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 愛香がひとみにメイクをしていると、

「なんか、ひとみ、最近黒くない」とあかりが言う。

「すっかり日焼けしちゃったね」と愛香は浮かない表情をしている。

「日焼け…?そうかな…?」とひとみは無関心そうに答える。

「そうよ、昔みたいに真っ黒よ」と愛香が鏡を見せる。

 普段鏡を見ないひとみにはまったくと言っていいほど自覚がなかった。

「UVしてないでしょ。すっかりメイクののりも悪くなってるわよ」と愛香。

「UV…?」

「やっぱりしてないみたいね。忘れちゃダメでしょ」

「ひとみって本当、興味のないことはすぐに忘れちゃうのね」とあかり。

「頭のいい人って必要のないものは記憶から消去してるんじゃない」と朋子が話に割って入る。「脳に記憶のスペースを開けるんだって…」

「胃袋みたいね」

「らしいわ。どうでもいいことはすぐに忘れるらしいわよ」

「私なんか犬の名前なら絶対に忘れないのに」

「あかりはその分勉強のことはすぐに忘れるからね」

「そうなのよ。覚えることが多過ぎて、成績が伸び悩んでるのよね」

「そう言えば誰かに言われたんだ。色白の方が好きだって…」とひとみは必死に思い出そうとする。

「多分それ、わたしじゃない?」とあかりは自分を指差す。

「そうだっけ…、わたしじゃない」と朋子も名乗り出る。

「絶対、私だって」とあかりは自慢げである。

「みんな思ってたことじゃない」と愛香は微笑みながらまつ毛を書く。

ひとみはじっと考えてる。

ふと、ひとみの目から涙が一筋こぼれ落ちる。

みんなはそれを見て黙り込んだ。


「私は色白のひとみの方が好きだよ」

 ひとみは藤棚で言われたみゆの言葉を思い出した。


ひとみは何もなかったかのように笑いながら、

「でも何のために色白じゃなきゃいけないんだっけ?」と聞いた。

 ひとみには泣いたという自覚がなかった。

「それは将来シミになるし…」と愛香はそっとコットンでひとみの涙を拭う。

「ギャルみたいじゃない………」と朋子は作り笑いを浮かべる。

「それに男子うけ悪いしさ………」とあかりも涙に気付かないふりをした。

「それに髪もボサボサだしね………」と愛香はいつもよりハイテンションになっている。

「潮焼けしてるからね。ライオンみたいだし……」と朋子は早口で喋る。

「ていうか、チャラいし日サロ通いしてる渋谷のヤマンバみたいだし…」とあかりが言うと、

「まんまあかりじゃないの」と由加が口をはさむ。

 突然の飛び入り参加にみんなの緊張の糸が切れ、ホッとなる。

みんなはその時心の中で、「由加、ありがとう」と叫びたかった。

由加はみんなの顔に疑問を持つが、あかりを見て、

「今日もナイトプールに行くの?」

「行かないわよ!だいたい私のどこがギャルなのよ」とあかりと由加がメンチを切り合っている。

そんな中、「相変わらず漁に出てるんだ」と朋子が小声で訊く。

「出てるよ」

 最近のモーニングルーティンにテナーサックスがなくなって朝活はほとんど釣りである。

 竜ケ崎は吹奏楽部の朝練にちゃんと出ているのだろうか?

