうして?」
「どうしてってどういう意味。登録者数だって私たちの方が上なのよ」
「でも抜かれるのも時間の問題じゃない………」
「だからってなんで土下座よ。トゥゲザーじゃないのよ。あなた、ルー大柴になったわけ?」
「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど………」
「だからいつからサンドウィッチマンになったのよ」
「ごめんなさい。日本語が分からないって言うか………」
「ルー大柴は芸人です」と黄色のアキが話し始める。
「ルーさんのギャグが『トゥゲザーしようぜ』です。そしてサンドウィッチマンさんのギャグが、『ちょっと何言ってるのか分からない』だと思います」
「説明してくれてありがとう」と遥はアキに言う。
「それとサンドさんのギャグを言ったのは私………」と遥は自分を指さす。
「そのくらい自分で調べてよね!まるでウケないギャグを説明してるみたいになってるじゃないの」
「ごめんなさい」と遥は頭を下げた。
「じゃあ土下座して」
「えっ?私が………」
「土下座しろ、半沢!」
「私、半沢じゃないんですけど………」
「いいから土下座しろよ!」
遥は膝を折り、ゆっくりと土下座をした。
「ねえ、嫌でしょ、土下座」
遥は土下座のままメイメイの顔を見上げる。
「土下座は嫌よ。半沢直樹に追い詰められた上司みたいだし………」
「じゃあ………、私はなんで土下座をしてるんでしょうか?」
「さあ?遥がしたいからじゃない」
「あのお………」と遥が顔をあげる。
「スマート土下座ってことで和解してもらえませんか?」
「いやよ」
「じゃあ、代わりに私が土下座をしてきます」
「それはダメ!」
「どうしてでしょうか」と遥は声を震わせる。
「私はあいつの土下座を見たいだけなんだから」
「あいつとは?」
「レッドよ、レッドバトラー気取りのサフォークよ」
「ちなみにレッドバトラーは映画『風と共に去りぬ』の中に出てくるイケメンです」とアキが解説する。
「説明ありがとう、アキちゃん」と遥。
「レッド様と何かトラブルでもあるんですか」と遥は詰め寄る。
メイメイとレッド様がいけない関係?
執事とメイドの禁断の愛。
昼ドラじゃないの、まるで………。
「だってさ、あいつの動画。私の再生回数より多いのよ。三千万回よ。ちょっと凄過ぎィー。マジ神。嫌なんですけど………」
「あのお………、殴っていいですか………」と遥は片膝立ちになる。
「あの動画ってさ、レッドの手柄じゃないのにさ、あいつばっかセンターでかっこいいじゃない。あれってひどくない。メインはひとみお嬢様でしょ。ひとみお嬢様なんかチラッとしか映ってないのよ、あれってひどくなーい。あれが執事のあるべき姿?言ってみれば裏方でしょ。裏方が目立ってどうするつぅーの!」
遥は今にもメイメイに殴り掛からんばかりであった。
それを他のメイドたちが必死に抑えていた。
「レッドに土下座させて顔をあげた瞬間、私、スカートを手でおさえてみせるのよ」と、
メイメイは高笑い。
「『何、パンツ、見てるのよ』と一言言いたいの」
それだけのことで………と遥の歯ぎしりの音が鳴り響く。
「何、それ?小学生ですか?」と遥が少しずつメイメイに顔を近づけていく。
「青木さやかみたいじゃない」とメイメイは遥に向かって言う。
「ちなみに青木さやかも芸人よ。覚えておいてね」とメイメイはそのまま鼻歌を歌いながら、控室をスキップしながら出て行った。
「土下座しましょう、私たちで」と遥がみんなに向かって言う。
するとみんながソッポを向いた。
何々………、見てたでしょ、私の土下座。
潔かったでしょ。
かっこ良かったでしょ。
「土下座ってかっこ悪い」と佳奈美が切り捨てる。
「それに今時土下座って、可愛くないし」と仁香は唇に人差し指をあてて言う。
「土下座に深い意味合いを感じません」とジュリアが言った。
「土下座で許してくれるなら警察いらないし」とぴよりが一刀両断にした。
「土下座にかこつけてスカートの中覗かれそうだし」と仁香はてへっと舌を出す。
「ドキドキバロメーター、だだ下がりです」とジュリア。
遥はそのまま真っ白になった。
「大丈夫ですよ、絵文字みたいで可愛かったです」とアキは笑いかけた。
その顔に遥は癒された。
アキちゃんと遥がアキを抱きしめる。
アキは真顔で、「先輩。私、セクハラで訴えますよ」と言った。