勇者PTを追放された盗賊、仕返しに勇者PTの収入源を断つ
1ヶ月ぶりに街へ戻って、そのさらに1週間後、勇者がパーティーメンバー全員を集めた。
「新しい荷物係を雇うことにした。」
その一言は、盗賊に冷ややかな視線を向けながら放たれた。
「ん? そうなのか。容量は? どのぐらい荷物を預ければいい?」
荷物係というのは≪収納≫の魔法を使える者のことだ。戦士や魔術師と同じく、冒険者パーティーのメンバーに必須の人員である。街を離れて未開の土地を冒険し、古代遺跡を見つけてお宝を探す。そんな冒険者稼業は、1回街を出たら1ヶ月戻ってこないのが普通だ。食糧や着替えなどの大量の物資を必要とする。それを運べるのが≪収納≫の使い手たる荷物係である。
だが勇者パーティーには、これまで荷物係がいなかった。すべての物資は盗賊が≪隠れ家≫のスキルで収納していたからだ。≪隠れ家≫は文字通り隠された家を作るスキルで、亜空間にアイテムを収納できるという意味では≪収納≫と似たようなものだった。ただ、いくつか違う点もあって、たとえばアイテムを出し入れするためには、誰かが持ち運んで出入りしなければならない。
「《隠れ家》のアイテムはもう全部運び出してあるから心配すんな。」
「そうなのか。ずいぶん容量が大きいんだな。」
盗賊は感心した。≪隠れ家≫は文字通り家ほどのサイズの亜空間だが、≪収納≫はせいぜいトラック程度の容量だ。≪隠れ家≫には、その亜空間を半分埋めるほどの物資が収納されていた。とても≪収納≫に入りきる量ではない。とはいえ、魔法やスキルは術者によって威力が異なる。≪隠れ家≫や≪収納≫の威力というのは、つまり容量のことだ。
勇者パーティーに参加するような荷物係なら、実力も高いのだろう。容量が大きくても不思議はない。盗賊はそう思った。
そんな盗賊の様子を、勇者パーティーの戦士・魔術師・僧侶は呆れたように見た。
「こいつ、分かってないみたいだよ?」
「ハッキリ言ったほうがいいのでは?」
「俺もそう思う。」
3人の言葉に、盗賊は首をかしげる。
勇者はため息をついた。
「お前、クビな。」
「は?」
盗賊は理解が追いつかなかった。
「クビだよ、クビ。解雇。追放。お払い箱。」
「ちょ……え? なんで?」
混乱する盗賊に、全員が大きなため息をついた。
「お前さ、自分が役立たずって分かってる?」
「アイテム1個取り出すのに≪隠れ家≫に入ったり出たりしなきゃならないなんてクソだよね。」
「戦闘中にいちいち≪隠れ家≫に出入りしてる暇なんてないんだよ。」
「私たちが優秀だから出入りする時間ぐらいは稼いできましたけどね。」
≪収納≫なら、触れるだけでアイテムを収納でき、念じるだけで取り出すことができる。
だが≪隠れ家≫だと、アイテムは運び込んだり運び出したりしなければならない。
その点は≪隠れ家≫が≪収納≫に劣る部分だ。これが不便だという話は、以前から出ていた。だからよく使うアイテムは取り出しやすい手前のほうに置いて、緊急時にはすぐにポーションを渡せるように少量を肌身離さず持ち歩くなど、盗賊も短時間で取り出せるように工夫していた。それでも≪隠れ家≫からアイテムを取り出すには、いくらか時間がかかってしまう。
「そういうわけだから。」
「お疲れ。」
「さよなら。」
「ばいばい。」
突然のことにポカーンとしている盗賊を置いて、4人は立ち去った。
しばらくして再起動した盗賊は、とりあえず≪隠れ家≫に入ってみた。
「……マジかよ。」
山のように詰まれていた物資が根こそぎなくなっている。
いつの間に、と感心したくなる。盗賊から盗むなんて。だが、この1週間は街に居たから≪隠れ家≫に入っていなかった。
術者が手動で発動しないとアイテムを出し入れできない≪収納≫と違って、≪隠れ家≫は常に出入り口が開いている状態だ。術者が許可した人物なら、いつでも自由に出入りできる。当然パーティーメンバーは自由に出入りできるように許可していた。手に負えない魔物に追われて≪隠れ家≫に飛び込んで逃げるという事もあったからだ。
つまり、この1週間、運び出し放題だったわけだ。
盗賊は、空っぽになった≪隠れ家≫を見て、わなわなと震える。
「……あいつら……! 俺に配分されていた個人資産まで持っていきやがったッ!」
