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服をスタイリングしたのは桃執事の中江ドリーであるが、過去のユーチューブ動画の中でその時の想いを熱く語っている。
「アニメの『黒執事』が好きで、限りなくセバスチャンをイメージしてデザインを発注してみました」と、ユーチューブチャンネル「桃色アニ想い」で証言していた。
桃執事のドリーは男装のイケメン腐女子としてコスプレ界隈ではかなりの有名人らしく、「桃色アニ想い」は執事になる以前からある人気チャンネルであった。
ところがコロナが流行した頃ぐうたらな生活を過ごしたおかげで太りすぎて、「魔人ブウチャンネル」と呼ばれるようになり、一念発起。
戦隊ヒーローの変身ポーズなどを模倣したフィットネスチャンネルに方向性を変え、オタクのみならず多くのファンを集めるようになった。
と共に痩せて引き締まった体に変身すると、インスタグラムの方により重きをおくようになり、ユーチューブはさぼり気味であった。
桃執事のドリーの中にはオタクな部分を残しながら、おしゃれであるというある意味真逆の方向性を求められ、迷走中であった。
桃執事にとって黒歴史になりつつあるオタク気質ではあるのだが、本音はガチオタなのだ。
正直に生きるべきか、より指示される自分になるかで迷っていた。
こうして出来上がったのが………。
執事戦隊マモルンジャーであった。
その映像は普段着で豪邸を訪れる五人の映像。
豪邸の前でみんなが、
「これからお嬢様をお守りするんだ」と手を取り合う。
そして門の前で一人一人変身していく動画。
それはマジすぎるCG処理。
ネクタイを締め、マントを纏う様子や、白い手袋が突然現れたりとプリキュアを思わせる。
お尻をつき出したり、ウインクをしたりと変に可愛い映像になっている。
相変わらず青執事がつけたであろう歌声が聞こえている。
歌詞をちゃんと聴くと、魔法のカードに恋してるとか、魔法の扉を開けるとか、ヒーローぽくない言葉が散りばめてある。
装着されるカウスボタンが効果音と共に輝き、それぞれの色のリボンが舞い踊る。
そして全員が微妙に違うデザインのタキシード姿になる。
「赤執事サフォーク」
「青執事ムフロン」
「緑執事カラクル」
「黄執事メリノ」
「桃執事ドリー」
「五人そろってマモルンジャー」とポーズをきめると、大爆発。
門が粉々になる。
「どう考えてもNGだ」とグリーンが言う。
「なんでだよ」
「プリキュアより過ぎるだろ‼キラキラし過ぎ‼音楽がジャマ」
「いいじゃないか」
「違う、違う。方向性が違いすぎるだろ」
「なんでだよ」
「ヒーローものを参考にしろよ。可愛すぎるだろ。執事なんだぞ」
「なんだよ、変身ベルトはどうするんだよ」
「ベルトなんかいらないだろ」
「ダメだ、ダメだ。将来的にグッズ展開するために変身ベルトは必須だ」
「それだとライダーに訴えられるだろ」
「なるほど」
「そこそこ高くて、手頃なグッズにしないといけないな」
「じゃあ、扇子か」とイエローが口をはさむ。
「なんで扇子なんだよ。センスないなって言わせたいだけだろ」とグリーンは怒る。
「ジュリ扇のつもりだったんだけど………。昭和すぎるだろ。ユーチューブ世代にはチンプンカンプンだ」
「取り敢えずライブを見越して歌のレッスンに通わないとな」とブルーは決め顔で言う。
「なんだよ、それ………」とグリーンは呆れる。「そもそも何のための色分けなんだよ」
「推しグッズをつくる為だろ」
「大体なんでグッズ展開なんだよ。金儲けをしたいだけかよ」
「その通りだ」とレッドが言う。
「我らが奉公している足利家は元々江戸時代以前から続く大豪商なんだぞ。金儲けが汚いとかいう哲学は捨てちまえ。資本主義経済の中では金を稼げるやつが一番偉いんだ」
「じゃあ、サイリュウムは必要だな」とブルー。
「とにかくユーチューブにあげたんだ。再生数が伸び悩んだら、別バージョンで撮りなおすでいいだろう」とレッド。
「こうして執事たちの仲は少しずつ絆を深めていくのでした」とメイキング動画が先行配信された。
意気揚々と配信されたマモルンジャーの動画は再生数が伸び悩んでいた。
「俺思ったんだよな」とグリーンが呟く。「所詮、一発屋だったって」と。
「レッドが爆破シーンに頼りすぎなんだよ」とレッドに非難が集中した。
「だって日本のジョージルーカスだぜ、俺って………」
「結局実写には叶わないんだよ」とグリーン。
門を破壊するという爆破シーンを撮った割には数字には繋がらなかった。
とは言え元々十万回再生されるのが精一杯だったのだ。
みんなが三千万回再生という数字にとらわれ過ぎになっていた。
実際には二十万回再生を超えている。
そう考えると、以前よりはバズっているのだ。
なのに一度見た夢が基準になっていた。
今すぐ現実と向き合い分析すれば、揉めることはなかったはずである。
レッドはレッドでブルーのプリキュア路線を批判した。
そのことで執事内で少し関係がギスギスしていた。
