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そんなテンヤワンヤがあった数学のオリンピック。
ひとみが滑り込みで会場入りしても誰一人ひとみがいなかったことに気が付いていなかった。
これだから数学好きって困るのよね。
数学以外のことに目がいかないというか………、もうちょっと人に興味持ちなさいよと、あれほど偏見だと言っていた数学者の愚痴をこぼしてる。
問題は思ったほど難しくなかった。
無事全てが終わり、結果が発表された。
日本は十位に終わった。
個人戦ではひとみは金賞であったが、二位に終わった。
「一位は中国か?まあ総合でも一位だから当然か………」
と、メダルを受け取りに現れたのは人体くんであった。
「えっ?人体くん………?同じ人体模型………?」
人体くんはうなづく。
「でも中国代表だよね?」
人体くんは体に刻まれたメイドインチャイナの文字を見せた。
だから中国代表なのか。
っていうか、AIじゃないの。
それに女子だったの………、人体くん………。
人体さんか………。
じゃあロボコン同好会は来てるのかなとひとみは辺りを見渡す。
するとロビンが隅の方で手を振っている。
やっぱり人体くんじゃないの………。
ていうか、ロボットが人間の競技に参加していいわけ………。
でも人体模型が中国製だからって中国代表になれるなんてズルすぎない。
少なくとも計算してるのは日本製になるんじゃないの………。
っていうか、中国代表なんかになって情報が漏洩したら大変じゃないの?
バラバラにされて、技術を盗まれるんじゃないの………。
ひとみが辺りを見渡すと何となく怪しげなスーツ姿の男が無線で連絡を取り合っている。
警備員にしては様子がおかしい。
SPであろう。
じゃあ一体誰のSPだろうと考えた時、彼らの視線はどうしても人体くんに注がれているとしか思えない。
映画とかなら中国人のスパイは人民服を来てたりして、明らかに怪しい雰囲気を醸し出しているものだが、長身で体つきががっしりしていて黒いスーツを着ていると、どこの国のSPか区別がつかない。
と、人体くんが喋り始めた。
人体くん、喋れるんだっけ?
聞き覚えのある声。
「足利さん、今すぐ人体模型をつれてそこを脱出してください」と。
その声はロビンの声である。
ロビンがいた方を見ると、ロビンはいない。
「今会場を中国軍の民兵が取り囲むように立っています。彼らは最近までインドとの国境で交戦をしていた連中です。その中の数人に中国人格闘家などの顔を照合しました。あくまで自然にその場を離れてください」とロビンの声がする。
どこにスピーカーがついてるの?と人体くんを覗き込む。
声は間違いなく、眼球からしていた。
ひとみは表彰式が終わるや、人体くんの手をひいて駆け出した。
そしてチームの仲間に挨拶もせずに、スマホで連絡をした。
「ジェットをスタンバイしておいて」と執事に命じると大急ぎで会場から外に出た。
そこにはすでに高級車が待ち構えている。
扉を開けて車に乗り込むと、運転手が振り返る。
執事である。
「お嬢様、空港までとばしますよ」と言うと車が走り出す。
車の前後をパトカーがはさみこむ形で護衛にあたっていた。
大通りに出るといきなり後部座席のガラスにヒビが入る。
「銃撃されました。お嬢様。防弾ガラスですが一応身を伏せておいてください」
と車がさらに加速した。
目の前を走っていたパトカーが突然道を反れて横を回転しながら転がっていく。
そして後ろを走っていたパトカーもまた大爆発。
その爆風で車が押されるのが感じられた。
護衛にあたっていたパトカーが消えた。
ひとみはそんな事態にあってもおかしなことを考えていた。
なんでパトカーを狙うんだろう。
目の前の車と真後ろの車を狙うより、直接この車を狙ったほうが確実じゃない。
これって映画とかで見る不思議な光景と同じだ。
悪役が死の直前に秘密を打ち明けようとすると、頭を撃ちぬかれたりして死ぬ光景。
あれって昔から疑問で仕方ない。
主人公の腕の中でまさに死ぬ直前に秘密を洩らそうとしている悪人の頭を撃ちぬくのなら、なんで主人公の頭を撃ちぬかない。
いつも悪人が殺されて、主人公は驚いているが、驚いているということは無防備だったということになる。
そんな無防備の主役を殺せば悪が勝利して物語が終わるのに、なぜ、いまにも死にそうな悪役の口を塞ぐ必要があるんだろうか。
今回の場合も同じだ。
この車を護衛するパトカーを破壊できるのなら、最初からこの車を狙えばいいのに…。
「お答えします」と人体くんが喋る。
「その車は装甲車と同レベルの強靭な車に改造しています。だからこの車を狙うよりも前後のパトカーを狙ったと思われます」
じゃあパトカーの護衛はまったく意味がないではないか。
「って言うか、ロビンってなんで私の考えてることが分かったわけ…」
「私はロビンではありません」
「どう考えたって長沢さんでしょ」
「違います。私は人体模型です」