勇者パーティーに所属していたのだから、それなりに収入はあった。
いや、それなりどころではない。かなりの資産があった。倉庫と違って盗まれる心配がなく、銀行と違って倒産する恐れがない。安全だからと《隠れ家》に置いていた資産が、根こそぎなくなっている。
「お……おのれぇ……!」
作業用に使っていた机も、編集用に使っていたパソコンもない。収入源を確保するためだろう。
この世界は、魔物を倒したらお金が落ちるようなファンタジーな世界ではない。討伐した魔物の死体は売れるが、それより大きな収入源になるものがある。動画投稿だ。その広告収入で、再生数が伸びるほど収益が出るようになっている。世界最高峰の冒険者パーティーとして知られる勇者たちの動画は、1000万人を超える登録者がいて、1動画あたり1億回を超える再生数を誇っている。おおよそ1再生あたり0.1円の収入になるから、動画1本で1000万円。月に1回程度の投稿だが、収入源の比率はこれが一番高い。
勇者たちは、盗賊の≪隠れ家≫から運び出したパソコンを開いた。
動画投稿サイトの管理画面に入ろうとして――入れなかった。
「……ID? パスワード?」
入力を求める2つの空欄が表示されるだけで、入力候補も表示されない。
セキュリティ強化のために、盗賊はブラウザを閉じると履歴がすべて消去されるように設定していたのだ。ログインの際には、毎回いちいち入力しなければならない。
撮影・編集・投稿といった作業をすべて盗賊に丸投げしていた勇者たちは、盗賊がそんな方法でセキュリティ強化をしていたとは知る由もなかった。
盗賊はスマホを取り出した。
管理画面にログインして、IDとパスワードを変更し、収入の振込先をパーティーの口座から自分の個人口座に変更する。
すでに投稿済みの動画は今後もしばらく再生数を伸ばすだろう。その収入は盗賊の個人口座に入る。奪われた個人資産を取り戻すのだから、文句を言われる筋合いはない。もし満額取り戻せたら、チャンネルを閉鎖する予定だ。
個人資産を盗んでいくような連中だから、返せと言っても返すとは思えない。ならば強制的に差し押さえられる資産を差し押さえてしまおうという作戦だ。
「あいつらは新しいチャンネルを開設するだろうが……まあ、2~3ヶ月は収入になるだろう。」
その前に今のチャンネルにログインしようと四苦八苦するだろうが、IDもパスワードも変更したからログインできる可能性はゼロだろう。
準備はできた。
盗賊は新しい動画の撮影を始めた。理不尽に追放され、個人資産まで奪われたことを訴える動画だ。再生数がどこまで伸びるか分からないが、宣伝にも収入にもなるだろう。
(撮影中……編集中……投稿中……投稿完了)
投稿完了から1秒で再生数がどんどん増えていき、高評価・低評価ともに見たこともない早さで増えていった。そして30秒後には、感想欄が雪崩を起こし、勇者たちへの批判で埋め尽くされていく。ソロになったならうちのパーティーに入りませんかだの、一緒に新しいパーティーを設立しませんかだのというメッセージも多数寄せられた。
勇者たちに人望がないのは、これまでのおこないが悪いせいだ。盗賊を罵倒するシーンや、口汚く誰かを罵るシーンなどが、ちょいちょい今までの動画に入っている。
「……はぁ。」
ため息をつきながら、盗賊は管理画面を操作する。
感想欄に文章を入力して、一番上に固定。
『人間不信です。もう誰も信用できないので、パーティーを組むつもりはありません。』
勇者たちは言い争っていた。
「あれだけの金がなくなるって、どういう事だよ!?」
「昨日までありましたよね!?」
「逆に一晩で使い尽くす才能がすごいんだが!?」
≪隠れ家≫にため込んでいた資金は、運び出すだけで2日かかる量だった。荷物係は≪隠れ家≫に入れなかったから、勇者たちがせっせと運び出したのだ。文字通り、山のように金貨があった。だが、それが一晩できれいさっぱり消えていた。
「スっちゃったんだから、しょうがないじゃん。」
魔術師は悪びれもせずに言う。
ギャンブル狂いで、どれだけ負けても金があるうちはあるだけ全部つぎ込んでしまう。だから≪隠れ家≫の中でも現金や貴重品は「金庫室」と呼ばれる別室へ保管され、そこへの出入りは魔術師だけが「許可」されていなかった。
