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006

 ファミリーネームを訊かれ、ペトラは焦った。


 公爵家の人間だとバレるのは色々とまずい。

 ペトラ・ポナンザの名は他国にも知られているから。

 ポンドが良い人だったとしても、他の人間まで良い人とは限らない。


 間違いなく厄介なことに巻き込まれるだろう。

 身代金目的で拉致されてもおかしくないものだ。

 しかも、拉致されたところで助けは来ない。


(絶縁された以上、私のファミリーネームは……)


 今のペトラはポナンザ家の人間ではない。

 よって、正確にはファミリーネームがない状況だ。

 奴隷と同じである。


「実は私……」


 言葉を詰まらせるペトラ。

 それを見て、ポンドは事情を察した。


「ポロネイア王国から来て、ペトラという名前。それにその美貌。もしやとは思っていたけれど、ペトラ、君は……」


 ペトラが小さく頷く。


「実は私、色々あって、国から追放されたんです。家とも絶縁状態で……」


 ポンドが察したこともあり、ペトラは素直に話した。

 話すことには躊躇したけれど、今はポンドに縋るしかない。

 そう判断した。


「なるほど、そっか。なら君は今日から私の養子だ」


 ポンドがさらりと言ってのける。


「えっ、それって、どういう……」


「ファミリーネームは絶対に必要だ。虚偽の名前を書いたところで、指印を捺す際の判定魔法によってバレる。判定魔法は血と指紋を照合して真偽を判定するこういった登録作業に特化した魔法だ。過去に一度でも登録していると絶対に通らない。君は絶縁される前、指印を捺したことがあるだろう? 奴隷ではなかったのだから」


「はい、あります」


「となれば、嘘を書くことは出来ない。ファミリーネームがないにもかかわらず奴隷でもないという、法的に最も厄介な立場だ。だからまずは私の養子になってもらう。養子として登録するには、私と君の双方にそれぞれの条件があるけれど、幸いなことに私達はその条件をクリアしている。君は絶縁されて親がいない状態だし、私は既婚者で大きな家を持っているからね」


 ペトラは養子云々に関することがよく分からなかった。

 だから彼女は「そうなんですか」と生返事をしてしまう。

 それでもポンドは気にせずに話した。


「こうして養子になった後、ペトラ・カーペンタリアとして住民登録を行う。それなら嘘ではないから、指印で問題になることはない」


「本当に可能なんですか?」


「可能さ。これでも妻が死ぬまでは法律家が本業だったのでね。こういった法の抜け道とも言える知識はいくらでも持ち合わせている。任せたまえ」


 ポンドは別の部署で養子の手続きを行った。

 手続きはあれよあれよと進んでいき、ペトラがポンドの養子になる。


 それから改めてペトラの住民登録を行った。

 ペトラ・ポナンザではなく、ペトラ・カーペンタリアとして。

 最後にペトラが指印を捺して、手続きが完了する。

 指印の際に問題が起きることはなかった。


「おめでとう、ペトラ。これで君はバーランド王国の人間だ」


「ありがとうございます、ポンドさん。あの、私、なんとお礼を言ったらいいのか……」


「気にしないでいいさ。私に代わって牧場でただ働きしてくれるならね」


「お安い御用です! ただ働きしまくります!」


 ペトラとポンドが握手を交わす。


(この人に頼って正解だった! 絶対に恩返しするぞ!)


 ペトラの人生は着実に好転の兆しを見せていた。

 ――この時は、まだ。


 ◇


 ポンドの館で過ごす初めての夜がやってきた。

 ペトラは不安に駆られていた。

 個室の中、ただ1人、ベッドの上で、目をキュッと閉じる。


 ベッドの上で目を瞑ると、どうしても関所のことを思い出す。

 もしかすると、ポンドも夜になるとケダモノになるのではないか。

 いきなり夜這いを仕掛けてきて、犯そうとするのではないか。

 そんな思いを拭いきることはできなかった。


 実際、ペトラが不安に思っているようなことは起きなかった。

 彼女がベッドでビクビクしている頃、ポンドは熟睡していたのだ。


「……グガァァァッァァ!」


 ポンドの巨大ないびきが館に響く。

 すると、魔鶏が「うるさいんじゃ」とでも言いたげに鳴く。

 魔鶏が鳴くと、今度は魔牛が苛立ちの声を放つ。

 草木も眠る時間に、牧場内で怒声のコンサートが開かれた。


(これなら大丈夫そうね)


 ペトラは「ふふっ」と小さく笑う。

 ポンドのいびきが聞こえてきたことで、彼女は眠りに就けた。


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