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ひとみは中田だけを見ていた。

 やたらとダンクが決まるからだ。

 しかもワンハンドダンクやボールハンドダンクではない。

 いわゆる片手であったり、両手を使って叩き込むダンクは成功率が低い。

 ところがそれらより高等テクニックを必要とするリバースダンク。いわゆる背中をゴールに向けたままダンクを決める技。

これが面白いように決まる。

そのダンクは実にブサイクなのだが、成功率が飛び切り高い。

その理由を考えた。

実に簡単にその謎が解けた。

中田の防御を見てすぐに気が付いた。

背の高さをいかして、ボールを持ったまま上にあげたり、背中の方に下げたりしている。

オロオロしながら、パスの相手を探している。

背中にボールをおろした時、叩き落されている確率が非常に高い。

最高点ではその背の高さと腕の長さで届く人はいない。

ところがボールを下げた時、ボールに手が届く。

普段、中田がボールを奪われる一番多いケースである。

しかしこれがゴール下だと状況は変わる。

ゴールに背中を向けたままパスをうける。

するとそのまま手を上に持ち上げ、ジャンプ。

ジャンプしたままボールを背中に回すと、リバースダンクの完成である。

これが実に見事に決まる。

偶然が生み出した芸術的ダンクシュート。


それだけじゃない。

ゴール下でもみくちゃになって、パニくる姿をよく見る。

そうした時に焦ってゴールを狙いにいく。

それが偶然にも体を一回転させてダンクを決めている状態になる。

もみくちゃが嫌でそこから逃げ出すためにジャンプし、ゴールリングに必死に手を伸ばしたら、ダンクが決まる。

そんなダンクは点数さえ入らなければダメダメダンクと言わせてもらいたい。

ところが不思議なくらいにそれが決まるのだ。

強引すぎるダンク。

それは間違いなく、スリーシックティーと呼ばれる高等プレイである。

相手が初めてそれを見た時、下手くそが無理やり決めたラッキーゴールと感じるに違いない。

ところが何度も決まると相手は驚愕する。

ダンクの名手。

ももち浜学園に中田ありとさえ言われるに違いない。

理屈じゃないのだ。

頭で理解して決まってるわけじゃない。

身体が勝手に反応し、自覚のないままとんでもないプレイをしてみせる。

これが中田マジックの正体だ。

これは最強の武器になりかねない。

多分、中田は普通のダンクはうまくない。

実際に決めてるところも見たことないし、試している場面もない。

きっとダンクはできないのだ。

できないことが完璧にできる。

これは相手を翻弄する。

中田がジャンプすると、普通のダンクを決められるんじゃないかと相手は焦る。

焦ってファールをしてしまう。

ダンクなんかできなくても相手が勝手にダンクを恐れて自滅する。

ありもしないものに怯えて躊躇する。

本当はダンクなんかできないんじゃと疑っても、リバースダンクやスリーシックティーを目の当たりにすれば疑いは消える。

かえってダンクができないほうがいい。

できなければ中田はしない。

しなければバレない。

ひとみはおかしくなってきた。

そして一人で笑い声をあげていた。

「だいじょうぶか…」と木本が声をかける。

 木本も最近ひとみの様子がおかしいという噂を耳にしていたから、そう聞いた。

「何が…」

「いや、一人で笑って気持ち悪くない」

「私…、キモかった?」

「中田や山根ほどじゃないけど、変だなあと思って」

「珍しく優しいじゃない」

「俺はあかりと朋子以外は普通に優しいぞ」

考えてみると、みゆが死んで木本をショックをうけているはずである。

想い人が死んだのだ。

両想いでなくても、どこかで気持ちが折れているに違いない。

「無理するなよ」と木本が言った。

「お前もな」とひとみは言葉を返す。

木本は再び2オン2を始める。

ひとみはなおも中田を見ている。

中田に足りないもの……?