「ふざけんな! ……てか、お前は何やってたんだよ!?」
全く悪びれない魔術師には何を言っても無駄だ。そもそも価値観が違いすぎて歩み寄ることができない。そのことを知っていた勇者たちの怒りは、次に荷物係へ向けられた。物資・資金の管理はお前の仕事だろう、と。
だが荷物係は、なんで自分が怒られるのか理解できなかった。
「何もしていませんが? 別に、彼女に資金を与えたりはしていませんよ。
そもそも、あんな大量の現金、私の≪収納≫に入りきらないですから。
金は銀行にあずけて、物資もすぐ使わないものは倉庫にあずけて、冒険ですぐ使うものだけ≪収納≫に入れておく。そういう事で合意したでしょう? それが≪収納≫の常識だと言いましたよね。」
≪隠れ家≫の大容量になれていた勇者たちは、≪収納≫の容量が意外と小さいことにまだなじめていなかった。つい≪隠れ家≫の感覚で過ごしてしまう。
そういえばそうだったと思い出して、勇者は頭をガリガリとかきむしる。
「……じゃあ、全額引き出して、全額使っちまったってことか!?」
「あり得ないんですけど……!」
「カードか通帳を持ち出したのか。パーティー共用のやつを。」
冒険に持っていったら破損する恐れがあるから、貸金庫に預けてあった。貸金庫の契約者は勇者になっているが、家族やパーティーなら共用できる。つまり、取り出そうと思えば魔術師にも取り出せる。勇者たちは、こうなる事をおそれて魔術師にはカードや通帳が貸金庫に預けてある事を伝えていなかった。だが魔術師は当たりを付けて持ち出すことに成功したというわけだ。
カードか通帳さえ持ち出してしまえば、あとはATMである。1回に引き出せる金額には上限があるから、かなりの回数に分けて引き出したのだろう。よくまあせっせと引き出しまくったもんだと、その熱心さに感心するほどだ。
「何よ。また稼げばいいじゃない。」
魔術師はまだ悪びれない。いや、そもそも「悪いことをした」という感覚がない。
これには3人も怒りを抑えきれなかった。
「ふざけるな!」
「あなたが全部スったのを、どうして私たちが負担しなきゃいけないんですか!」
「責任とってお前1人で稼いでこい!」
3人が魔術師を殴ったのを、荷物係はとがめようとも止めようとも思わなかった。
さすがに魔術師がバカすぎる。これが会社員だったら、会社の金を横領したということだ。
それでも魔術師がパーティーを追放されたり警察に突き出されたりしなかったのは、魔術師が冒険で役に立つと思われていたからだった。
そして、魔術師だけであれだけの資金を稼ぐのは何年かかるか分からないという事も、3人は知っていた。あれは彼らが10年かけて貯めた金だったからだ。勇者たちは、渋々冒険に出かけることになった。
盗賊は、物資の買い出しに回っていた。
資金を根こそぎ奪われたといっても、盗賊は個人資産の一部を銀行にあずけていた。
自分が盗賊――盗む側だから、盗まれる側になる可能性も考えていたのだ。たとえば勇者パーティーの誰かに洗脳・誘導・催眠・魅了などの魔法をかけて盗み出させる奴がいるかもしれない。外部の敵ばかりではない。ギャンブル狂いの魔術師が、もしかしたらそこまでやるかもしれないと警戒していた。
そこでリスク分散の方法として、資金を5つの口座に分け、10カ所の貸金庫に通帳とカードと印鑑をバラバラに保管した。まずカードは1枚ずつ別々の貸金庫に保管し、暗証番号はすべて乱数に。通帳と印鑑は、異なる組み合わせ――たとえば口座Aの通帳と、口座Bの印鑑をセットにして、1カ所に保管。銀行窓口でもって通帳と印鑑で引き落とそうとすれば印鑑が合わずに引き出せない。印鑑の変更には身分証明書が必要だから、そこまではできないだろう。
そういうわけで盗賊が勇者パーティーに奪われた金額は、≪隠れ家≫に置いてあった分だけ――個人資産の6分の1に過ぎない。
「さて、あとは……ああ、そうだ。着替えや布団まで持っていかれたんだ。買い直さないと。」
なんとパンツまで持って行かれていたが、衛生品なんて古着屋に売れるのだろうか? 盗賊は首をかしげたが、すぐに思い直す。単に分類せず何でもかんでも持ち出したのだろう。あるいは嫌がらせのつもりだったかもしれない。
勇者たちは街を出て、未開の地へ踏み出した。
