064
「「本題?」」
ナッシュとニーナが同時に言った。
ペトラはニッコリしながら「そうよ」と頷く。
「ニーナには秘密があるの」
「――! ペトラ、それって」
ニーナはすぐに気付いた。
ペトラが自分の正体を話そうとしていることに。
「ナッシュなら大丈夫だから」
「貴方がそう言うなら……信じるわ」
ニーナはあっさり引き下がる。
笑みを浮かべて、ペトラに任せた。
「秘密って?」
ナッシュは真剣な表情で尋ねた。
「此処にいるニーナ・キーリスは、かつてニーナ・パピクルスだった女性なの」
◇
ニーナがペトラにそうしたように、ペトラはナッシュに説明した。
ニーナの正体や彼女が自分にしてきた悪事の全てを包み隠さず話す。
「そうだったのか」
聞き終えるとナッシュが言った。
彼は無表情を装っているが、内心ではとても驚いていた。
(全てを知ってもなお、ペトラはニーナを許したのか。いや、それだけじゃない。彼女はニーナを受け入れている。あれだけ凄惨なことをされたというのに……。器量が大きいというレベルの話ではないな)
ペトラは一呼吸おくと、さらに続けた。
「ナッシュ、貴方にニーナのことを話したのは、頼みがあるからなのよ」
「ニーナを自由にできるよう助けてくれってことか?」
「その通りよ、流石ね」
ニーナが脱獄したことは誰にも知られていない。
ポロネイア王国では、彼女の父であるザイードが脱獄したと思われている。
だが、もしも脱獄したのがニーナと分かればどうなるか。
たちまち彼女は脱獄囚として扱われ、見つかり次第、逮捕されるだろう。
賢者ハリソンの魔法がいつまでも続く保証はない。
ある日、突然、全ての魔法が解ける可能性があった。
ザイードとニーナが元の姿になる、という可能性が。
その可能性がある限り、ニーナは不安を抱えて生きることになる。
――と、ペトラは考えた。
実際、この考えは合っている。
ニーナも同じように考え、幾ばくかの不安を抱いていた。
ただ、そうなった時は素直に受け入れよう、と覚悟していた。
「ニーナが我が国の囚人なら容易いことだが、残念ながら彼女はポロネイア王国の囚人だ。ポロネイアとの協定によって、脱獄囚を見つけた場合は逮捕して送り返すことになっている。いくらペトラの頼みと言えども難しいな」
「でしょ? だからこうやって頼んでいるの」
ペトラは両手を合わせて、上目遣いでナッシュを見る。
「ナッシュの力でどうにかならない?」
「そ、その目はずるいぞ……!」
ナッシュは一歩退いて苦笑い。
ペトラは離れた分の距離を詰めて再度のおねがい。
「仕方ない。やるだけやってみよう」
ナッシュが折れた。
「ほんと? やった!」
「期待はするなよ。それにこれは大きな賭けだ。上手いこといくとニーナは自由になるが、上手くいかなければ脱獄囚としてポロネイア王国で処罰を受けることになる。分かっていると思うが、脱獄囚の処罰というのは死刑だ」
「「死刑……」」
ペトラとニーナの顔が青くなる。
「俺がニーナの件を聞かなかったことにすれば、賢者の魔法が解けない限り、彼女は今の生活を持続できるだろう。ニーナ・キーリスとニーナ・パピクルスが同一人物だと言っても信じる者はいない」
ナッシュの表情が険しくなる。
「不安を抱えつつも安全な日々を過ごすか、死刑になることを覚悟で一か八かの賭けに出るか。取れる選択は二つに一つだ。どちらを選ぶかは君達で決めるといい」
ペトラとニーナが顔を合わせる。
「ニーナ、貴方はどうしたい? これは貴方が決めるべきことよ」
「私は……」
ニーナは俯いて考える。
顎を摘まむことも忘れない。
昔の彼女であれば、ここで考えることなどなかった。
迷わずに不安な日々を過ごしていただろう。
なぜならもう一方の選択が他力本願だからだ。
ニーナは自分の力だけを信じるように育てられた。
そして、ペトラに関すること以外はそれで成功してきた。
彼女にとって、他人を信じるということは難しい。
他力本願など愚の骨頂である、と父に叩き込まれたから。
だからこそ、彼女はこの選択をした。
「死刑になってもいいので、やれるだけのことをやってください」
この選択はニーナにとって、決別を意味している。
ニーナ・パピクルスとして生きた過去の自分との決別。
「本当にいいのだな? 俺を信じるということだぞ」
ナッシュが最後の確認を行う。
ニーナは力強く「はい」と答えた。
「ペトラが信じるナッシュ様のことを、私も信じていますから」
ニーナ・パピクルスでは絶対にできなかった選択。
それをできるのが今の彼女――ニーナ・キーリスだ。