そこに大量発注したグッズがトラックで運ばれてきた。
「全部、赤執事の給料から天引きにしてくれよ。俺たちは関係ないからな」とブルーが言うと、みんながブルーに賛同した。
そうなるとレッドは開き直った。
「分かったよ。全部俺が買い取る。しかしこれから先全てのグッズの販売権は俺のもんだからな」とキレ気味である。
「私、女だし、メイドグループに変わりたい」とピンクは思わず愚痴を言う。
と言うのもメイドたちは執事のはるか上をいくユーチューバーだったのだ。
「っていうか、メイドたちの動画、相変わらずバズりまくってるな」とレッドはスマホを見ている。
「メイド動画に影響され過ぎなんだよ。プリキュア風はメイド動画のパクリじゃないか」とグリーンが指摘した。
まさにその通りであった。
執事たちが沈黙を破り、動画配信を始めたのには理由があった。
お屋敷のメイドたちがユーチューブに毎日のように動画をあげていて、その登録者数が百万人を超えたあたりから、執事たちが慌て出したのである。
次から次へとバスりまくるメイドたちはいつしか人気者になり、ファンレターが毎日毎日届くようになっていた。
そうなると執事たちにも焦りが出始めたのだ。
ひとみの知らないところでメイドと執事が競い合うというのが日常化してしまっていた。
そもそもの始まりはメイドたちによるメイド服の萌え萌え化がきっかけであった。
コスプレイヤーとしてすでに有名人だったピンクの存在がメイドたちに変な対抗意識を目覚めさせたようで、それまでの普通のメイド服から、より秋葉原風のメイド服へと変貌を遂げたのである。
それを見てピンクもそれまでの黒一色のタキシードを捨て、四色のタキシードにデザインを一新したのである。
そしてグリーンが加わり五色の執事になったのである。
「あら、羊さんたち」とメイド長のメイメイが声をかけた。
「執事だ」とレッド。
「メイメイ言ってばかりじゃ、私たちメイドファミリーには勝てないわよ」
パラパラ動画が再生数百万回を達成し、バズったばかりのメイドたちは執事たちを完全に見下していた。
しかしレッドのザルツブルク動画がそれまでの最高を更新し、一瞬だけ立場は逆転した。
ところがマモルンジャー動画がそれまでのメイド動画の平均を下回ったせいですっかりメイドたちが自信を取り戻していた。
「どっちの方がお嬢様への愛情が深いか、勝負しろ」とレッド。
「勝負って………、まさか再生数で競うつもりかしら」とメイメイは鼻で笑う。
「その通りだ。俺は日本のジョス・ウェドンだぞ」
「だってあなたたちのプリキュア風動画って、私たちの動画の丸パクリじゃないの」
「そ、それは………」とブルーが口ごもる。
「パックった上に再生数が伸び悩むなんて最低ね」
「だから言ったじゃないか」とグリーンが言う。
「ユーチューバーってヒットした企画を真似しがちよね」とメイメイは笑う。
「だから言ったんだ、仮面ライダーを参考にしろって」とグリーンはブルーに言う。
「勝負してあげるわよ。でもその前に百万人登録を超えてみて。そうじゃないと勝負にもならないから………」
と、メイメイはトップユーチューバーの証でもあるゴールドのプレートをひけらかした。
するとピンクの様子がおかしくなっていく。
ピンクは久しぶりにメラメラと心が高揚していた。
「せいぜい頑張ってね」とメイメイが軽く手を振って去っていく。
置き去りにされた執事たちの雰囲気がどんよりとしていた。
「メイドたちを超えるわよ」と突然ピンクが言った。
休日は今でもほとんど池袋で執事のバイトをしているピンク。
元々はこの執事カフェがトップユーチューバーになるきっかけのようなものである。
原点回帰。
オタクの底力を見せてやると拳を握りしめていた。
おしゃれ女子って呼ばれていい気になっていたわ。
私の原点はオタクじゃないの。
ガチオタの意地にかけてもメイドたちをギャフンと言わしてやる。
ギャフンだって、普通のギャフンじゃないんだから。
吹き出し付きのギャフンよ。
ひざまずきなさい。
そして土下座をしなさい。
半沢直樹よ。
二千倍返しよ!
「そう言えばこの前のバズった動画、今の再生数は?」とレッドに聞く。
「ああ、あれか3千万回超えてからすっかり伸び悩みだな」
「じゃあ、三千倍返しよ」
元々こっちの方がトップユーチューバーだったんだから、メイドごときが本気の私を越えられると思ってるわけ!
しかし…とピンクは執事たちを見て、ふぅーとため息をつく。
どうやって再生数を増やそう………。
取り敢えずみんなの再生数をあげるしかないわ。
そして五人で一緒の動画をあげるの。
そうしたら今度は必ずバズるはず。
きっと越えることができるから………。
「いい、これからは私の指示に従って!」とピンクが言うと、レッドが、
「俺は日本のルッソ兄弟だぞ」と言う。
「レッド、あなたは一人じゃないの」
「そうだった。じゃあ、日本の黒沢だ」と言い直す。
「とにかくブクロ系の意地にかけても、私があなたたちをスターにしてあげるわ」とピンクは言い放った。