延々と続く荒野を、これから1週間以上かけて歩いていかなくてはならない。
「車ぐらい持っていないのですか?」
荷物係が呆れて尋ねる。
一般的には四輪駆動車あたりで一気に目的地付近まで走破するものだ。上位の冒険者パーティーなど資金に余裕がある場合には、キャンピングカーを使うこともある。
だが、今の彼らには、新たに購入する資金もなく、既に購入している車もない。
「そんなもん、今まで必要なかったんだよ。」
「≪隠れ家≫経由で一瞬だったもんね。」
≪隠れ家≫には出入り口を2カ所設定できる。1カ所を街に、もう1カ所を古代遺跡に設置すれば、移動はドアからドアへ≪隠れ家≫の中をちょっと歩くだけでよかった。
「新しい古代遺跡にも、あいつ1人送り込めばよかったし。」
「そう考えると地味に便利でしたね。」
うんうん、と4人がうなずき合う。
「ていうか、お前は車もってないのか?」
勇者が荷物係に尋ねた。
「四輪は持ってませんね。二輪ならありますが、それに5人乗るのは無理でしょう。」
≪収納≫のおかげで車輌に荷物を積む必要がない荷物係は、自分だけの移動ならバイクで十分だ。そして荷物係がパーティーのリーダーを務めることは滅多にない。主戦力として戦える者がリーダーになるのが常だ。だから荷物係がパーティー単位で移動するときの車輌は、リーダーの持ち物であるか、あるいはパーティー名義の車輌になる。
盗賊は疾走していた。
オフロードバイクで荒野を駆ける。
今までパーティーだった勇者たちは、盗賊に単独で古代遺跡へ行かせて、後から《隠れ家》経由で合流という方法をとっていたから、今までも盗賊はバイクで移動してきた。1人が乗れれば十分だし、四輪よりも地形による移動制限が少ない。心機一転に際しても、このバイクには愛着があったから、使い続けることにした。
≪隠れ家≫には2カ所の出入り口を設置できる。これを利用すれば街から古代遺跡まで一瞬だ。まずは、勇者たちと攻略していたいつもの古代遺跡に出て、そこから離れて別の古代遺跡へ向かうことにした。そうすれば、あのムカつく勇者パーティーに鉢合わせることもないだろう。
排気ガスに汚染されていない爽やかな風が、盗賊の体を洗い流すように吹き付ける。
盗賊はスロットルを開けた。エンジンが吠える。盗賊も吠えた。
「ンギモヂイイイイイイイイ!」
夕方になって、勇者たちはテントの設営を始めた。
「えっと……これ広げればいいのか?」
「この棒、どうするんだ?」
「こっちの短いのは?」
「これって、なんか布余ってませんか?」
小学生が初めてテントに触ったみたいになっていた。
荷物係は深々とため息をついた。
「ポールはここに通して、この穴に入れるんです。
そっち持ってください。ポールを曲げながら穴に入れていきますよ。
……OKです。もう1本。
そっちのシートは上からかぶせるんです。」
テントがテントらしい形に張られた。
「おお……!」
「テントになった!」
「すごーい!」
「結構広いですね。」
はしゃぐ4人。魔術師と僧侶はさっそく中に入ってみたりする。
「遊んでないでペグダウンお願いします。風に飛ばされますよ。
それに、寝るとなると狭いです。もう1つ設営しますから。」
「風? 風なんかで飛ぶんですか?」
「中に人がいるんだし、重りは十分だよな。」
「もう1つは俺たちでやっとく。」
「なんとかダウンは、やっといて~。」
聞く耳を持たない勇者パーティーに、荷物係はまた深いため息をついた。
「どうなっても知りませんよ。」
痛い目に遭わないと学ばない人種だ。荷物係はそう考えて、強く教えようとしなかった。
答えは当然その翌朝に出る。
ペグダウンしたテントは無事だったが、ペグダウンしなかったテントは潰れていた。風が吹いたわけではなく、中で寝ていた連中が寝返りを打ったりしてテントがひしゃげたのだ。ポールが穴から抜けてしまったのが大きい。ペグダウンしていればテントはその荷重に耐えられただろう。
「……まったく。あきれた連中ですね。」
ぎゃーぎゃーと騒いでテントから脱出してくる勇者と戦士。
無事だったテントから出てきて、潰れたテントをゲラゲラと笑う魔術師と僧侶。
騒ぐだけで何もしない4人に、荷物係もイライラしていた。
「いい加減にしてください!
