第192話
頭の中では、仕事に集中しないといけないと理解はしているが、心の中に、雑念があると仕事に身が入らない。
普段と変わらないはずである。
それでも、他の人から見れば、
《木嶋が、いつもと違う気配》を感じとっていた。
10時の休憩時間開始のチャイムが、
「キーン、コーン、カーン、コーン」鳴り響く。
前掛けを外し、作業服の右上着ポケットから財布を取り出し、
目の前にある自動販売機で、缶コーヒーを買い、飲みながら…メールを入力していた。
「玲さん、今週末は…まだ…」
その途中で、
「キーン、コーン、カーン、コーン」休憩時間終了のチャイムが鳴った。
「回答に悩んでいたら、鳴ってしまった!」思わず頭を抱え、叫びたくなる心境である。
「仕方ない。昼休みまで、玲さんのことは、頭の片隅に置いて…仕事に集中しよう!」
木嶋は、外していた前掛けを、再び掛けて、作業を開始した。
はるか、玲、麻美の【トライアングル】は、いつまで続くのだろうと、ため息が出てしまう。
はるかが、近いうちに…クラブ『H』を辞める。
そうなれば…麻美や玲の店に行く回数が増える!か?
《まだ、判らない》と言っも過言ではない。
木嶋は、麻美や玲、はるかは、プライベートで、会える時間は、いくらでもある。
《本当に友達なのか?》
不安要素を抱えながらも、精神面で、安定していると、自負している自分がいた。
麻美や玲は、昼間の仕事と掛け持ちしていないので、今の仕事が本業で、家族を養っていかないといけない言っているが、
果たして…【アラフォー】になってまで、続けられるのだろうか?
【いつかは、辞めなければならないときが来る。】
全員が、夜の仕事を辞めたとき、
【プツン】と…
連絡が途絶えてしまう可能性は、かなりのパーセントが高い。
その確率は、70%〜90%あると思う。
玲は、木嶋と同じ夜間高校時代の同級生だが、
常日頃から、
「私は、木嶋君といつまでも仲良くしたいと思っているよ!同じ夜間高校の同級生と出会うなんて、中々(なかなか)ないチャンスだし、みんなに会いたいからね!」木嶋を信頼、安心させる台詞を言っているが、
それを、額面通りに受け止めることは出来ない。
悪戯に営業にしか聞こえないのだ。
20世紀末の木嶋は、小室さん、大森さんと、毎月のように、会社の最寄り駅近くで飲みに行っていた。
最寄り駅で、良く通っていたスナック『N』で、
お気に入りの女性がいたが、玲と同じ台詞を、木嶋に伝えていた。
それ以来、木嶋は、夜の仕事をしている女性の台詞は信用がない。
苦い過去の物語である。
はるかだけは、裏切ることはないだろうと、思っている。
【信頼に応えてくれる】と自信満々である。
麻美は…再三のように、強調するのは、
「友達だから苦言を言うのよ!」
奥の階段を上がって行く。
木嶋の勤務している社員食堂も、最近は、色んな種類のおかずが多くなっていた。
選べる種類が多ければ、多いほどいい。
「そろそろ…身体を気をつけないといけないな?」
生活習慣病予防を、今からしておかないと…自らを戒めていた!
会社の定食は、高カロリーがないのが一番いい!
魚と一品小鉢、ご飯とみそ汁を、トレーに載せ、いつも座る指定席に座った。
周りを見渡すと、みんな同じ席に座っている。
座り慣れた席がいいのだ。
木嶋の座る席の近くは、富士松さんがいる。
心臓の鼓動が、
《ドキドキ》している。
毎日、通勤している電車でも、同じことなのであった。
座る席が決まっている。
そこに、座れないと…違和感を感じてしまう。
浮かない顔で食事をしていると、いつも、木嶋と一緒にいる井野口さんが、定食を載せた…トレーを持ちながら、
「木嶋君、元気がない顔をしてどうしたんだ?」声を掛けながら、木嶋の左隣りに座ったのであった。