変なとこ秘密主義じゃない…。
「さっきの質問に答えたいと思います」とロビンはロボット風の喋り方で、「足利さんの思考癖はすでにコンピューターで解析済みです」と言う。
「何?怖すぎない」
「心配する必要はありません。ネットショッピングで日々買い物をしているとお勧めを紹介してくるあのシステムと同じですから…」
って、私、ネットショッピングしたことないんですけど…。
「あくまでも今の話は一例です。スマホを使うだけで日頃の行動パターンなどからおおよその人物像をAIが解析してるだけにすぎませんから…」
なるほどビックデータ解析で私の思考回路まで丸裸になってるって訳か。
「それとその車を直接狙わない理由ですが、もう一つ考えられることは人体くんを無傷で確保したいという思惑があると思われます」
なるほど…。それならわかる。
「だから人体くんの側にいれば取り敢えず命を奪われることはないから安心してください」
と、ひとみたちの乗る車の目の前を両端から塞ぐように2台の車が突っ込んでくる。
急ブレーキをかけると、後ろから別の車に追突される。
そしてそのまま何度となく後方から車をぶつけてきた。
安心してくださいって、安心できないわよ、これじゃあ…」
と、その車が大爆発を起こす。
ロケットランチャーがぶち込まれたのだ。
「バカじゃないの」とひとみは声をあげる。
「お嬢様、今のは味方の攻撃です。ここはただ今戦場と同じです」
「なんでなのよぉおおおおおおおおおおおおおー」
目の前から装甲車が車を乗りあげて、向かってくる。
中から兵士が現れて、こちらにロケットランチャーを向けている。
突然、ボンネットが開く。
と、車がとんでもない衝撃で後方へ吹っ飛んだ。
「このボンネットはロケットランチャーぐらいは耐えられます」
耐えられますって………。
むち打ちになったらどうするのよ。
と、すぐ側にヘリが舞降りる。
今度は何?
「お嬢様、いきますよ」と執事が声をかける。
ヘリの扉に星条旗が見える。
ひとみは車から転がり出て、ヘリに乗り込んだ。
執事は人体さんを抱えて、ヘリの方へ走ってきている。
お姫様抱っこではないか。
ここはオーストリア。
マリーアントワネットが産まれた地。
ああ、この場所でお姫様抱っこなんて羨ましい。
ひとみは目をキラキラとさせている。
と、ビルの屋上からロケットランチャーを撃とうとしている迷彩柄の男が見える。
途端に男の脳天が撃ちぬかれる。
ヘリのパイロットが銃を構えている。
サングラスをかけ、タンクトップ姿である。
まるでランボーじゃないの。
「さすが。銀星さん」と執事が声をかけてヘリに乗り込んだ。
「銀星さん、出発だ」
そしてヘリが浮上する。
途端にヘリがドローンに囲まれる。
手のひらほどのドローンが四方を取り囲む。
そしてドローンからの銃撃が始まった。
機体にあたる音がする。
どう考えても尾翼を狙ってるじゃないの。
尾翼が壊れたら墜落するんじゃないの………。
「大丈夫なの?」とひとみが聞くと、執事は笑ってる。
「これはミッションポッシブルですよ、お嬢様」
「本当に?」
「なお、このテープは自動的に消滅します」とヘリが喋った。
って………、テープって何………。
煙出てるじゃないの。
機内が煙だらけになる。
「やられたんじゃないの」
「まだ、大丈夫です。お嬢様」
「まだって………」とひとみは心配になる。
「イさん‼やってくれ!」
ヘリからドローン部隊が解き放たれる。
後部座席にいる男がドローンを操って、ドローン戦を行っている。
ドローンが一つ、二つと地上に堕ちていく。
「すべて消去しました」とドローンを操っているイさんが答える。
ヘリに弾丸が当たったものの致命傷は免れたようだ。
ヘリはそのまま海上に出て、空母に着陸した。
「もう大丈夫ですよ、お嬢様」と執事が答える。
ヘリを降りると、ひとみはヘリの方へ向き直り、頭を下げる。
「紹介が遅れました。銀星アーロンさんとイ・ハンさんです」
「銀星さんとイさん…、ハンが苗字?」
「そうです」
「ありがとう」とひとみは手を振る。
「ここからはトムとクルーズ飛行しましょう」と男が笑う。
そしてひとみと人体くんはF16に乗りこんだ。
「もう大丈夫です。ステルス戦闘機ですから………」と執事は指を立てる。
機体はあっという間に空港にたどり着いた。
F16を降りると、「ハイサイ」と陽気なアメリカ人が挨拶をする。
そして敬礼をした。
ここは沖縄のようである。
「敵は中国なの?」とひとみは陽気なアメリカ人に声をかけると、
「それはお答えできません。国家機密に該当するので………、機密の刃ですから……………、ハハハ………」とくだらないダジャレを言う。
と、一人、ツボにはまったトムが大笑い。
「アメリカンジョーク、最高だよ、デーブ!」とアメリカ人が言わなそうなことを言って笑ってる。
他の子たちはどうなったんだろう。
ひとみが先に逃げ出したせいでひどい目に合ってるんじゃないだろうか。
みんな拘束されて、流刑地に贈られてないだろうか?