あなたたち4人とも、どうして見張りに立たないで一晩中寝ているのですか! 夜中に魔物が襲ってきたら、どうするつもりなんです!? 揺すっても叩いても起きないって、どういう事ですか!?
それに! いつまでも騒いでないで、朝食の準備ぐらいしてください! 私は寝ますからね! 一晩中見張りに立って疲れてるんです! 騒がないでくださいよ!」
怒鳴るだけ怒鳴って、荷物係はテントに入った。そのまま倒れるように寝てしまう。
「なんだよ、ったく……。」
「見張りなんて今まで必要なかったのにな。」
「揺すっても叩いてもって……テント潰したの、こいつじゃないの?」
「嫌がらせですかね?」
「てか、寝袋って窮屈で寝にくいよな。」
「地面もゴツゴツしていて大変でしたね。」
「俺の真下に小石があってな。これが邪魔になっていまいち寝付けなかったぜ。」
「嘘ばっか。でっかいいびきが聞こえてたけど? あんたでしょ、あれ?」
まったく反省していない4人であった。
盗賊は暖かく柔らかいベッドの中で目覚めた。
≪隠れ家≫は、術者である盗賊が許可した者しか出入りできない。この中で眠れば、見張りなど必要ないのだ。もちろん≪隠れ家≫の中には床があって、地面とちがって真っ平らである。ふかふかベッドには、わずかな傾きもなく完璧に水平を保っている。
「ふあ~……!」
大きくのびをして体を起こし、ベッドから出ると、盗賊はたった今出てきたベッドを振り返った。
「……しかし、この天蓋ってやつは分からないな。何のために付いてるんだ……?」
心機一転のために奮発して買ってみた盗賊だが、マットレスが最高だというのは分かったものの、天蓋にどんな機能があるのか分からなかった。
「さて……メシでも作るか。」
冷蔵庫に何があったっけ……とか思いながら、盗賊はキッチンへ向かった。
勇者たちは悪戦苦闘していた。
≪収納≫の容量は小さいから、燃料は持ってきていない。現地調達だ。なので薪拾いを……というのは慣れた者や、力のない人の普通の発想。戦力だけは無駄に高い勇者たちは、
「薪って、要するに木を燃やせばいいんだろ?」
と、生えていた木を切り倒した。
もちろん生木がそう簡単に燃えるわけもなく、
「ファイヤー! ……あれ? ファイヤー! ……ちょっと! 燃えないんだけど!?」
変な魔法でもかけてるんじゃないの!? と仲間たちを見渡す魔術師だが、誰もそんな事はしていない。
「早く火ィつけろよ。」
と勇者たちがせかす。
彼らは生木が燃えにくいなんて事は知らないのだった。
「ファイヤー! ファイヤー! ……ええい……! ファイヤーボール!」
初級魔法で燃えないなら中級魔法で……と考えなしに攻撃魔法をぶっ放し、せっかく形だけは薪っぽくした木材を吹っ飛ばす。
「ダメじゃん。」
「じゃあ、あんたがやりなさいよ!」
四苦八苦して、彼らは1時間たっても火をおこせないのだった。
荷物係は、こうなるだろう事を予想していた。だから寝る時間はそこそこあるだろうと、夜中に見張りの交代を要求することを諦めたのだ。
最終的に勇者たちは薪に火を付けることをあきらめ、火の魔法を継続的に使い続けるという、恐ろしく魔力の無駄使いになる事をやって、どうにか調理をするのだった。
そして出来上がった物を食べてみるのだが――
「うげ……! まっず!」
「何だ、こりゃ!?」
「ちょっと食べられないわね。」
「塩を入れすぎたようですね。」
あまりにも塩辛くて食べられたものではなかった。彼らは作り直すことを余儀なくされた。
≪収納≫の容量が小さいので、塩以外の調味料は持ってきていない。逆に塩だけはミネラルが不足して判断力が鈍るなどの危険があるため、きちんと持ってきている。
盗賊は舌鼓を打っていた。
今日の朝食は、半熟ふわとろスクランブルエッグだ。それを外はカリカリ、中はしっとりの厚切りトーストに載せて食す。
「ん~……!」
