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ひとみは日頃足利家所有の森に住む鳥たちの歌声で目を覚ましていた。
自然の目覚まし時計はひとみを心地よい目覚めへとうながしてくれた。
「あっ……、うううゥーん…………、ふわふわわあー………」と背伸びをするのがルーティン化していた。
ただその朝に限ってひとみは目覚めに違和感を感じた。
そしてそのまま飛び起きて窓の外を見た。
するとそこには歌声をあげるメイドたちがいた。
「朝活?」とひとみはじっと様子を窺った。
メイドたちが発声練習をしている。
ひとみが時計を見ると、まだ四時である。
しばらくするといつものように、赤執事のサフォークが扉越しに、
「お嬢様、食事の準備ができております」と言う。
ダイニングに行くとメイドたちが普段通りに仕事をしている。
「お嬢様、軽トラの準備ができております」とサフォークが言う。
軽トラに乗り込む前にひとみはサフォークに聞いた。
「メイドたちはカラオケ大会でもするの?」
「いえ、存じ上げません」とサフォーク。
「そうなんだ」
「ひとみお嬢様のお気になさることではないかと思います」
「楽しそうなんで、私も参加したいなと思ったんだけど…………………」
「いえ、多分部活動みたいなものではないかと思います」
ひとみは執事とメイドたちがユーチューブで争っていることにまるで気が付いていなかった。
というよりもただ単に無関心なだけなのかもしれない。
その質問をした後から一切、ひとみの関心ごとからメイドや執事のことが薄らいでいった。
それとともに朝のメイドたちの歌声さえも鳥たちのさえずりと一体化してしまい、いつものように自然な目覚めが訪れるようになっていた。
順応性が高いのか、数学脳のせいなのか、興味のないことへの扉を閉める能力がとんでもなく高いようでひとみは執事やメイドたちの行動が全く気にならなくなっていた。
メイドたちの朝は早い。
そもそも早いのに、最近では豆腐屋並みに早起きである。
というのももうすぐ日本中のメイドたちの頂点を決めるM1。
「メイド・ワン・ぐらんぷり」が行われるからである。
執事たちの猛追に慌てたメイドたちが急遽大会にエントリーしたのである。
というのも………。
「執事たちがゼップ福岡でライブですって」とメイメイはメイド仲間の佳奈美の報告を受け、驚いた。
ほんの少し前まで執事を辞めたいと言っていたドリーが、気が付くとレッドを押しのけ、執事たちを束ね、一気に追い上げてきていたのだ。
ドリーはある日のユーチューブで、
「さよなら、できる女宣言」というタイトルで動画をアップ。
「私はこれからみんなを笑顔にするような執事になります」と全身ピンクの新衣装を公開した。
それを見て、メイメイは、
「何、みんな色違いのタキシード?…。昭和時代のコメディアンみたいじゃないの?」と声をあげた。
戦隊ヒーロー風みたいだし…。
とうとう追い詰められて行くところまで行っちゃったのね。
そう思ったのだが、世間の反応は真逆で執事たちは破竹の勢いで再生数を稼いでく。
そしてゼップ福岡ライブ宣言である。
「ゼップですって…」とメイメイは手を震わせている。
千五百人以上入る箱じゃないの。
「執事たちがゼップなら、メイドの私たちは福岡ドームを借りましょう」と声をあげる。
「落ち着いてください」と遥がメイメイの肩に手をおく。
「福岡ドームは広すぎます。せめてビートステーションぐらいにしてください」
「ダメよ、ダメ、ゼップより広いとこじゃなきゃ、嫌だ、嫌だ、絶対に嫌‼」とメイメイは口をとがらす。
「市民会館ならゼップより大きいんじゃない」
「ダメです。私たちにそんな集客力はありません」と遥は諭そうとする。
「やっちゃえばいいじゃない」とピヨリが口をはさむ。
「そうよ、可愛い私たちがいるんだし」と仁香が指で銃の形にして、「バーン」と言う。
「私、可愛さナンバーワンガールだし」と仁香がスマホを構え自撮りをする。
すると、ジュリアがハート型の女優ライトで仁香の顔を照らす。
アキは扇風機を髪が浮かぶように顔にあてる。
そして仁香はいろんなポーズを撮りながら、連写。
