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ピンクが務める池袋のカフェは元々老舗の執事カフェなのだが、アニメとコラボしたスタイルのカフェに客を奪われるようになっていた。

オーナーには執事系アニメがうちの店を真似したというプライドがあった。

その拘りのせいでアニメとコラボする道だけは避けたのだ。

ただ池袋は大手の進出により、2.5次元アニメ専用劇場などがつくられるようになり、変貌を余儀なくされた。

ピンクが有名なコスプレイヤーであることもあって、ピンクの意見を多く採用し、なんとか競合店と張り合うことが出来ていた。

ピンクが柱に据えたのが不完全なコラボカフェであった。

黒執事というアニメに寄せることで老舗のプライドを守りながら、アニメファンをも満足させる方法を選んだのだ。

とはいえ多様化する趣味をすべて補えるわけもなく、コアなファンはコアな店にアニメファンはアニメに強い店へと奪われる時代になっていた。

ピンクは最近勢いのある中池袋エリアの人気店を見て回り、独自路線をいくハンズ裏エリアや、ディープな奥池袋の店を訪れ、乙女ロードとの違いを探っていた。


黒執事風の格好をして趣味のアルバイトをしているピンク。

「さてどうしたものか」とバイト中にどうすればメイドたちに勝てるコンテンツをつくることが出来るか考えていた。


池袋に通っていると、普通じゃない世界の住人の思考に毒されてしまう。

ユーチューブを見ている人はほとんどが一般の人である。

乙女ロードにすら来たことがない人も多い。

ただいわゆる腐女子に興味を持っている人も多くいることも確かである。

ならば、彼らが一番求めているものは何だろうか。

それは執事カフェの原点。

イケメンによる接客。

その瞬間だけはお嬢さまになれるような接客ではないだろうか。

アニメの中から出てきたようなイケメン執事たちのおもてなし。

執事カフェで培った体験をフルに生かし導き出した一手は、結局ユーチューブを見てくれる人が求めているものをピンクなりに提供し続けることに落ち着いた。

そこに行けば執事カフェに来たかのように錯覚できる。

お嬢様になりたい動画。

これが一番だと、ピンクは考えた。

そしてみんなに接客動画をあげることを求めた。

「お嬢様、今日のご気分はいかがでしょう」とか。

いわゆるイケメンボイスで言われたいようなセリフをみんなが画面越しに呟くのだ。


レッドは俺様キャラだろう。

ブルーは優しく包んでくれるような先輩キャラ。

グリーンはやんちゃなイメージのある悪戯っ子キャラ。

イエローは甘えん坊でドジっ子な弟キャラ。

そしてピンクはいわゆる百合系好きを満足させるイケメンキャラでいくことにした。


ここまで企画が練りあがった時点でピンクは自信を取り戻した。

そしてレッドに一つの提案をした。

「いい、私に絶対服従して」

「なんだよ、服従って。舎弟になれってことか」

「違うわ。あなたの借金の半分を私が出してあげる」

「えっ?そうなのか」と急にレッドは顔が明るくなった。

レッドはグッズの山で寝る場所もない状態である。

「私、絶対の自信があるの。ただそのためには誰にもノーと言わせない。私の言う通りにしてもらわないといけないから」

「分かった。とにかく借金は半々でいいんだな」

「もちろんグッズ販売の権利も半分もらうわよ」

「それはそうだな。当然だ。とにかく借金漬けから抜け出せるならなんだって言うこと聞くよ」

「じゃあ絶対他のみんなにもノーと言わせないで。それはあなたの仕事だからね」

「分かった。了解だ」

ピンクは思った。みんながキャラをちゃんと演じきれば勝算はある。

固定ファンを獲得すればグッズはすぐに完売するだろう。

むしろレッドから権利をすべて買い上げてもいい。

そのあと売り上げに応じて成功報酬を払っていけば、みんなが喜んで恥ずかしいセリフも囁くことになるだろう。

勝負はすでについている。

うちのイケメン執事は池袋の店と比較する限り精鋭ぞろいだ。

声優の中にそれほどイケメンでなくてもイケメンキャラばかり演じていると、イケメン扱いをうけている姿をよく見てきた。

そう、役が評価を変えるのだ。

イケメンセリフばかりその気になって喋っていれば、みんなは本物のイケメンになる。

そしてその姿を見続けるファンは2倍増し、3倍増しと勝手に美化してくれるのだ。



