第177話
木嶋は、車を走らせ、目の前の道路から大きな交差点を左折、国道1号線に出た。
赤信号だったので停車した。
「今日は、誰の曲を聴こうかな?」
思案しながら、車専用カバンからCDを探していた。
気がつくと…信号が変わった。
後ろの車が、
《プー》と、軽くクラクションを鳴らし、
木嶋は、慌てて車を走らせた。
500メートル走ったところで再び、赤信号で止まった。
カバンから、CDを取り出し、
「このアーティストにしよう?」
カーオーディオに挿入した。
選曲したアーティストは、《宇多田ヒカル》であった。
木嶋は、好んで聴いていて、
今を【ときめく】注目のアーティストだ。
「今、世の中は、不景気に喘いでいる。歌は、世相を反映するから、《アップテンポ》の明るい曲がいい。」
《一発屋アーティスト》と、《コンスタントに売れているアーティスト》と二分されている。
コンスタントに売れているアーティストでも、入れ代わりが激しい音楽界の中で、長く活躍するのも、大変な重労働だと思う。
若い頃は、勢いで流れに乗ることが出来る。
年齢を重ねるに連れて、円熟期を迎える。
野球、サッカー、ラグビー、相撲、マラソンなど…スポーツの世界、政治家…どの業界にいる人でも、経験することだ。
会社に勤務している木嶋は、
『自分がいつ?』
『その時が来るのか?』判らずにいた。
若い頃は、人気があった時もある。
それは、一過性のものと気がつけば良かった。
一過性と思わずに…
【自分は、モテるんだ…。】
勘違いと言うより、思い上がりに過ぎなかったのだ。
【それが、バブルの絶頂期…】
重ね合わすと同じである。
信号が青に変わり、車を走らせ、宇多田ヒカルの曲にリズムを合わせ、手を叩きながら聴いていた。
木嶋は、
『Denny's』に急ぐのであった。
「今、鶴見近辺か…大体、15分もあれば着くかな?」
木嶋は、車の時計を見ながら、到着時間の予想をしていた。
「今日は、道路も空いているし…自分の計算より早いかも知れない!」そう感じていた。
新子安を通り過ぎ、もうすぐ、東神奈川を通るところであった。
待ち合わせ場所の
『Denny's』に着いた。
木嶋が、予想した時間より5分ぐらい早く到着したのだ。
「車の中で待っているのも疲れるから…先に入っていよう。」
エンジンを止め、キーを抜き取り、ドアを開けて降り、ロックをして車から離れたのだ。
「カッ、カッ、カッ」
階段を上がって行く。
店のドアを開けた。
【ガラン】鈴が店内に響く。
女性店員さんが、
「いらっしゃいませ!お一人様でしょうか?」木嶋に声を掛けた。
木嶋は、
「後から、2名来るので、3名でお願いします!」女性店員さんに伝えた。
「畏まりました。ご案内を致します!」
女性店員さんのあとを、木嶋は、ついて行く。
「こちらで、よろしいでしょうか?」
女性店員さんは、店の中央のテーブルに木嶋を案内した。
木嶋は、
「OKです。」女性店員さんに答えたのだ。
「こちらは、メニューです!」女性店員さんは、木嶋に渡し、続けて
「決まりましたら、ボタンを押して下さい!」木嶋に伝えたのだ。
木嶋は、メニューを、
《パラパラ》とめくりながら、麻美にメールしようとした瞬間…
右手に持っていた携帯が、
「プルッ、プルー、プルー」と鳴り出した。
この着信音は、麻美であった。
木嶋が、電話に出た。
「もしもし、木嶋ですが…」
「麻美です。今、『Denny's』に着きました。木嶋君は、どちらにいますか?」麻美は、木嶋に聞いたのだ。
木嶋は、
「先ほど、ここに着いて、メニューを見ながら、座席に座っていますよ。麻美さんが、店内に入れば、すぐに分かりますよ。」麻美に伝えたのだ。
「分かりました。今からそちらに行きます。」木嶋に話し、電話を切ったのだ。
木嶋は、麻美が来るのを、首を長くして待っていた。
【ガラン】ドアが開いた。
木嶋は、振り返ると、麻美が子供を連れていた。 麻美が、右手を上げている、木嶋に気がついたのであった。