表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/67

060

「つまり餌が関係しているってこと?」


「そう。魔鶏や魔牛がそうであるように、魔物の畜産物って、餌や飼育法で品質が大きく変化するものなの。それが魔山羊の場合、なにをどうしたって同じ味になっていた。だから、てっきり餌を変えても変化がないと思っていたのよ」


「味が同じなのは牛乳機で加工しているからかも、とか言っていなかったっけ」


「たしかに言ったけれど、あれは苦し紛れだよ。牛乳機で行う加工ってただの殺菌だから。鍋でグツグツに煮ているのと大差ないわけだし」


「それもそうね」


 ペトラの仮説は単純明快だ。

 魔山羊にあげた餌によって、魔山羊のミルクの解毒対象が決まるというもの。


「私達を一瞬で救ってくれたあのミルク。あれは生牡蠣を餌にして作ったミルクだった。だから、貴族病の原因たるバーチェスコウモリを魔山羊に与えて、それで得られるミルクを使えば」


「貴族病が治るって?」


「そういうこと!」


 声を弾ませるペトラ。

 一方、ニーナは懐疑的といった様子。


「なんかそれって飛躍しすぎというか、無茶苦茶すぎないかな?」


「えー、そう?」


「たまたま魔山羊のミルクに生牡蠣の食中毒を打ち消す作用があっただけって可能性もあるじゃない? 餌とか関係なく。もしくは貴族病のような強烈な毒には通用しないって可能性も」


「それはそうだけど……」


「それに魔山羊って殆ど手つかずの家畜でしょ? 魔牛や魔鶏、それに魔羊(まよう)は定番だけど、魔山羊については研究すらまともにされていないし」


「おお、ニーナ、詳しい!」


「た、たまたまよ。昨日、暇な時間に少し調べただけだから」


 ニーナは「そんなことより!」と慌て気味に話を戻す。


「今の状態でナッシュ様にお知らせするのは早計だと思う。もう少し臨床実験をして、確実性を高めてからのほうがいいんじゃない?」


「むぅ」


 ペトラは唸る。

 反論の言葉が浮かばなかった。


「とりあえず生牡蠣の食中毒で試してみるといいんじゃない? 前回と同じように食当たりを引き起こした後、今度は餌に生牡蠣を使用していないミルクを飲むの。それで治らなかったら、ペトラの仮説の説得力がグッと増す」


「たしかに……。じゃあ、牡蠣を仕入れてもらうよう、〈アレサンドロ〉に行ってお願いしてくるね。お家にある牡蠣は全て食べちゃったし」


「私はその間にオムライスを作っておくね」


「えー、またオムライスぅ?」


 ニヤニヤするペトラ。

 ニーナはぷくっと頬を膨らませた。


「だって他の料理はまだ習ってないんだから仕方ないじゃない」


「あはは。今度、色々と教えてあげるね」


 ニーナは館に入り、ペトラは馬車に乗って〈アレサンドロ〉へ向かう。


「ごめんね、ニーナ」


 道中、ペトラはポツリと呟いた。


 ◇


(今日も言うことができなかったな……)


 その夜、ニーナはなかなか眠れずにいた。

 実はここ数日、彼女はまともに睡眠をとれていない。


 ペトラに本当のことを話さないでいるせいだ。

 自分の正体とこれまでペトラに行ってきた悪事の数々を。


 何度も話そうと試みた。

 だが、直前になって足が竦んでしまうのだ。

 そして、たじろいでいる間に話す機会を失ってしまう。


(明日こそ、明日こそは……)


 ニーナは枕を力強く抱きしめ、目を瞑った。


 ◇


 翌日。

 トムに商品を卸した数分後に新聞が届いた。

 最近になってペトラが定期購読を始めた政府系の新聞だ。

 購読理由は貴族病にかかった者達の容態を知る為である。


 加工場の前で新聞を立ち読みするペトラ。

 その手はプルプルと震え、顔は青くなっていた。


「今度は誰?」


 ニーナが尋ねる。

 彼女はペトラの様子から事態を把握していた。

 貴族病によって誰かが死んだに違いない。


「第二王子と第五王子、それに環境大臣も」


「えっ、3人も亡くなったの!?」


 流石のニーナもこれは予想外。

 てっきり死亡者の数は1人だと思っていた。

 その中でも意外だったのが第五王子の死だ。


「第五王子様って、まだ若いよね?」


 ペトラは「29だって」と頷いた。


「そんな……」


「元々病弱だったことが影響しているみたい」


 貴族病を発症した人間の数は24人。

 王族7人に大臣17人だ。


 今回の死によって、生存者の数は18人になった。

 最近になってその数が急激に減ってきている。


「魔山羊のミルクの臨床実験、間に合わないかもしれない?」


「どうかな」


 ペトラは空を見上げた。


 ◇


 ペトラの注文した食材が届いたのはその翌日だ。

 なるべく早くとお願いしたが、それでも丸二日を要した。


「これで実験ができるわね」


 食材の入った木箱を厨房の床に置くニーナ。


「そうだね」


 ペトラの表情は冴えない。

 それに気付いたニーナが「どうしたの?」と声を掛ける。


「ニーナに謝ることがあるの」


「謝ること?」


 驚くニーナ。

 謝ることがあるのは自分のほうだ。

 ペトラから謝られるようなことをされた記憶はない。


「実は――」


 ペトラが木箱を開けた。


「――牡蠣は発注しなかったのよね」


 ニーナは箱の中を見てぎょっとした。

 そこに入っていたのは、たしかに牡蠣ではなかった。


 ペトラが発注したのは、バーチェスコウモリだったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