「仁香!可愛いよ」とピヨリが声をかける。
「分かってる」と、仁香はさらにポーズを変えながら連写。
時にはモデル。
「大人っぽいよ」とピヨリの声が響く。
時にはぶりっ子。
「めちゃくちゃ、可愛いよ」
「分かってる」
「今日もいけてるね」とピヨリが声をかけまくる。
そして仁香はピヨリにスマホを手渡す。
ピヨリはさらに連写。
「おお!その舌をぺろりとした顏。みんなメロメロだ」とピヨリは声をかける。
「ドキドキバロメーターがどんどん上昇中だ」
仁香がウインク。
「おお‼」とピヨリは後ろに転がる。
「ファインダー越しのみんなのハートを撃ちぬいたよ」とピヨリの連写はマシンガン級。
慌てた遥はいろんな情報誌をめくりまくる。
「じゃあ、これなんかどう?」と佳奈美がスマホをみんなに見せる。
そこには「メイド・ワン・ぐらんぷり」の募集記事。
「会場も福岡サンパレスだし…」
「なんて好都合なの」と遥が飛びついた。
「そんなに都合よく近場で「メイド・ワン・ぐらんぷり」が開催されるなんて…、できすぎじゃない…」
「福岡サンパレスのキャパはどのくらいなの?」とメイメイが目を血走らせて言う。
「二千三百人くらいよ」と佳奈美。
「いいわ。それ、出ましょ。エントリーしておいて」
遥はホッと汗を拭う。
「とりあえず、勝ったわ」とメイメイは独り言をブツブツ言っている。
「で、『メイド・ワン・ぐらんぷり』って何するの?」と遥はかなみに聞いた。
「カラオケ大会ですって」とかなみは審査内容を読む。
「えっ?接客とかじゃないの?」
「そうみたい…。でも賞金が十万円って書いてあるわよ」
「えっ?十万円」とメイメイはスマホを奪う。
「この金でゼップ借りられるかしら?」
「無理ですよ、絶対」
「ゼップのライブってそんなに高くないでしょ」とメイメイは不満げである。
「入場料はそんなにしませんよ。でも会場を借りるのは十万円では無理です」
「何、それ?執事たちってなんでそんな金持ってるのよ?」
「さあ?」と遥は首をひねる。
「多分、グッズ販売じゃないですか?」と佳奈美。
メイメイはグッズのラインナップを見て、
「それで執事たちは色違いのタキシードを着てるのね」
「多分そうです。色分けすることで推しを応援しやすくしたんでしょう…」と佳奈美は分析する。
「じゃあ、私たちの可愛さでいけちゃうんじゃない」と仁香が口をはさむ。
「執事グッズを丸パクリしちゃいなよ」とピヨリ。
「後出しじゃんけんみたいじゃない?」と佳奈美が言う。
「大丈夫、大丈夫」
「ダメよ、ダメ、売れ残ったらどうするの?」と遥は大慌て。
「私たちの方が可愛いし、登録者数だってまだ勝ってるし」とピヨリは笑顔を浮かべ、
「いけるんじゃねえ」と自信満々である。
「大丈夫よ。私が可愛いから」と仁香は急にどこかに電話をかける。
「そうそう、赤色を多めにしてね」と電話を切る。
「グッズ注文したわ」と仁香は言う。
「注文しちゃったの?」と遥は顔が青ざめる。
「そうそう、私、一番可愛いから赤色でいいよね」と仁香は手をあげる。
「じゃあ私、青」とかなみは恐る恐る手をあげる。
そしてピヨリは緑。
ジュリアは紫。
アキは黄色に決まった。
メイメイは白を選んだ。
最後に遥は渋い顔で、「じゃあ、私、ピンクにする」
「何何、ノリノリじゃない」とピヨリ。
「さすが、ピンクを選ぶなんて、実は自信あるんじゃないの」と仁香。
「まあ、無いことはないけど…」と遥は薄笑い。
「私には勝てないけど、遥が好きなマニアがいるわよ」
そして仁香が、手を前に突き出す。
するとみんなが次々に手を重ねる。
渋々、遥が手をのせる。
「グッズを売って、福岡ドームでライブするわよ」と仁香がみんなの手を持ち上げる。
「おお!」と高らかに声が響き渡る。
数週間後、大量のメイドグッズがトラックでやってきた。
とともにメイド服も色とりどりになった。
さすがにそれを見た遥は、売り切らないとと鬼コーチに急変した。
そして毎朝、歌のレッスンが始まったのである。
しかしメイドの服が色違いになってもひとみは全く気が付かなかった。
ただ一言、「なんか今日、虹が出そうな気がする」と言って、いつものように軽トラに乗り込んだ。