ウマい。その味がエネルギーに変換されて、口いっぱいに広がり全身を駆け巡る。思わず太腿をパンパン叩いて喜んでしまった。
≪隠れ家≫の中では、家電製品が使える。バッテリーや発電機はないが、謎にコンセントから電気が供給されているのだ。食材は冷蔵庫や冷凍庫にストックされ、今日はIHヒーターとフライパンで調理したが鍋もある。おっと、トースターも使ったか。調味料は塩のほかに砂糖・酢・醤油・味噌・コショウ・ニンニクパウダー・出汁・コンソメ・料理酒・みりん・唐辛子・マヨネーズ・わさび・マスタードなど、各種を取りそろえている。
「昼は適当な魔物を狩って、カツでも作ろうかな。……ご飯炊いとこ。」
もちろん炊飯ジャーもあるのだ。ちなみに≪隠れ家≫には水道もあって、貯水槽などはないのだが、蛇口をひねれば上水が出てくる。排水管に流した下水がどこへ行くのかは分からない。さらに≪隠れ家≫の中は謎の光に包まれており、電球などがなくても明るい。ここで農業でもやれば、外に出なくても暮らしていけるのではないかと思えるほど、極めて便利にできているのだ。
勇者たちは1週間の移動を経て、古代遺跡に到着した。
さすがは勇者パーティ―と言うべきか、圧倒的な戦力で敵を薙ぎ倒していく。
だが、それも途中までだった。地下10階を越えたあたりから、勇者たちの快進撃に陰りが見えてくる。
「バカな……。」
荷物係は絶望した。
なんだ、このパーティーは。全然ダメダメじゃないか。
「僧侶! あなた回復が仕事なのに、攻撃魔法ばっか使うって、どういう事ですか! しかもあんまり効果ないし!
魔術師! あなたも支援魔法を全然使わないって、どういう事ですか! ちょっとは仲間の強化をしたらどうです!?
戦士! あなた魔物の攻撃を引きつけるのが役目でしょう!? なんでヘイトコントロールしないんですか!?
勇者! あなた万能でサポート能力が充実しているのに、攻撃しかしないって、どういう事ですか!?」
荷物係は常識を説いた。しかし勇者たちはポカーンとする。
「え? ……いや、だって、今までこれでやってきたし。」
「だいたい、あんたの探知が10mしか届かないって、どういうこと?」
「そうそう。あいつだったら100mは届いたのに。」
「階段の場所とか宝箱の場所とか、その中身まで事前に分かってましたよ?」
荷物係は頭を抱えた。
そんな超絶探知なんて、できるわけない。
「半径10m。これは普通です。なんならちょっと優秀なぐらいです。
階段の場所? 宝箱の場所と中身? なんですか、その規格外は? 普通は、罠と隠し扉ぐらいしか分かりませんよ。」
盗賊は未踏の古代遺跡をすいすい進んでいた。
半径100mの探知は、階段や宝箱の場所のみならず、範囲内のマップも把握できる。
「ここを左……おや?」
誰かが戦っているのを探知した。
いや、戦っているというより、苦戦している。むしろ撤退しようとして、うまくいかないことに苦労しているようだ。
人間不信の盗賊は、もう誰も信用できないと思っているが、誰かを助けられるチャンスを捨てて見捨てようと思うほどではなかった。見捨てるほうが簡単だと思うほどにはすさんでいたが、見捨ててしまうのは寝覚めが悪いと思う程度にはまともだった。
「しょうがない。助けるか。」
戦っていたのは、格闘家・魔法剣士・弓士・癒術士の4人だった。
その相手は、ミノタウロスだった。
格闘家がミノタウロスの攻撃を引きつけ、魔法剣士がサポートし、弓士が攻撃して、癒術士が回復する。なかなかいいチームワークだ。惜しむらくは全体的にレベルが低いこと。格闘家は攻撃を受けないように立ち回ることができず、魔法剣士のサポートは効果が不十分で、弓士の攻撃は弱点に命中せず、癒術士はそうやって増えた負担に耐えきれない。じり貧だ。
「助太刀するぞ!」
盗賊は飛び込んで、大量に魔法の罠を設置した。
ミノタウロスの足下に設置した罠は、即座にミノタウロスに反応して発動する。実質は攻撃魔法だ。そしてその効果は、毒・麻痺・石化・冷凍および各種能力の低下。