「これを言うのか?」とレッドは一瞬怪訝な顔をする。

「そうよ。そのままね」

「まさか、これが秘策ってわけじゃないだろうな」

「これが秘策よ」

 レッドは無言になった。

「さあ、台本を台本通りに読んでね…」

「分かった、とにかく言うことをきくさ」とレッドは台本を手にセリフをしゃべり始める。


「おい!今、他の男の匂いがしたぞ…」

「ダメダメ、もっとちゃんと感情を込めて…」とピンクはすぐにダメ出しをした。

「分かった、やり直す」と照れながら台本を読むレッド。

「ダメダメ、棒読みじゃないの。もっとちゃんとしてよ。カメラの向こうに好きな子がいると思ってちゃんとやってよね」

「なんか…。すごい、照れるんだけど…」とレッドが頭を掻いている。

「照れかあ…、何か新鮮。学生みたい…」

「無理があるだろ」

「照れはいいかもね。恥ずかしがってる姿は萌え要素だし」

レッドは感情を込めて、セリフを読む。

「ダメダメ、ちゃんと好きな人を思い浮かべて…」

「好きな人って…」とレッドはひとみの顔を思い浮かべる。

「ほら、ひとみお嬢様とデートした気になって…」

「な、なんで…」とレッドはピンクを見つめる。

「なに、驚いてるのよ。レッドがひとみお嬢様を好きなことくらいみんな気づいてるわよ」

「嘘つけ…」と頬が赤くなるレッド。

「ほら、ひとみお嬢様に愛の告白してるつもりで…」

「わ、分かったよ。行くからな」と咳をして、

「俺以外の男を見ること禁止。お嬢様は俺だけ見てればいいんだから」

レッドは抱きしめる仕草をする。

「俺の匂いを体中にしみ込ませてやる」

と、今度はカメラをじっと見て、

「これで俺以外の男の匂いがすれば今度は唇を奪うからな」と言う。

しばしの沈黙。

オッケー!とピンクの声。

「じゃあ、今の動画を一緒に見ようか」

「嫌だよ。恥ずかしい」とレッドは動画チェックを拒絶する。

「とにかく今の良かったから、動画、アップするからね」とピンクが言うと、レッドの手がピンクの腕をつかんだ。

「ダメだ。絶対にあげるな」と言う。

「そんなこと言っていいの?借金漬けなんでしょ」とピンクが言うと、レッドはゆっくり手をはなす。

 ピンクは動画を配信した。


「見て見て、高評価の数。一万を超えてるよ」とピンクが言うと、レッドは、

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」と頭を抱えてしまう。

「すごいな、レッド」とグリーンが声をかける。

グリーンはニコニコである。

グリーンがあげた動画は五万再生を超え、グリーンの最高再生数をはるかに超えた。

そのせいもあってグリーンはご機嫌である。

しかもいいねの数も七千を超え、スマホを何度もチェックしては、ニヤニヤしている。


「俺の一番はお嬢様だ。

俺の二番も三番もお嬢様だ。

俺のベストテンはお嬢様で埋まってる。

お前が泣いている顔も笑ってる顔も怒ってる顔も全てが俺のナンバーワンだ。

俺のこと好きって言うまで離さないからな。

もう一秒も待ってられないよ。

今すぐ俺にキスしておくれ」

グリーンはそう言ってカメラに向かってキス顔をする。



「よくこんな恥ずかしいこと言えるな」とレッドが言うと、

「お互い様だろ」とグリーンは言う。

ただ二人には大きな違いがあった。

レッドは嫌々俺様キャラを演じているが、グリーンはノリノリであった。

グリーンは「これからも、みんなでメイドたちを退治に行くぞ」と張り切っている。


「じゃあ、今度はブルーね」

 ブルーは大きく息をする。そして、感情をこめて喋り出す。


「なんでこんなに幸せなんだろう。

お嬢様のお側にいられるだけでこんなにも幸せにあふれているというのに、お嬢様とこうして空を見上げたり、手を繋いだりできるなんて俺はもうお嬢様なしでは生きていけそうにない。

だからお嬢様、責任をとってもらうからな。

最低でも唇だけは奪わしてもらう。

嫌とは言わせない。

だって俺はもうお嬢様が逃げられないように壁に押し付けてるから。

あとはお嬢様が目を閉じてくれさえすれば俺の理性は吹っ飛んじまうぜ。

だからほら、目を閉じて俺に熱いキスをさせてくれ」

ブルーは壁ドンで追い詰めたアングルでセリフを熱く語った。


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