中田はボールを持ったまま、じっと立ち止まる。

片足を軸にしてクルクル回ってる。

何やってるの!ドリブルでしょ、ドリブルと思わずひとみは声を出しそうになる。

しかしドリブルをする前にボールを奪われる。

そんなことが何度も続く。

ひとみは思った。

中田はドリブルができないのでは…。

だからすぐにパスを出す。

パスを出しそこなってはボールを奪われたりしてるので気が付かなかった。

中田はまったくドリブルをしていない。

「ねえ!」とひとみは木本を呼びつける。

「なんだよ」と不機嫌な顔で近づいてくる。

「どうして中田君はドリブルをしないの?」

「そりゃあ………」と歯切れが悪い。

「できないなら教えてあげればいいじゃない」

「あいつのドリブルを見たことないのか」

「ないよ」

「致命的に下手なんだよ」

「どう下手なのよ。下手なら練習すればいいじゃない。いつかものになるわよ」

「俺が止めさせたんだ」と山根が口をはさむ。

「どうして?」

「必要ないから」

「でもドリブルで来たら、もっとプレイに幅がうまれるじゃない」

「中田!」と木本は声をかける。

「ドリブルしてみてくれ」と言う。

「ええ…」と中田は嫌がる。

「いいだろ、やってくれよ」

「嫌だよ」と中田は体を左右にクネクネさせる。

「そういうなよ、一回だけでいいからさ」

「嫌だってば」と中田はボールを抱え込んだまま丸まった。

どう見ても子供がいじけているようにしか見えない。

「なんで女子のいる前でカッコ悪いとこ見せなきゃいけないんだよ」と中田は口を尖がらせる。

「ということだ」と木本はひとみの方を向いて「お手あげさ」と手をあげる。

そういうことか。

中田は誰も気にしてないだろうことを意識していた。

いわゆるかっこつけたいだけなのだ。

ドリブルが下手な自分を見られるのが嫌なのだ。

って言うか、ドリブル以外も下手じゃないのとひとみは急に沸点に達した。

誰が気にしてるっていうのよ。

誰もあんたなんか気にしてないわよ。

モテ男子のつもり!