 ひとみは自宅の山を散策しながら、テナーサックスの練習を重ねたので、吹奏楽部の朝練には参加したことがない。

 噂ではかなりきつめの練習らしい。

朋子が朝練に疲れて授業中に寝落ちしてる姿をよく見かける。

「すごいよね。漁のあとに授業に出てるんだから…」と朋子は感心する。

似たようなものではないかとひとみは思う。

「朋子もよく朝練疲れで寝るじゃない」とひとみが言うと、

「そうかな」と朋子は笑う。

 二人とも授業中は常に寝ている。

「あれでひとみは学年トップなんだから、授業って役に立ってるのかな?」とみんなは囁く。

「そうね。朋子の成績が心配よね」とあかりは呟く。

 誰もが思った。お前が言うなと。

「まあ朋子は私よりだいぶん優秀なんだけどね」とあかりは笑う。

 笑えないギャグである。

 赤点収集家のあかりは気が付くと学年最下位を彷徨っていた。

「ほら、私、みゆのことで落ち込んでいたからさ…」と必死に誤魔化すあかりを笑う者すらいなくなっていた。

「本当に落ち込んでるのは、ほら、ひとみだから…」とあかりはみんなが心配してることを口走る。

 場が張り詰めた空気で充満していた。

「なんといっていいのか」と由加。

「ひとみに会いに行く途中に事故にあったんだからね…」と暗い顔の瑠々。

「気にするなって方が無理よね」

 みんなが一緒に沼に堕ちていく。


 そんな中朋子の恋は成就したのだろうか?とひとみは考えていた。

野球部の誰かを応援するために吹奏楽部に入ったのだ。

動機は不純であるが、恋が成就してほしいと願うばかりである。

 とは言え朋子がいちゃついてた噂は聞かないし、恋はまだ発展途上といったところだろう。

「気分転換におしゃれしなきゃ」と瑠々がひとみに近寄る。

 瑠々がひとみの髪に触ろうとすると、それを手ではらう。

 瑠々が驚いた顔をしていると、「どうしたの?」と自覚がないひとみ。

最近何度も目撃してる光景である。

ひとみは見た目以上にショックを受けているのだ。

「ところでUVってユニバーサルスタジオのことだっけ?」とひとみは訊いた。


「ねえ誰も触れないから聞くけどさ」と由加があかりに耳打ちする。

「何よ、くすぐったい」

「ひとみ、今度のテスト、百点が一つもなかったって聞いたんだけど…」

「何、知らないの」とあかりは大声を出す。

みんなの視線があかりに集まる。

慌ててあかりは由加に耳打ちをする。

「凡ミスばかりらしいんだけどね。そもそも失敗しないじゃない、ひとみって」

と由加はあかりの袖を引っ張って教室の外に出た。

「ミスパーフェクトのひとみがミスしたの?」

「ほんと、答えを書く場所を間違えてたり、ちっちゃなミスよ」

由加は思わず編み物の手を止める。

「でも一番だったんでしょ」

「一応ね…。辛うじてだけど」

「ねえ、ヤバいんじゃない、ひとみ」

「みんな思ってるよ。天然なところはあるんだけど、言ったことを覚えてなかったりするのよね」

「例えば?」

「私の靴を見て、アジダスって言ったり…」

「それは本当に知らないんじゃない」

「そっか」

「他は?」

「他でしょ…。うん…、B4のことF4って言ったり…。「花より団子」のことを「ハゲよりの男子」って言ったり…」

「それ、今、あかりが考えたでしょ」

「うん」

「覚えてないのね」

「そう。でもさ、みんなが言うからさ…」

「ショックのあまり記憶障害でも起こしてるのかな」

「そうそう、そのしょうが焼き」

 と由加は思わず吹き出す。そして、

「ところでさっきのアジダスの話、私、覚えてるんだけど…」と意地悪な顔をする。

「えっ?」とあかりの不安げな顔。

「あかりも小学生の時に同じこと言ってたじゃない」

「あれって私のエピローグだったのね」

「エピソードね」

「そう、エピちゃんね」

「あかりに言われるようじゃ致命傷ね」と由加は編み物を始める。


「瑠々の軽音部の記事って、ひとみを励ますためだったんでしょ」とさゆきが耳元で囁く。

「結局うまくいかなかったねえ…」と瑠々は肩を落とす。

「まさか部員が一人も残らないとは思わなかったよね」と由加は編み物をしながら呟く。

「逆にお化け屋敷みたいなイメージついちゃったしね」と愛香。


どうしてみんな私に構うんだろう。

ひとみは思った。

 あの日私はちゃんとみゆとガストで会ったし、話もしたわ。

 みゆは先に帰っちゃったけど…。

 まさかその後みゆが事故にあって死ぬなんて思いもしなかった。

 私は決めたのだ。

 みゆのためにも、みゆの分も私が生きるって。

 とは言えみゆが将来何になりたかったかとか全く分からない。

 ただ目指すべき目標が今何もない。

 早く目標を探して生きなくては…。

 だから毎日の漁も休みはしない。

結局心には全国一位になるという目標だけが強く刻まれるだけだった。


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