053
ニーナを連れて、ペトラは牧場に帰ってきた。
「でーん! ここが私の魔物牧場! といっても、元々は私の養父が経営していて、私は引き継いだだけなんだけどね」
ペトラがにこやかに言う。
「は、はい」
ニーナの声は震えている。
「ふっふっふ、緊張しているのも今だけだよー! すぐに緊張なんてしなくなるさー!」
ペトラは上機嫌だ。
同年代の女とこうして過ごすのが久しぶりだから。
ニーナ・パピクルス以来となる親友になれそうな同年代の同性だ。
「ニーナ、私のことはペトラって呼び捨てで呼んでね!」
「え、でも……」
「いいのいいの! 私達、同い年なんでしょ?」
「はい」
「だったら上下関係なんて無し! できれば敬語も禁止!」
「わ、分かりました」
「よーし! じゃあ、まずは荷物をお家に運ぼう! 今日はクライスさんから食材を頂いたこともあって、運ぶ物がたくさんあるからねー!」
終始ペトラのペースで、二人は館に向かった。
馬車の荷台に積んだ木箱を手分けして運び込む。
重い箱は二人で一緒に運んだ。
(たしかにクライスの言っていた通りね……)
作業に従事しながら、ニーナは思い出していた。
かつてクライスから言われたセリフを。
――あんたとペトラじゃ“格”が違うぜ。
「おーい、ニーナ、聞いてる?」
「え、あ、ごめんなさい、ボケッとしていました」
ペトラの声で、ニーナはハッとした。
全ての荷物を運び終え、二人は今、客室の前に立っている。
目の前の扉は開いていて、部屋の中がよく見えた。
掃除の行き届いた綺麗な部屋だ。
「大丈夫? 先にご飯でも食べる?」
ペトラが心配そうな顔でニーナを見る。
ニーナは「ううん」と首を振った。
「大丈夫です。それで、なんでしたっけ?」
「この部屋はどう?」
「どうとは?」
「問題ないなら、ここがニーナの部屋ってことで!」
「こんな良い部屋をいただけるのですか?」
「いいよいいよ! でも、掃除は自分でやってね」
「はい、ありがとうございます」
「それとその丁寧な言葉も禁止! 友達として接するように!」
「き、気をつけます……」
「よろしい!」
ペトラは満足気に頷くと、ニーナの部屋に入った。
そして、クローゼットを開ける。
中にはフリーサイズの洋服が揃っていた。
ユニセックスのシンプルな物が目立つ。
「地味な服しかなくて悪いけど、これらは好きに着てくれていいから! もっとオシャレがしたくなったら、その時はお給料を使って自分で買ってね。あ、でも、ここだけの話だけど、町の服屋さんは割高だからオススメしないよ。月に数回、バーランドやポロネイアの王都から服の行商人が来るから、その時に買うのがオススメ! 安くてオシャレな服が手に入るよ!」
ペトラの舌が軽快に回る。
誕生日プレゼントを貰った子供のような顔をしている。
「は、はい、ありがとうございます」
ニーナはその勢いに圧倒されていた。
それと同時に懐かしい気持ちにもなる。
(変わっていないなぁ、ペトラ……)
昔から、ニーナと接する時のペトラは上機嫌だ。
声を弾ませ、普段よりも格段に口数が多くなる。
その勢いは留まることを知らなくて、ニーナはよく苦笑いを浮かべていた。
ニーナ・キーリスになってからも、それは全く変わっていない。
今のニーナも、ペトラのマシンガントークに苦笑いを浮かべている。
そんなことはお構いなしに、ペトラは続けた。
「今日はもう遅いからご飯にしよっか! 牧場の仕事は明日の朝にでも教えるよ! それでいいかな?」
「い、いい、よ」
ニーナは頑張ってですます調を廃止した。
すると、ただでさえ上機嫌のペトラが尚更に喜んだ。
「その調子! じゃあ、食堂へレッツゴー!」
「お、おー……」
ペトラに合わせて、ニーナも右手を突き上げる。
ニーナの心に燻る罪悪感の炎は強まるばかりであった。