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しばらく前、ルークのもとに知らせが入った。
――ナッシュ・バーランドが国王代行に就任した、と。
原因は未知の病によるもの。
そして今日、ナッシュから勅使がやってきた。
彼が国王代行に就任したことの報告と謝罪だ。
謝罪はルークの新国王就任に関する祝宴に参加できなかった件について。
もっとも、ルークが祝宴の招待をした時、ナッシュはまだ牧場で働いていた。
その為、謝罪といっても形式的なものに過ぎない。
また、勅使が持ってきた文には、貴族病の詳細が書かれていた。
貴族病の原因は特定の食材――コウモリにある。
正確にはポロネイア王国のとある洞窟にのみ棲息するコウモリ。
このコウモリ、普段は食材として使われることがない。
通常なら別の洞窟に棲息する別種のコウモリを使うからだ。
それが紆余曲折を経て、バーランド王国の晩餐会で使われてしまった。
「責めるつもりはない、か。器量の大きい男だ」
謁見の間の玉座で、ナッシュの文を読みながら、ルークは呟いた。
バーランドの料理に使われるコウモリは、全てポロネイアからの輸入品だ。
といっても、コウモリは超高級食材の為、一般的には使われない。
ナッシュがわざわざコウモリについて触れたのは注意喚起の為だ。
あのコウモリは危険だから気をつけたほうがいい、と。
ただそれだけであり、賠償金の請求をすることはなかった。
「それにしても……」
ルークは文の最後の行に目を向ける。
そこには、今からでもお祝いに行ってもいいか、との旨が書かれていた。
ナッシュは国王代行として、ルークの国王就任を祝いたがっているのだ。
(バーランド王国は我が国より揺らいでいるだろう。そんな中で国を離れても平気と言うのか。大した自信だ。いや、それとも、ただ国の政に興味がないだけか。まぁどちらでもいい。両国の友好関係をアピールしておきたいのはこちらとて同じこと)
ルークはナッシュの提案を受け、改めて祝宴を開くことにした。
◇
休憩がてら、ペトラはココイロタウンの中心地に来ていた。
町外れにある彼女の牧場からだと、徒歩では微妙に距離を感じる場所だ。
ただ、今回のペトラは馬で移動している。
歩きすぎて足が痛くなる……といったことはなかった。
彼女の馬には荷台が連結してある。
昔はこの荷台に牛乳を載せ、卸売業者のもとへ行ったものだ。
それが今では、今日みたいなまとめ買いでのみ利用されている。
荷台には買い込んだ食材やら洗剤やらが積まれていた。
「おう、ペトラ」
牧場へ戻ろうとするペトラに、一人の男が声を掛けた。
ペトラと同じく馬車に乗った男だ。
「クライスさん!」
虹色のドレッドヘアが特徴的な強面の男――クライス・アレサンドロだ。
奇抜な見た目に反して、名店〈アレサンドロ〉の総料理長を務めている。
「そろそろ呼び捨てで呼んでくれよ、ナッシュのことは呼び捨てだろ? それにもっと親しげに話すじゃないか」
「クライスさんともだいぶ親しくなってきているじゃないですか」
ペトラはかつて、クライスのことを様付けで呼んでいた。
クライスがそれを嫌うので、今ではさん付けで呼んでいる。
「そんなことよりペトラ、良い所にいたな!」
「どうかしたのですか?」
「極上の食材を仕入れてなぁ。少し分けてやるよ」
「えっ!? いいのですか?」
「おうよ」
クライスは笑みを浮かべて頷くと、馬から下りた。
そして後方の荷台に行き、積んでいる木箱を指しながら言う。
「この箱とこの箱、それにこの箱の中から好きなのをやろう」
ペトラも馬を下りて、箱の中を確認しに行く。
箱の中身は、野菜類、肉類、魚類と綺麗に分かれていた。
どれもパッと見て高品質だと分かる。
「うわぁ、どれも美味しそう! でも、木箱をまるまる1箱もいいんですか? これだけの品だと結構な額がするだろうし、なによりお店で使うんじゃ?」
「この食材は全部、俺がプライベートで使う用だ。店で使う分はもうじき届く。だから大丈夫だ」
「これだけの量をプライベートで使うのですか!?」
「常に新しい料理を考えるのが俺の仕事だからな」
「流石ですね」
「ペトラのほうはどうなんだ? 魔山羊を導入したんだろ?」
「そうですが……魔山羊は全然ですね。苦戦しています」
「ほう? あのペトラでも苦戦するものか」
「あのって言われるほど大した人間じゃありませんよ、このペトラは」
「がはは、相変わらず謙虚な奴だなぁ!」
クライスは豪快に笑いながら、ペトラの背中を叩く。
その衝撃によって、ペトラは軽く咽せてしまった。
「えーっと、それじゃあ、お言葉に甘えて……」
ペトラは木箱の一つを指そうとする。
その時、周囲がガヤガヤと騒がしくなった。
なにが起きたのかはすぐに分かった。
国王専用の煌びやかな馬車が、護衛を引き連れてやってきたのだ。