第207話
木嶋は、足早に、はるかの元へ向かっていた。
肌寒いビルの冷たい風よりも、
一人、コーヒーショップ『S』で、待たせていることに、罪悪感を感じずにいられなかった。
木嶋は、それだけ、はるかのことが好きで、温もりが欲しいのだ。
【シグナル】を送り続けていても、はるかが、気がついて振り向いてくれない限りは、一方通行である。
それは、富士松さんのことを片思いをしている現状と、【オーバーラップ】さえする。
「ワッセ、ワッセ」息を切らせながら、大通りの道まで、走って戻っている。
「最近、走る機会がなくなってしまったから、少しの距離でも、キツく感じるのは、気のせいだろうか?」ボヤいていた。
大通りを出て、歩行者信号が青になるのを待っていた。
《伏せた写真立て》
夜間高校を卒業する時に、
【卒業記念品】として、先生方からプレゼントされた物だった…。
人数の少ない気の通う…同級生たちの華やかな集合写真を思い出していた。
《もう一つ、伏せた写真立てがあった…それを、はるかか?富士松さんか?どちらかな《ツーショット》の写真を入れたい!今の時代は、写真立てよりも、携帯カメラで、撮って待ち受けにするこが可能だし、考え方が古くなっているかな?》
歩行者の信号が青に変わり、木嶋は、歩き出した。
額から、
《ウッスラ》と、汗をかいていた。
一番下に、着ていたTシャツも、少し汗ばんでいた。
再び、コーヒーショップ『S』のドアが開いた。
木嶋は、先ほどと同じ席にいる…はるかを見つけ、
「今、戻ってきました。」声を掛けた。
はるかは、
「お帰りなさい!随分、早かったね!」木嶋に話したのだ。
木嶋は、
【ズルッ】と…コケた。
「そんなに、早かったかな?」携帯を取り出し、内蔵されていた時計で、時間を確認した。
「コーヒーショップ『S』を往復して、30分か…早いと言えば、早かったかもね!」はるかに伝えた。
はるかは、
「私は、退屈していなかったから良かったですよ!木嶋さんに、買って戴いた手帳に、予定を書き込んで整理したり、本を読んだりしていましたからね!」木嶋に話したのだ。
木嶋は、
「自分も、必死でしたよ!はるかさんを、待たせ過ぎるのは良くないと思い、必死に走って来ました。」はるかに伝え、座席に座った。
はるかは、
「木嶋さん、何年か前まで、陸上をやっていたと話しをされていましたよね?」木嶋に尋ねた。
木嶋は、まだ、息が上がっている。
「はるかさん、チョット…水を持って来るね!」はるかに伝え、
後ろにあった…紙コップに水を入れ、
「ゴクッ」と…飲み干した。
木嶋は、
「お待たせして…すいません。一時期、陸上をやっていましたよ!それは、20世紀ですけど…。」はるかに答えたのだ。
「私も、チャレンジしようかな?」はるかは、木嶋に聞いていた。
木嶋は、
「中途半端は、ダメだよ!やるなら全部…揃えないと…」はるかに話し、続けて…
「待ち合わせがあるんじゃないの?」聞いていた。
はるかは、
「そうですか…。友達と、待ち合わせする約束をしていたのですが…ドタキャンされてしまいました!」木嶋に話していた。
木嶋は、
「タイミングが良いのか?悪いのか?何と言えばいいのだろう!」答えるのに困り果てていた。
そんな木嶋の表情を、はるかは、気がついていた。
「木嶋さん、そんなに…迷惑ですか?」木嶋に問いかけていた。
「いや!そんなことはありません。はるかさんと長い時間を共有出来ることが嬉しいです!」木嶋は、照れ隠ししながら答えていた。
「木嶋さん、ここを出て横浜に戻ってから、食事でもしませんか?」はるかは、木嶋に尋ねていた。
木嶋は、
「そうだね!関内駅周辺より、横浜駅周辺で食事をしよう!いつもと同じ環境になれば安心だよ!」はるかに話した。
はるかは、
「じゃあ…歩きましょう!」木嶋を誘い、座席から立ち上がり、
コーヒーショップ『S』から出て行く。
木嶋も、はるかを見失わないように、後を追い掛けるのであった。