051
煌びやかな馬車が近づくと、皆は道を空けた。
ペトラとクライスも慌てて自身の馬を端に動かす。
国王専用の馬車は、ペトラ達の前で止まった。
客車のドアが開き、国王代行のナッシュが降りてくる。
「ナッシュ……様!」
ペトラは思わず呼び捨てで呼ぶところだった。
今のナッシュは国の最高権力者。
公然の場で呼び捨てにすることは許されない。
「別に呼び捨てでかまわないさ。しばらくぶり、ペトラ」
「貴方が良くても他人の目が……ま、いっか」
ペトラは周囲を見て問題ないと判断した。
町の人々が温かい笑顔を向けていたからだ。
ペトラとナッシュの関係は誰もが知っている。
「クライス・アレサンドロ、君がこの町にいるとは珍しい」
「おいおい、ここは俺の本店がある町だぜ? 当たり前だろ?」
クライスはナッシュが相手でも物怖じしない。
この二人も呼び捨てで問題ない関係にあった。
「それで二人はここで何をしているんだい?」
「私は牧場に戻ろうとしていたところで、クライスさんは……」
「俺も自分の店に戻ろうとしていたところだ。で、ペトラを見かけたから食材を分けてやろうと思ってな」
「なるほど」
「私達のことより、ナッシュこそどうしたの?」
「俺はポロネイア王国に行く最中さ。新聞でも報じられていたから知っていると思うが、しばらく前、ルーク殿が新国王に就任された。今回はそれを祝う為の宴に参加するわけだ」
「宴? こんな時期に国を離れて大丈夫なの?」
「こんな時期だからこそさ。我が国は貴族病で、ポロネイアは国王の毒殺に伴う非常事態宣言で揺らいでいる。他国に付け入る隙を与えない為にも、そして両国の基盤が盤石であることを示す為にも、この祝宴で両国の力をアピールしようというわけだ」
「なるほどねぇ」
ペトラがジーッとナッシュを見つめる。
「……国王代行になってからまだ1ヶ月も経っていないのに、なんだかすっかり見違えちゃったね」
「そうならざるを得ないからな」
ナッシュがクライスの馬車の荷台に向かう。
空いている木箱を眺めると、彼は野菜と果物の入った箱を指した。
「そこのリンゴ、美味しそうだな」
「おいおい、国王のくせにたかろうっていうのか?」
「お金は払うさ。譲ってくれないか? お腹が空いていてね」
「冗談だ。やるよ。好きなだけ持っていきな」
「ならお言葉に甘えて」
ナッシュは木箱からリンゴを一つだけ手に取る。
それをその場で豪快に囓った。
「陛下、毒味をしないと!」
護衛の一人が慌てた様子で馬を下りて駆け寄る。
「おいおい、俺のリンゴが毒入りだって言うのか?」
クライスが不機嫌そうに顔を歪めた。
「そうじゃない」
ナッシュが首を振った。
「貴族病の一件でガイドラインを定めたのだ。国王や王子、それに各大臣は原則として定められた場所以外での食事を控えること。そして、今回のように指定外の場所で何かを食べる時は、別の者に毒味をさせること。俺が決めたガイドラインなのだが、いやはや、自分で破っていては駄目だな」
「貴族病……大変なんだね」
「まぁな」
ナッシュが苦悶の表情を浮かべる。
「病気の詳細は既に分かっていて、それは政府系の機関誌でも伝えた通りだ。人から人に感染することはないし、特定の食材――具体的にはバーチェスコウモリを使わなければ問題ない。そこまで分かっているのに、治療の手立てがなくて苦戦しているのがもどかしい」
「魔法でどうにかならないの?」
「無理だな。魔法で治せるのは外傷に限る」
「解毒魔法でも駄目なの?」
「駄目だ。解毒魔法で解毒できるのは魔物の攻撃による毒だ。今回の貴族病は、毒は毒でも食中毒だから、解毒魔法ではどうにもならない」
「じゃあ完全に打つ手なしなんだ」
「国を挙げて治療薬を作ろうとしてはいるが……今のところはそうだな、完全に打つ手なしだ。症状自体は一般的な肺炎と似ているのに、どうにも肺炎用の治療薬が効かなくてな」
「私に何かできることないかな?」
ペトラの言葉に、クライスが「ぷっ」と吹き出した。
「ペトラ、お前のウリはデミグラス牛乳だろ。他に作っている物と言えば、一般的な魔鶏の卵と駄目駄目な魔山羊のミルクくらいだ。それでどうやって奇病の治療に貢献しようって言うんだ」
「言い方はアレだがクライスの言う通りだ。気持ちは嬉しいけれど、ペトラの出る幕はないだろう。悪いな」
ナッシュは再びリンゴを囓ると、客車に向かった。
「これ以上の長話は控えるとしよう。二人共、またな」
「うん、頑張ってね」
ナッシュが客車に乗り込むと、馬車は移動を再開した。
「俺達も戻るか」
「そうですね。あ、食材の件ですが、魚類をいただきますね。美味しそうな牡蠣が入っていましたので」
ペトラがクライスの馬車の荷台から魚類の詰まった木箱を抱える。
――が、予想以上に重くて、持ち上げると体がふらついた。
それを見たクライスがすかさずアシストに入る。
ペトラから木箱を取り上げ、彼女の馬車の荷台にその箱を置いた。
「ありがとうございます、クライスさん」
「いいってことよ」
二人は自分の馬に乗ると、ゆっくりと動き出す。
ナッシュの乗った馬車とは適度に距離を保つ。
「ペトラ、お前は牡蠣が好きなのか?」
「はい、大好物です」
「だったらその牡蠣はぶったまげるぞ。最高級品だからな」
「見るからに美味しそうでしたから楽しみです」
「分かっているとは思うが、牡蠣は加熱して食えよ? 生で食うと極上の牡蠣でも食当たりを引き起こす」
「承知しております」
と言いつつ、ペトラは牡蠣を生で食べるつもりだ。
彼女は牡蠣の中でも飛び抜けて生牡蠣を好んでいる。
前世では何度も食当たりに陥って死にかけた。
それでも彼女は、生牡蠣のミルキーな味わいが大好きなのだ。
「おっ、ちょうど今日の食材が入ってきたみたいだな」
名店〈アレサンドロ〉の前に行商人の馬車が停まった。
クライスが厳選した食材を、ポロネイア王国から運んできたのだ。
行商人の馬車の横を、ナッシュの馬車が通過していく。
――と、その時だった。
「「あっ!」」
クライスとペトラが同時に声を出す。
行商人の馬車の荷台から青い髪の女が飛び出したのだ。
荷台を覆うシートの下に潜んでいた。
「食料泥棒だ!」
クライスの声が響く。
その声に女が反応した。
女の目が素早くクライスを捉える。
それから、彼の横にいるペトラへ視線を移す。
ペトラの顔を見るなり、女は驚いた表情を浮かべて固まった。
「こいつ!」
行商人の護衛の一人が、女を地面に押さえつける。
去りゆく客車の窓が開き、ナッシュがちらりと顔を覗かす。
「ごめんなさい! 許してください! 出来心だったんです!」
取り押さえられた青髪の女――ニーナの叫ぶ声が響いた。














