25
「あっ!こんなところにいた」とパジャマ姿のイエロー。
手にクマのぬいぐるみを持っている。
「急にいなくなると寂しいんだからね」
上目使いのイエロー。
「えっ?一時間もたってないって………」
驚いたような顔。
「一時間もだよ。ずっと心配してたんだからね。
僕以外の男子と連絡とってるんじゃないかって………、ねえっ!」
イエローは指をしゃぶる。
「そんなわけないって………。僕だけしか見てないって………」
口を尖らす。
「じゃあさ、僕のことをじっと見ててよ」
イエローはカメラ目線。画面をのぞき込む。
「ほら、今よそ見した………」
イエローはふくれっ面。
「じっと見ててくれないと不安になるだろう。
そんなに可愛いんだから、いつナンパされるか心配なんだからね」
イエローは人差し指で軽く画面をタッチする。
「えっ、信じてよって………、もちろん信じてるよ」
イエローは首を横に傾ける。
「でもさあ………、お嬢様はお嬢様が思ってる以上に、
ずっと可愛いってことを自覚してないからさ……………、
心配なんだよ………」
と、舌を出す。
「だから好きって言ってよ。
僕だけに聞こえるように囁いてみて………」
と、手を耳に当てる。
「えっ………?」
耳をさらに画面に近づける。
「聞こえないから、もう一度言って………」と鼻を突っつくような仕草をする。
「もう一度」と指を一本立てる。
「もう一回聞きたいな」と上目使いでお願いする。
沈黙…………………。
まるで返事が聞こえたかのように顔がにやけていく。
「何回やらせるのって、そりゃずっとだよ」
と唇を尖らす。
「何々、僕にも言ってほしい。
分かった。
いっぱい言ってあげる」
と、はにかみながら、
「だからさ、今夜一緒に寝てくれるかな………」と首を横に傾ける。
「何々、心配………?」
ショックをうけたような表情。
「大丈夫だよ。僕が君を傷つけるようなことするはずないだろう。
朝までずっと見つめててあげるからさあ………」
じっとカメラ目線のままのイエロー。
「ってやってるな、イエロー」とグリーンは動画を見て呆れてる。
「台本通りだから」とイエローははにかんでいる。
それを見て、グリーンは思わず頬赤くして横を向く。
可愛いなとボソボソと呟く。
「ピンクってとんでもないセリフ思いつくよな」とグリーンは横を向いたまま。
「あれはただの願望じゃないか。ガチオタだし………」とブルーがツッコむ。
「だろうな。いつもあんな妄想してるんだよな」とレッドが小バカにしたように笑う。
とピンクが咳をする。
気まずい雰囲気が流れる。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの執事動画。
ピンクに面と向かって文句をいうやつはいなくなっていた。
とは言え、気持ちの中にこんなことしたくないと思っているのはレッドだけじゃなかった。
「台本書いてる時、やっぱりイエローのこと思い描いて書いてるわけ?」とレッドがピンクを嘲るような言い方をする。
「まさか………。あんたたち自意識過剰でしょ」
ピンクは強い口調で言った。
「私が思い浮かべるのは小野大輔さんや、梶裕貴さんとか福山潤様。宮野真守様とかよ」
「結局イケボ声優か」
「そりゃそうでしょ。あんたたちじゃ役不足なのよ」とピンクはレッドに詰め寄る。
「そこはやっぱり三次元なんだ」
「じゃあ、普通のイケメンタレントでもいいんじゃないの」とグリーン。
「お前ら全然分かってねえな」と口調が荒くなる。
「私は声優さんの顔で選んでるんじゃないし………」
「でも………、みんなそこそこイケメンじゃない?」とイエローはスマホで顔をチェックしながら言う。
「むしろ私は昔の声優さんみたいに声は分かっていても顔が分からないくらいのミステリアスがちょうどいいわけ」
「うーん………。分かるか?」とブルーはグリーンに聞いた。
「なんとなく………」とグリーンも首をひねってる。
「私は声優さんのプライベートやプロフィールはほとんど知らないのよ」
「へえ………」と感心なさそうにレッドは言った。
「じゃないとさ………、純粋に声だけを好きでいられないでしょ」
「そういうもんなんだ」とレッドは棒読み口調である。
「顔がタイプとかいった類の邪念はマイナスにしかならないから必要ないわけ」
「解析不能です」とグリーンはアレクサの物まねをした。
「バカにしてるでしょ」
「別に………」とグリーンはにやけ顔を隠すために横を向いてる。
「ピンクの言う通りだ」とレッドが口をはさむ。
数字がものをいうのだ。
ピンクの言う通りにやったおかげで在庫は完売してしまった。
さらにピンクは全てのグッズ販売は私一人が責任を持つからと宣言したおかげで、在庫がはけないなどという心配を全くしなくて良くなった。
再生数も伸び、借金からも解放され、レッドは身も心も身軽になった。
だからピンクのやることにさほど文句を言うつもりもなかった。
でもピンクのことは昔からよく知る仲間である。
なのにオタクを前面に押し出してくるピンクの姿はほとんど見たことがなかった。
だから見ていると何とも言えず面映ゆい。
