059
良薬は口に苦しと言われている。
魔山羊のミルクの不味さは、ペトラとニーナにその言葉を思い出させた。
「魔山羊のミルクって、食中毒に効くんじゃない?」
「私もそう思った! これ、食中毒を一瞬で治す効果があるんだよ!」
ニーナの言葉に、ペトラも強く同意した。
先程までの腹痛や下痢、それに嘔吐が嘘のようだ。
今の彼女達は喉こそ渇いているものの、体調はいたって良好である。
「食中毒なんてそう起きるものじゃないし、売り物としては微妙だよね」
ニーナは自分の顎を指で摘まみながら言った。
それは深く考えている時に行う無意識の癖の一つだ。
そんな彼女を見て、ペトラは「たしかに」と頷く。
「食中毒は回復魔法や解毒魔法じゃ治せないから使い道はあるけれど、商品としてはねぇ……」
そこまで言った時、ペトラは「あっ」と閃く。
「これ、貴族病の特効薬として使えるかも!?」
ナッシュの説明を思い出す。
貴族病はバーチェスコウモリの肉が原因の食中毒だ。
「貴族病って、国王様や王子様が罹っているという病気のこと?」
ニーナは貴族病のことを詳しく知らなかった。
ただ、話の流れや貴族病という名前から推測する。
「そうそう! 食中毒なんだけど、今は治療薬とか何もない状況なんだって!」
「それなら魔山羊のミルクは効果があるかも」
「だよね!」
ペトラは目を輝かせた。
「しかも明日か明後日にナッシュがこの町を通るはず。王都に戻る必要があるから。私、その時に魔山羊のミルクを提案してみるよ。商品としての価値が微妙でも、国の偉い方々を救えるかもしれない。私達がこの国を救うのよ!」
◇
ナッシュがココイロタウンにやってきたのは、翌日の昼過ぎだった。
ペトラとニーナは無礼を承知で国王専用馬車の前に立ち塞がる。
何事かと客車から現れたナッシュに対し、ペトラは事情を説明した。
「なに!? 魔山羊のミルクで生牡蠣の食中毒が一瞬で治っただと!?」
ナッシュは上半身を仰け反らせて驚いた。
「そうなの! だから、もしかしたら貴族病にも効くんじゃない?」
「十分にあり得る話だ。よし、王都に戻ったら直ちに試すとしよう。事態は一刻を争うというのに、今は何も打つ手がない状況だ。試せるものは試さないとな。とりあえず効果がありそうなミルクを譲ってくれ。代金は後で使者を送るからその時に打ち合わせするということで」
「そんなのいらないよ。無料でいい」
「本当か」
「うん。全部持っていって。上手くいったらその時は何かお礼してよ」
「分かった。ではお言葉に甘えるとしよう」
◇
魔山羊のミルクによって、貴族病の問題は一気に解決する。
――かに思われた。
数日後、ペトラのもとにナッシュから手紙が届いた。
それを見たペトラは「そんな……」と表情を曇らせる。
ちょうどこの日の作業を終えて牧場に戻ろうとしていた時のことだ。
「駄目だったの?」
ニーナが尋ねる。
「うん……。効果なしだって」
魔山羊のミルクは通用しなかった。
貴族病を発症した全員が意識不明に陥っている。
だから魔法を使って強引に摂取させたが、何の効力も発揮しなかった。
――ナッシュがよこした手紙にはそう書かれていた。
「じゃあ、たまたま生牡蠣の食中毒に効果があったってこと?」
ニーナの疑問に、ペトラは「分からない」と沈んだ声で返す。
「何か見落としがあるのかも」
ペトラは魔山羊のミルクが持つ可能性を信じていた。
「それか貴族病が特殊なだけなのかも」
ペトラとは対照的に、ニーナは魔山羊のミルクは駄目だと考えていた。
ミルク自体に解毒作用があるかもしれないが、貴族病には通用しない。
それがニーナの見解だ。
「そうかもしれないけど……私はまだそう思いたくないの」
ペトラは目を瞑り、生牡蠣にあたった日を振り返る。
(あの時、私とニーナは同時に食あたりを起こした。時間や症状から考えて生牡蠣が原因の食中毒であることは間違いない。私達は互いにトイレで苦しんだ後、這々の体で外の冷蔵庫へ。そしてそこで魔山羊のミルクを飲むと一気に回復した。たしか飲んだのは製造日が一番新しい……)
「あああああああああああああ!」
突然、ペトラが叫んだ。
「なに!? 急にどうしたの!?」
驚きのあまり心臓が止まりかけるニーナ。
「分かった! 分かったよ、ニーナ!」
「分かったって、なにが!?」
「魔山羊のミルクが貴族病に効かなかった理由!」
「えっ、本当!?」
「仮説だけど、たぶん間違いないと思う。私達が回復した理由の説明がつくし、貴族病に効かなかった理由の説明もつくから!」
そして、ペトラは力強い口調で言う。
「今度こそ貴族病を倒すよ!」