17
「でもなんで七不思議の話なんかしてるの?」とひとみ。
みんなは思った。
ひとみが聞いたんでしょっと…。
「呪われるわよ、瑠々みたいに…」とひとみは両手を軽く持ち上げて、幽霊の真似をする。
「俺が一番ヤバいじゃん。一人で七不思議の話しちゃったよ」と木本が叫ぶ。
「呪われたら、お前のせいだからな」と胸に十字を切り、「神様、お願します」と祈り始めた。
「プールで泳いでると何かに足を引っ張られるとか…」と佳林が七不思議の話を始める。
「やめろよ、やめろ」と木本が佳林を突き飛ばす。
佳林はそのまま後頭部を机の端にぶつけて倒れた。
「空気の読めないやつだな。呪われたらどうすんだよ」
「イタたたた…」と佳林が起き上がる。
「河童がいるんでしょ」とあかりは七不思議の話をやめようとしない。
「それは昔排水口に子供の足が挟まって…、溺れたらしいよ」と朋子が続ける。
佳林もあかりも朋子も目に精気が感じられない。
ずっと上の空で天井を見上げてる。
「本当、それ…」と由加もまた目が死んでいる。
「怖い…」と愛香は白目をむいたまま。
「幽霊になって排水口に引っ張ってるんでしょ」と瑠々が木本に迫ってくる。
いや、クラス中の女子が木本との距離を縮めるように取り囲む。
「なんだよ、木本、モテモテじゃん」と中田は羨ましそうに呟く。
しかし木本は恐怖で震えていた。
まるでゾンビに囲まれているかのようである。
「そんな七不思議があるんだ」と木本はビビりながら声を出す。
佳林は死んだ目のまま木本に迫る。
「きゅうり、買いに行こうかな」と木本は呟く。
「きゅうり、好きよ」と佳林がブツブツ言っている。
「私もきゅうり、大好き」と女子がそれぞれ声をあげる。
「なんで、みんな、デスボイスみたいなんだよ」と木本は震える。
「七不思議に触れてはならぬ」とひとみの頭の中で声がする。
ひとみは強い痛みを頭に感じた。
すると佳林がいきなり木本の右手に噛みついた。
「イタたた」と木本は声を上げる。
「何やってるのよ」とひとみは佳林に飛び掛かる。
そして木本と引き剥がそうとする。
佳林は木本の手に噛みついたままだ。
するとあかりが木本の右手に噛みついた。
そして首を左右に振ると、木本の指が一気に全部ちぎれてしまった。
「ぎゃあー」と木本は悲鳴をあげる。
ひとみは佳林の口に指を入れて、無理やりこじ開けようとする。
暴れながら佳林は顔を左右に振り続ける。
すると右手の指もまた全て噛み切られてしまう。
ひとみが佳林の口を塞ごうとすると、佳林はひとみの手に噛みついた。
「痛!」とひとみは佳林の顔を見る。
佳林の顔が変わってる。
目が吊り上がり、口に牙が生えている。
やだ、狐憑き…とひとみは思う。
私の指も噛み切られる。
「走り出す人体模型とかも有名よね」と由加が言う。
なんで七不思議の話をやめないのよ。
由加もまた狐に憑かれているようだ。
と、突然佳林の噛む力が弱まった。
佳林はそのまま床に倒れた。
柚子が佳林の額にお札を貼ったのだ。
そして周りのみんなにお札が貼られた。
最後にひとみにもお札が貼られた。
すると急に意識が飛びそうになる。
ふと目の前に麗華の顏が見えた。
れいちゃん、久しぶり…とひとみは声をかける。
しかしそのまま意識が遠のいていった。
「七不思議に触れてはならぬ」と声がする。
ひとみの頭の中でその言葉が呪文のように響き渡る。
「人体くん、人体くん」とひとみはうなされている。
そして、「それだ!」とひとみは突然大声を上げて目を覚ます。
「そこにいるでしょ、人体模型」と目の前の由加に話しかける。
「いるよ」と由加は平然と答える。
あれ…。私、夢を見てたのかな………。
「何とも思わないの?」
「どうして?」
「普通、人体模型って動かないじゃない」
「嫌だ、ひとみ。いつもいるじゃないの」
「でも七不思議でしょ」
そうだ、七不思議の話をしてたんだっけ………。
「だって人体模型、走ってないし…」と由加は首をひねってる。
えっ、そこ!そこなの……。
人体模型が動いてることは驚かないの……。
「走る人体模型はレアだけど、人体模型はいつもいるし…」
「そういうもの?」
「そういうものでしょ」
人体模型は肝臓を取り出して手に持っている。
心臓と肺と脳みそを外して、お手玉を始める。
これを見ても驚かないの?
「ねえ、気持ち悪くない?」とひとみは聴いた。
「どうして…?」
いや、確かに七不思議だ。
こんな光景を見ても驚かないことが七不思議だ。
授業が始まると、再び人体くんは席につく。
あれ?確か木本君の指を佳林が噛み切ったんじゃなかったっけ…。
佳林はいないかと教室を見回す。
普通に授業を受けている。
佳林が振り返ってひとみを見た。
目が死んでる。
佳林はまだ狐に憑かれたままだ。
あかりを探す。
あかりも普通に授業を聴いている。
みんな、そこにいた。
普通にそこにいて授業を聴いている。
そして木本もまた授業を聴いている。
ただ、木本の両手に包帯が巻かれていた。
やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。
木本君は両手の指を失ったに違いない。
なのに、この光景はなんだ。
普通ではないか。
あまりにも普通過ぎないだろうか…。
まるで何もなかったかのように時が流れている。
木本はきっと義手になるのだろう。
それにしてもあまりにも普通ではないか。
まるで何もなかったかのようだ。
「七不思議に触れてはならぬ」とひとみの頭の中に再び声が響き渡る。