そしてついつい小馬鹿にしてしまうのだ。
「でも、見て見なさいよ。このイエローの再生数」
ピンクはスマホでイエローの動画を見せびらかす。
「執事動画の中ではダントツ一位なんだからね」とにやけてる。
チラチラ画面を見ては………、動画のできに満足しているせいなのか、終始ニコニコしてる。
「そうなんだ………、イエローが一位………」とレッドは驚いている。
「そうみたいよ」
「大食い動画でもブレイクしなかったのに………」とブルーも驚きを隠せない。
「弟キャラ最強説。
甘えられたい女子がいっぱいいるってことよ」
「母性本能を刺激されるんだ」
「そうそう」とピンクは満足そうである。
「掘りおこすわよ。甘えられたい女子どもを一気にすくい上げるの」
ピンクは網を投げ、オタク女子たちを一網打尽にする妄想をしていた。
「ひとみお嬢様みたいになってるな」とレッドはその様子を見て笑う。
「オラオラキャラもいいけど、癒しを求めるファンがいるってことよ」
ピンクはイエローの動画を何度も見返している。
「それに年の割にはベビーフェイスじゃない。イエローって………、そこがまたいいのよ」とイエローの顔をじっと見つめ、顔をどんどん近づけてくる。
「誉められてるのかな」とイエローはグリーンに助けを求める。
「誉められてる、誉められてるから」とグリーンはファイティングポーズをする。
「もっともっと母性本能をくすぐるわよ」とピンクは顔をつめてくる。
「まさか、それだけは………」とイエローは嫌がる。
「ノーは言わせないわよ。」とピンクはイエローに幼稚園生のかっこうをさせる。
幼稚園生のかっこうをして、
「雷が鳴ってるから、一緒に寝ていい?」と甘えるイエロー。
ヒューと思わず声を出すピンク。
「もらいました」とピンクはため息を漏らす。
そんなピンクもまたトップユーチューバーに返り咲いていた。
元々のポテンシャルが高いのもあって、男装好きの腐女子の圧倒的支持を得ていた。
「男の子が苦手な女子は私が一人占めしちゃうけど、いいかな」と画面に呼びかけると、
「いいよ」とか、「大好き」と言った書き込みが恐ろしい勢いで書き込まれていく。
今や生動画配信では執事たちの中で最大の視聴者数をほこるのがピンクであった。
その割合は実に九割が女子という異常さであった。
「俺に抱かれたいって?百万年早いぜ」と前面にオラオラを押し出していた。
「そんなに抱かれたいならいいねを連打してみな」と言うと、いいねの数がどんどん増えていく。
どうにか自分を見つけてもらおうとファンたちは投げ銭しまくりである。
コメントに返事をすると、さらに投げ銭が飛び交い、儲けた収益を動画の質をあげるために投資していった。
「今日は私のワンマンコンサートの配信を見てくれてありがとう」と足利家の庭からライブを配信するまでになっていた。
「それじゃあ、聴いてください。『桃色アニ想い』」とピンクはアニメ愛を詰め込んだ歌詞で歌を歌った。
気が付くと、ユーチューバー憧れの金のプレイとが送られてくるまでになっていた。
「ついにメイドたちに並んだわね」とピンクは微笑む。
「今度こそはうまくいくかもよ」とピンクはブルーに声をかける。
「マモルンジャー動画でリベンジよ。
集まった収益を動画やセットに還元するわよ」
とはいえ前の動画に関してもかなりの予算を投資したのだ。
それを超える動画をつくれるだろうか。
ブルーは悩んでしまった。
失敗は許されない。
そのプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。
「私にプランがあるわ」とピンクが言った。
その言葉を聞いてブルーはプレッシャーから解放され、一気に顔が高揚していった。
ピンクへの絶大なる信頼。
ピンクの言うことは絶対。
今やピンク様は誰もが認めるカリスマなのだ。
「で、何するつもり?」
「桃色アニ想い」を歌い終えると、
「私たち五人。ライブをします」と宣言をした。
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーと側で歌を聴いていた執事たちが声を上げた。
「聞いてないぞ」とレッドが言うと、
「ダチョウ俱楽部の物まね………、ブッブー!似てません」
「別に物真似じゃないっつうの」
「はい、『花より団子』の牧野つくし、似てません」
「だから物真似じゃないって」
「みんな、来てくれる」と画面に呼びかけるピンク。
行く行くと書き込みの連打。
「じゃあ、発表します。ジャラジャラジャラジャラ………、ジャン‼ゼップ福岡を貸し切りました。皆さんの投げ銭のおかげです」とピンクは手を合わせる。
「歌、歌」とレッドが呟き始める。
ブルーはそわそわとして落ち着きがない。
グリーンは、「ボイスレッスンしなきゃ」と小言のように繰り返している。
そんな中イエローだけは満面の笑みを浮かべて、「イエイ」と声をあげて庭を駆け巡っていた。
「持ち歌どうするんだよ」とレッドが言う。
「ブルー!作曲、間に合うのか」と詰め寄ると、ブルーは再びプレッシャーで顔が青ざめていた。