ところがネットを検索すると、ザルツブルクの市街地で起こった出来事は一切情報が出てこない。
しかも日本代表が笑顔の帰国という記事。
みんなが笑顔を浮かべてる。
日本は十位と大躍進。
躍進したんだとひとみは思う。
ひとみとしては不満な結果であった。
足利ひとみさんが第二位の好成績と書いてある。
しかしひとみの写真は長沢ロビンの写真であった。
「何よ、この記事、いいかげん」とひとみは思った。
でもみんな何事もなく日本に帰れたんだ、良かったと思う。
「ねえ、人体くん。いや、人体さん………。AIは大丈夫だった。バラバラにされなかった」と話しかけると、今度はシュンの声がする。
「えっ?どこにいるの」とひとみは辺りを見回すが、シュンはいない。
「声は無線でスピーカーに送ってる」と、シュンの声は人体さんからしている。
「そうなの?」
「で、質問に答えておこう」とシュンの声。
聞き覚えのある声。
そうだ、あの時の声。
「なお、このテープは自動的に消滅します」と答えていたヘリの声。
「テープって何?セロテープ?」とひとみが聞くが無視である。
「人体くんのAIはより数学に特化したタイプに書き換えてある。とは言え制御装置などの機能はかなり旧式に戻してあるし、その情報を手に入れたところで大して役に立たない程度の能力しかない状態になっている」
人体さんから男の声がすると、やっぱり人体さんは人体くんのような気がする。
「だからロビンが側にいてメンテナンスをしていた」
なるほど………、だからいたんだ、ロビンさん。
「それに解体されたり、データーなんかを盗み出そうとすると、自動的に爆破するようにセッティングされている。だから解体もされてないし、情報も盗まれていない」
そうだったのか。
それにしても大げさな逃亡劇。
相手はよっぽど人体くんの情報が欲しかったのであろう。
そんなものが普通の高校にあるのだ。
七不思議………。
やばい、七不思議なら触れてはならぬ出来事ではないか。
私は黙ってるつもりだが、シュン君やロビンさんは分からない。
とにかく開催国がオーストリアで良かった。
下手すると逃げ出すことも叶わなかったかもしれない。
あれが戦争のきっかけにならないといいが、戦争というやつは金儲けの手段として利用される。
経済のために容易く仕事を増やし、私腹を肥やす者がいる限り、戦争はなくなりはしないのだ。
だからきっかけはどこにでも落ちている。
もし願い事が叶うとすれば、今度のことが引き金で戦争にならないでほしい。
しかしどんだけすごいAIなのだ。
自衛隊だけじゃない。
すでにアメリカも巻き込んでの技術争奪戦に発展しているのだ。
それでも開発をやめられないのが技術者の性というわけだ。
果たして竜ケ崎先輩が目指しているのは人類にとって有益なものになるのだろうか。
全ては諸刃の剣である。
使う側のモラルでそれは武器にもなるということだ。
できれば人の役に立つロボットになってねとひとみは人体さんを見つめる。
「あなたってすごいのね」とひとみは人体さんに話しかける。
人体さんは頷いている。
「スパコン富岳と繋がってからね。世界一なのは当たり前だよ」とシュンが返事する。
次の日、学校に行くと、ひとみは思わず校門で校舎を見上げた。それは、
「世界大会金賞並び世界大会第二位おめでとう!三年生長沢ロビンさん」という垂れ幕が掛かっていた。