攻撃する側の能力は変化しないから、これらの効果は勇者パーティーでは評価されなかった。だが、これらの効果を受けたミノタウロスはもはや格闘家たちの敵ではなかった。動きが鈍ったミノタウロスに、格闘家は反撃のチャンスを掴み、魔法剣士のサポートは十分な効果を発揮し、弓の攻撃は急所に当たるようになり、癒術はそうやって負担が減ったことで回復が間に合うようになっていた。
勇者たちは扉の前に到着した。
「開けてくれ。」
「無理です。」
荷物係は勇者の要求に、首を横に振った。
その扉は、生体認証タイプの鍵がかかっていて、ピッキングもハッキングもできなかった。
「バカな。あいつはできたぞ?」
「そんな規格外と比べられても困ります。
だいたい盗賊と荷物係は別物ですし。
てか、その人、『盗賊』じゃなくて『盗賊王』だったんじゃないですか? 規格外すぎますよ。」
「ちっ……しょうがない。ぶっ壊すか。」
鍵とは扉を開かせないためのもの。しかし扉を破壊する相手に対しては、鍵なんて意味がない。そういう相手に効果があるのは、罠だ。
勇者が扉を破壊すると、シューという音とともに、白煙が立ちこめた。
「ぐあ……! し、しびれ……!」
麻痺の毒ガスだ。
勇者はたちまち動けなくなったが、残りの4人はすぐに距離を取った。
僧侶が解毒魔法を放ち、勇者の麻痺を解除する。同時に魔術師が風魔法で毒ガスを吹き飛ばした。
「やれやれ……面倒くせえ遺跡だな。」
古代遺跡の攻略における盗賊の役割は、探知と解錠だ。戦闘力もあったほうがいいとは言われるが、盗賊でなければならぬという役割は、探知と解錠だけである。ところが罠だらけ、鍵だらけという古代遺跡は少ない。つまり探知や解錠は、滅多に必要ないのだ。そして鍵の種類も、単純な「ウォード錠」から現代的な「生体認証」まで様々な種類があるものの、ほとんどが「ウォード錠」レベルの鍵だ。だから盗賊といっても戦闘力を重視する者が多い。
盗賊は助けた4人とともに古代遺跡を進んでいた。
扉があって、生体認証タイプの鍵が掛かっている。
「これは無理だな。」
「引き返しましょう。」
「別のルートがあるかも。」
「引き返すのは探してからですね。」
早々に諦める4人。
盗賊は前に出て、生体認証装置に手をかざした。
<認証確認。ロック解除。>
機械音声が流れ、扉が開く。
鍵なしで鍵を開けるスキルは4種類ある。初歩のものから順に≪鍵開け≫≪合鍵作り≫≪偽鍵作り≫≪万能鍵≫の4つだ。先述の通り盗賊といっても戦闘力を重視して鍵開けは軽視する者が多く、≪鍵開け≫しか覚えていない者が多い。
だが、この盗賊は違った。盗賊のなんたるかを理解し、きっちり≪万能鍵≫まで習得していた。
「開いたぞ。」
「……は?」
「え……。」
「バカな……。」
「……と、とにかく行こう。」
勇者たちはボスに挑んでいた。
元々はバカでも無能でもないのだ。ここに来るまでに荷物係に指摘された弱点は克服し、チームワークを発揮できるようになっていた。
だが、それでもサポートを乗せた攻撃が通用せず、サポートを受けた味方が一撃で瀕死のダメージを受ける。このボス――ガーゴイルは強すぎた。動く石像だからゴーレムだ、と思ったのが間違いだった。まるで別物。苦戦どころか、じり貧にもならない。一方的にやられるばかりだ。
「くそ……! 魔力切れだ! ポーションをくれ!」
「はい、すぐに!」
答えて≪収納≫からポーションを取り出す荷物係だが、1個取り出すのに5秒かかる。≪収納≫は確かにその場でアイテムを出し入れできるが、取り出すときにはリストが頭の中に浮かんで、そこから選択しなければならない。リストから目的物を探し出すのに5秒かかるのは普通のことなのだ。
だが、その間にダメージはさらに蓄積し、ポーションでは回復しきれないダメージになっていく。
「ヤバいぜ、このままじゃ……!」
「撤退しましょう!」
「逃げるしかないわ。」
