20
「今週は数学のオリンピックだな?」と数の子先生がひとみに告げた。
ひとみにしてみれば驚きの言葉であった。
「当然、足利さんのことだから準備万端だとは思うけど………」と何の準備もできていないひとみは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「国際大会で日本女子はずっと成績が振るわないからな、今年は足利さんがけん引する展開になるはずだ」
って、そもそも国内予選は………。
と、ひとみはあることを思い出した。
数の子に言われるままに広い会場みたいな場所に行って、数学の問題を解いた記憶がある。
模試でも受けさせられたのかと思ったが、結果を教えてもらってない。
それがもしかしたら国内予選だったのでは………。
で、結果はどうだったのよ。
私、結果知らないんですけど………。
「数学のオリンピックはチーム戦だから足利さんがどんなに頑張っても世界一にはなれないと思うけど………」と数の子は弱気なことを言う。
「足利さんは国内予選では一番だったんだし、個人表彰で一番を狙える位置にいるからね」
なんだ、一番だったのか………とひとみは初めて結果を知らされた。
うん?国内一位………。
これは私の目標をクリアしたことになるのだろうか?
っていうか、国内一位なんでしょ。
なんで垂れ幕下がってないのよ。
普通なら校門から見える場所に、
「足利ひとみさん、数学のオリンピックの国内大会一位。おめでとうございます!」的な垂れ幕下がるでしょ………。
「とにかく今週は海外だ」と数の子。
「えっ?海外ってどこですか?」
「ヨーロッパ大会だから、ヨーロッパのどこかだろう………」
えっ?まさか知らないとか………。
っていうか、無責任すぎない。
そもそもどこに集合なのよ。
「残念ながら、僕は飛行機が苦手だから足利さんに同行できないけど、日本から応援してるから………」
って、これが勝手に応募した人間の発言?
適当過ぎない。
だから垂れ幕も下がってないんじゃないの………。
大体、場所も時間も分からないで遅刻したらどうするのよ………。
「ひどくない」と数の子先生への愚痴を聞いて欲しいとひとみは人体くんを探すが、こんな時に限っていない。
そこでたまたま見かけた柚子先生に声をかけるが、明確な答えを出してくれない。
「数の子先生は数学以外のことには無頓着だからな」と言う。
数の子先生は顧問でしょ、軽音部だけど、自分でセッティングした試験なんだから………。
「数の子先生は修学旅行の引率で迷子になるくらいだし………」
そんなこと知らないよ………。
「数の子先生は数学以外は社会不適合者だからな、許してやってね」と言っていなくなる。
こんな時、愚痴りたいのは竜ケ崎先輩なのだが、どうも最近一生懸命にサックスの練習をしていて近寄りがたい。
奈々美先輩へのライバル心がメラメラと燃え上がっている。
イラつきが顔からあふれ出していて声がかけ辛い。
結局ひとみはネットで調べてみることにした。
するととんでもないことが分かった。
まさに明日オーストリアで数学のオリンピックが開催されることになっている。
オーストリアのどこよ。
ザルツブルク………。
ザルツブルクってモーツァルトで有名な塩の街だっけ?
確かオリンピック招致で連敗中のはず………。
待ってよ!日本チームはすでに現地でくつろいでいるじゃないの。
ツィーターに日本チームの集合写真があがってるし………。
観光してる。
何々、何やってるのよ、数の子先生。
私も観光したかった。
観光を満喫中の文字と写真がインスタにもあがってる。
でもみんな女子………。
やっぱり女子の方が優秀なのかな?
違う………。
女子だけのオリンピックなのか………。
オリンピックも男女別だし、まあ、そんな感じなんだ………。
って私、数学のオリンピックのこと何も知らない。
ひとみはすぐに執事に電話をかける。
「今すぐ家の戻ってきてください」と言う。
ひとみが家に戻ると、ヘリがひとみを待っていた。
ひとみがヘリに乗り込む。
ぞしてそのまま空港に着陸し、自家用ジェットで現地に飛んだ。
なんでこうまでして、数学のオリンピックに出なきゃいけないわけとひとみのイライラは治まらない。
大体傾向も対策もたててない。
過去問も見たことない。
こんなんで勝てるわけ?
と、取り敢えずダウンロードした過去問を移動中の飛行機の中で解き始めた。
何、簡単じゃないの………。
いけるんじゃない、世界一。