女子はみんな無関心よ。

「やんなさいよ、ドリブル。私が直してあげるから」とひとみが中田の手を引っ張る。

「えへへ…」と中田がニヤニヤする。

何?何笑ってるの、気持ち悪。

思わずひとみは手をはなす。

やだ、こいつ、手を握られて喜んでる。

キモイんですけど…。

「へへへ」と中田は笑いながら、「しょうがないなあ…、足利さんが教えてくれるなら、我慢するよ…」と立ち上がる。

最高に気持ち悪いんですけど…。

ひとみは木本に助け船を求めようと振り返る。

木本は手を合わせてお願いポーズ。

何よ、なんで私がバスケ部の犠牲にならなきゃいけないわけ…。

ひとみが中田の方を向くと、餌を欲しがる犬のようにハアハアと声をあげている。

「分かったわよ。教えるわよ」

「ありがとうございます」と木本と山根の声が背中の方から聞こえてくる。

最悪だ。

「いい、絶対に私に触れないでよ」とひとみは注意して、

「取り合えずドリブルしてみて」と言う。

中田がドリブルをすると、何回かボールをつくことはできた。

しかしすぐにボールはあらぬ方向へ転がっていく。

「何、何…。ただドリブルしてるだけでしょ、なんでそうなるの」

中田は何度やってもボールが右へ左へ反れていく。

三回連続でつけた。

それだけで拍手をしたいほど致命的である。

これでは歩きながらとか、走りながらではドリブルすらできないに違いない。

「なんでできないのよ~」とひとみは頭を抱えた。

チラリと木本を見る。

気が付くと、中田抜きでバスケをしてる。

任せっきりかよ。

これはどうしたものだろう。

ひとみは取り敢えず、定位置でボールをつく練習をさせた。

そして中田をじっと観察し続けた。

ボールを叩く。ボールがおちる。地面に当たって戻ってくる。

そのボールを叩く。ボールは右に。

次は左に…。

つまり跳ね返ってきたボールを叩く時にボールが違う方向へ飛んでるのか…。

と、中田が最初に叩いたボールが右に反れる。

反れたボールはさらに右に飛んでいく。

「ちゃんと叩いて。まっすぐ下に叩くの」

しばらくするとかなりの確率で上下にボールがつけるようになった。

「いい調子、いい調子」

でもなんでボールが右左に行くんだろう。

たまにボールを叩きそこなって頭より上に飛んでいく。

そんなことが何度もある。

なぜあんなに高くボールがあがるのだろう。

強く叩き過ぎなのか。

それもある。

しかしそもそもなぜ空振りをするんだ…。

ひとみは中田を観察する。

そして木本や山根のドリブルと比較する。

ひとみは、「はっ」となる。

距離だ。

手から地面までの距離。地面から手までの距離。これが長いせいだ。

ただでさえ背が高いので叩いたボールが地面に当たるまでの距離が長い。

そして戻ってくる距離も当然長い。

ボールが少し反れると中田は次にボールを叩きつけることが出来ず、ボールがすっぽ抜けて、高く上がるのだ。

つまり背の高さがドリブルがうまくいかない原因である。

そしてひとみは背の高い山根のドリブルをじっと観察する。

やっぱりだ。やっぱり距離を縮めてる。

手から地面までの距離を縮めるだけでいいんだ。

「中田君、腰の位置を下げて」

「えっ?腰を下げる?」

中田は照れながら、ズボンを下へ下げる。

ブリーフがチラリと顔を出す。

「何やってるのよ。変なもの見せないで」とひとみはそっぽを向いて言う。

「だって言ったじゃないか」と中田はムッとした声を出す。

「膝を曲げて腰の位置を少し下げて」

「どういうこと?」

「腰を落とすのよ」とひとみは腰を落としてみせる。

中田はひとみを真似て少し腰の位置を下げる。

「そのままドリブルしてみな」

中田はドリブルをする。

すると六回成功した。

「えっ?なんで?」

「腰をかがめると地面までの距離が短くなるでしょ。距離が短いと左右にボールがよれても棒立ちの時よりずれが少ない分、カバーできるのよ。分かった?」

「なるほど………」と中田はよく分かっていないようである。

「とにかくドリブルする時は腰を落として」

中田は腰を落としてドリブルをする。

すると成功する回数が伸びていく。

「いい、歩く時も走る時も腰を落としてボールをつくのよ。そうすればドリブルができるようになるから」

「うん、分かった」と中田はドリブルを始める。

「いい、反復練習よ」とひとみが言うと、中田は一人で練習を始めた。

しばらく見ていると少しずつ様になっていく。

もう、大丈夫そうね。

「これで女子にモテるな、きっと」と中田はニヤニヤしてる。

 何、気持ち悪とひとみは思う。

でも見れば見るほど中田君って気持ち悪い。

動きが人間離れしてる。

なんて言うか…、ロボットみたい………。

まさか、ロボットなの?

ロボコン同好会がつくったロボット…。


「遂に人型ロボットの完成形ができあがったぞ」とシュンは叫ぶ。

「できましたね、部長」とロビンはシュンと握手をする。

「人型ロボットナカタだ」

「でもまだ動きがぎこちないですね」

「モーターの数を増やしたいところなんだけど、そうなると重さが…」

「ずいぶん、いらないものを削ったので、ガリガリですからね」

「膝がうまく曲がらなくて苦労したよ」

「本当、人が歩いてるようにはなかなかいきませんね」

「どうしてもカクカクした感じが残るよね」

「でも遂に膝も曲がるようになりました」

「あれほどできなかったドリブルという難問が…」

「理屈では分かってたんだよ。安定しないのは距離だってことはね」

「でも遂にドリブルができました」

「やったよ、ロビン」


「やっぱ、限りなく人に近いロボットはまだまだ気持ち悪いわ」とひとみは呟いた。

「俺はロボットじゃないぞ」

「嘘ばっかり。ロボコンに出てる蟹みたいなロボットの真似をしてよ」

ひとみがそう言うと、中田はタカアシガニの真似をする。

「やっぱりロボットじゃないの」

「ロボットじゃねえよ」と中田は手を横に振る。

するとボールがあらぬ方向へ転がっていく。

「アラアラ」と中田はボールを追いかける。

足がもつれて、転ぶ。

「大丈夫?足が取れなかった?」とひとみは声をかける。

またロボコン同好会のシュン君が現れるとこだ。

「スネ夫に続いてナカタまで!君はどれだけロボコン同好会に迷惑をかける気だ」とシュンがひとみに詰め寄る。

「ありえないっつーの」とひとみが妄想から目覚めると、中田がドリブルをしながら歩き始める。

「歩いてる…」と木本が声をあげる。

「歩いてる」と山根も中田を見て驚く。

「赤ちゃんじゃないんだから…」とひとみが冷めた声で言うと、

「これは人類にとっては偉大な第一歩だよ」と天馬シュン君が声をあげる。

なんでいるの?

横には長沢ロビンも立っている。

ロボコン同好会………。

まさか、本当にロボットなの?

ひとみはじっと中田を見つめていた。

シュンが手を叩きはじめると、ロビンや木本や山根も拍手する。

そしてハイタッチ。

絶対嘘でしょ。

中田君がロボットなわけないでしょ…。

ありえないつぅーの!


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