「く……くっそぉおおお! なんでポーション1個に5秒もかかるんだよ!」
盗賊たちはボスに挑んでいた。
「回復が……! 追いつきません……!」
僧侶は焦っていた。
「そーい。」
0.5秒で盗賊がポーションを投げつけ、回復を追いつかせる。
「魔力がもうないぜ……!」
魔法剣士が焦る。
「そーい。」
1秒で盗賊が魔力ポーションを投げつけ、魔法剣士の魔力が回復する。
盗賊以外の4人は、その胸中を同じくしていた。
((……ありえねぇ……。))
優秀とか天才とか、そんなレベルではない。通常の5倍の速度なんて。
ピンチって何だっけ? と思うような超絶の影響力である。盗賊の動作1つ1つが、全ての窮地をなかった事にしていく。決して盗賊自身が攻撃力に優れているわけではないが、その影響力は絶大だった。圧倒的不利に思われたボス戦は、気づけばほとんど一方的な展開になっていた。
「超人だ……。」
「前のパーティーは、とんでもないバカだったんだな。」
「こんな人を追放するなんてね。」
「あり得ないわ。」
盗賊たちは古代迷宮のボスを倒して古代遺跡をクリアした。古代遺跡のクリアは前代未聞。歴史に名を残す偉業だ。
盗賊は、ちょっと考えを改めていた。このパーティーなら、勇者パーティーよりは信用できるのではないか。ちゃんと連携し、盗賊を評価する姿勢に、そう思えていた。
それに収益性も見込める。新しいチャンネルを開設して、ちゃんと連携するパーティーのお手本動画を投稿できるかもしれない。教科書的な動画は、立ち回りが分からない初心者や、行き詰まった中級者などにウケがいいのだ。それに一般人の視聴者にも「全員で協力して勝つ」というのはウケる。その証拠に日曜日の朝にはナンチャラ戦隊だのナントカレンジャーだのが1体の敵に5人がかりで立ち向かうテレビシリーズがずっと放送され続けている。
「正式にパーティーに加えてくれないか? 動画を投稿すれば収入もアップするはずだ。」
盗賊がそう言うと、4人は諸手を挙げて歓迎した。
勇者たちは這々の体で逃げ出していた。
「ちくしょう……!」
「こんな事になるなんて……!」
「どこで予定が狂ったっていうの……!?」
「あり得ません……。」
荷物係だけが深いため息をついていた。
「当たり前だろ……。ああ、もう、このパーティー抜けよう。とんだ泥船に乗っちまった。」
勇者たちは、街まで戻ってから気づいたことが2つある。
1つは、新しくチャンネルを開設しても、今回の映像はあまりウケないだろうということ。元々彼らの評判は悪いのだ。それでもチャンネル登録者や再生回数が多いのは、実力が世界一だからだ。その動向が人類の行く末を左右するほどだからだ。だから視聴者は勇者たちの活躍を期待して動画を見る。なのにボスにやられて逃げ出した動画なんて、アップしても人気が落ちるだけだ。
もう1つは、そもそも撮影していなかったということだ。撮影も盗賊が担当していたから、勇者たちはすっかり忘れていた。次回からは撮影しながら戦わないといけない。そのことに気づいて、さらに新たな問題にぶつかった。いったい、どうやれば戦いながら撮影なんてできるのだろうか。今までは盗賊に丸投げしていた。その盗賊は、戦闘中にはポーションを投げ渡す程度しか参加しなかった。それが役立たずだと罵る理由になっていたが、だがだからこそ撮影できていたのだ。
「なあ――」
荷物係に撮影をやらせようと勇者が口を開いたとき、
「やってられねぇよ。俺はもうこのパーティーを抜ける。」
荷物係が離脱を表明した。
そして勇者たちは再び困る。月に1000万円の収入がなくなるのは、あまりに痛い。勇者たちにとって、それが最大の収入源なのだから。それがなくなったら、消耗品の補充はもちろん装備のメンテナンスさえも難しくなる。そうなれば今まで通りの活躍どころか、今まで通りの活動もできない。
勇者たちはバカでも無能でもないからこそ、この先がじり貧にしかならない事が分かってしまった。