065
数日後、ペトラとニーナはバーランド王国の王城に来ていた。
謁見の間にて、貴族病の特効薬を発明した件と魔山羊のミルクが持つ解毒作用を発見した件に対して、国王から直々に表彰された。
「そなたらのおかげで、儂は生きながらえることが出来た。本当にありがとう。そなたらの功績は、未来永劫、語り継がれることとなるだろう」
今回は国王が自ら言葉を述べた。
ペトラとニーナは玉座の数メートル先で跪き、その言葉を受け入れる。
「そなたらには相応の報酬を用意しよう。望む物を申せ」
この言葉で、ペトラとニーナに緊張が走る。
玉座の隣に立っているナッシュの顔も強張った。
ペトラは無言でニーナを見る。
本当にいいのだな、と目で確認した。
ニーナも無言でペトラを見る。
そして、頷いた。
「それでは国王陛下、ひとつお願いがございます」
代表してペトラが言った。
「聞こう」
「ここにいるニーナ・キーリスは、ポロネイア王国からの脱獄囚です」
「なんじゃと!?」
国王が驚きのあまり立ち上がった。
ペトラ達の左右で並んでいる大勢の官吏も驚愕する。
一気に場がどよめいた。
もう後戻りはできない。
「それもただの脱獄囚ではありません。重要監視対象者として、王城の地下にある秘密の独居房に幽閉されていました」
「ペトラ、お主、まさか……」
ペトラは「はい」と頷く。
「国王陛下にお願いしたいのは、ニーナに対する恩赦です。ポロネイア王国のルーク国王に対して、ニーナに恩赦を与えるようお願いしていただけないでしょうか」
周囲から「なんという」との声が漏れる。
誰もが信じられないといった顔をしていた。
「それをしたいのはやまやまだが……ポロネイア王国の囚人に対する扱いに我が国が口を出すのは政治的干渉というものじゃ。我が国に多大なる貢献をしたそなたの頼みといえども、そればかりは承諾しかねる」
国王の回答はナッシュの予想していたものだった。
ペトラとニーナも「やっぱりそうだよね」と言いたげな様子。
「そなたらのこの度の発見は実に素晴らしい。だからこそ心苦しいのだが、脱獄囚であると分かった以上、ニーナは逮捕してポロネイア王国へ送り返すこととなる」
国王の顔には「実に申し訳ない」と書いてあった。
心苦しいという言葉は本心なのだ。
できることならどうにかしてあげたい。
が、どうにもできないことであった。
「ニーナを捕縛して連行しろ」
国王が苦悶の表情で命じた。
壁際に立っていた大勢の兵士がニーナへ迫る。
「お待ちください!」
これまで沈黙を貫いてきたナッシュが口を開いた。
「いくらお主が頼もうとも譲れないぞ、ナッシュ」
「分かっております、父上、いえ、陛下」
ナッシュは国王の前に移動した。
ペトラと国王のちょうど間に立つ。
「私はニーナを助けてほしいとは頼みません」
「ではなんじゃ?」
「提案がございます」
「提案?」
「今、この場で私に王位をお譲りください」
「なんじゃと!?」
またしても場がどよめく。
「本来であれば、王位継承権の放棄を宣言した私が王位に就くことはありえません。しかし、現在は非常事態です。王位継承権を持っていた兄達はこの世を去りました。このままでは次期国王の座が空いたままとなり、国家の運営に支障を来すでしょう。ですから、次代の国王には私が就くべきだと考えます」
「その考えはもっともだ。それにお主が王位を継承してくれるのであれば、儂も安心出来るというもの。じゃが……このタイミングでか?」
「このタイミング以外にありません。もしもここで王位をお譲りいただけないのであれば、私は今後、二度と王位に就くことはございません」
「お主……ペトラの要求を通したいが為に脅しておるのか」
「どう捉えられようが自由です。私はただ事実を述べただけに過ぎません」
「ぬぅ……!」
国王はナッシュを睨みながら唸る。
ナッシュも逸らすことなく国王の目を見ていた。
「お主、本当に分かっているのか? 下手をすれば国際問題に発展するぞ。我が国とポロネイアの長きにわたる関係が崩れるのだぞ」
「承知しております」
「それでもペトラの希望を叶えたいと言うのか? たった一人の女を救う為に国を動かすというのか?」
「それだけの価値があると私は考えております」
「たわけが!」
国王が怒鳴った。
そして、大きく息を吐いてから言う。
「そこまで言うなら示してみせよ、お主の道を」
「それは……つまり?」
「ナッシュ、今この時をもって、お主に王位を譲る」
国王は譲位を宣言した。














