第162話
8番線に入線している電車が先発で、7番線の電車が後発である。
行き先表示を見ると、先発が小田原行きで、後発が熱海行きだった。
どちらのホームも、みんなが整列している。
「自分は、普段から、整列乗車をしていないな!」木嶋は、驚きを隠せなかった!
東海道線は、東京駅始発である。
始発から、座席に座って行きたいのは、誰でも同じである。
良くある光景は、《駆け込み乗車》である。
時間に、ゆとりがあれば、駆け込み乗車など、誰もしなくてもいいのだ。
何故?《駆け込み乗車》が減らないのだろう?
木嶋は、思案していた。
【電車の発車時間ギリギリ】まで、仕事をしている人。
彼女や友人、知人などの待ち合わせに、間に合わないから駆け込むのである。
木嶋は、一時期、自分の勤務している会社が、不景気に陥った時、平塚の会社に、半年間、派遣社員みたいな形で仕事をしていたのだ。
夜勤明けで、平塚から家に帰宅する時に、雨が降っていた影響もあるが、駅の『点字ブロック』の上で、コケてしまい、右ひじを強打して、右腕が少し湾曲みたいになってしまったことがあった。
その時の対処方法は、座席に座り、手摺りに強打した右ひじを載せ、左手で圧力を掛けて、治したのだ。
その痛い経験があるから、《駆け込み乗車》は、するものではない。
行動する時は、時間的に、余裕を持つのが、ベストである。
家の最寄り駅には、先頭車両から数えて、3号車か、6号車の方が、降りやすいのだ。
8号車辺りでもいいが、人の流れが多いのである。
木嶋も、並んでいる人の列に加わり、ドアが開くのを待っていた。
ドアが、
「プシュー」と開いた。
先頭に並んでいる人から我先に座席に座ったのだ。
木嶋は、ゆっくりと、6号車内に入った。
周りを見渡すと、空いている座席がなかった。
「仕方ない。立って行くのは辛い!次の新橋と品川で乗車して来る人が多いはず。3号車にしよう!」
発車まで、まだ時間に余裕があった。
「ズッ、ズッ、ズッ」
先頭車両の方に歩いて行く!
3号車は、6号車よりも、人が少なく見えた。
木嶋は、辺りを見渡した。
ボックス席の隣りの2人掛けの座席が空いていた。
「やっと…座れたか…」フーと溜め息をついた。
くしゃくしゃになった夕刊紙を、リュックから出した。
何度も、読んでいたので、読む記事がない。
「仕方ない。手帳でも出すかな?」
取り出した夕刊紙を、再び、リュックに入れた。
黄色の手帳には、残業や臨時出勤をやった時間、日にち、プライベートのことも多々(たた)書いてある。
いずれ、木嶋も、年老いて行く。
今は、過去を振り返ることよりも、前を向いて行くのだ。
はるかが、木嶋の彼女になれず、友達でも、その瞬間を楽しめればいい。
いつかは、木嶋が、本当に好きな人が現れる可能性も50/50である。
彼女になる人が、木嶋が、思いを寄せている富士松さんなら最高で素敵なのに…
〜桟橋で…君を抱きしめ…見果てぬ夢を…夢中で話してたね〜
木嶋は、声を出さずに、心の中で、口ずさんでいた。
理想を追い求めるか?現実を取るか?の選択しかないのだ。
その選択をする時に、迷えば迷うほど、蟻地獄に陥ってしまう!
木嶋は、
「プルー」発車ベルが鳴り響く…東京駅から発車した。
「ガタン、ゴトン」と座席の窓から、景色を眺めていた。
携帯が、
「ピローン、ピローン、ピローン」鳴っていた。
はるかからの着信であった。
木嶋も、電車の中で、会話をするのには、周りの目がある。
「ハンズフリーキットを買わないとダメかな?」木嶋は、そう考えていた。
しばらくして、携帯が鳴り止んだのだ!
「はるかにしては、珍しいな!地元の最寄り駅に着いたら、あとで、メールか?電話しよう!」