表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/67

049

 臨時の国王――国王代行に就任したナッシュ。

 就任と同時に彼が行ったことは二つ。


 まずは組織の再編だ。

 組織図の上位に位置する者ばかりが貴族病で倒れている。

 今のままでは国の運営に支障を来しかねない。

 というより、ナッシュが就任した時点で既に支障を来していた。

 だから速やかに組織の基盤を整える。


 ここでナッシュの卓越した記憶力が役に立った。

 かつて見聞きした情報をもとに適切な人間を選んでいく。

 まさに電光石火の如き再編で、誰もが舌を巻いた。


 それと同時に行ったのが貴族病の解析。

 最も大事なのは、この病気が他人に感染するのかどうかだ。

 もしも感染するのであれば、第二・第三の被害を警戒せねばならない。

 貴族病の感染者と接触した人間を隔離する必要もでてくる。


 幸いにも、他者に感染する可能性は限りなく低いと分かった。

 つきっきりで対応している名医達が元気だからだ。


 そのことが分かると、ナッシュは感染源の調査に乗り出した。

 なにが原因で国王や王子は貴族病に陥ったのか。


「間違いなく何かしらの共通点があるはずだ」


 貴族病にかかった者のスケジュールをくまなく調べた。

 ここで運が良かったのは、貴族病にかかった人間が国の重鎮であること。

 彼らは往々にして秘書官を抱えており、行動が細かく記録されていた。


「これだ。これに違いない」


 そして、ナッシュは見つけた。

 貴族病を発症した人間に共通していた点を。


 ◇


 ポロネイア王国の王都にある小さな酒場にて。

 パリィンと皿が粉々に割れる音が響いた。


「す、すみません!」


 頭を下げるのはニーナ。

 彼女は皿洗いの最中に皿を落としてしまったのだ。

 皿にこびり付いた油で指が滑り、手から皿が離れてしまった。


「またか! お前は皿洗いもまともにできんのか!」


 店主の怒声が響く。


「すみません! もう絶対、絶対に割りませんから……」


「その言葉は聞き飽きた! もういい! お前はクビだ!」


「お願いします! それだけは」


「うるさい! 出て行け! 今日の給料は抜きだ! お前が今まで割った皿の代金を考えると、こっちが逆に金を貰いたいぐらいだがな! 分かったら早く失せろ!」


 店主の大きな足で背中を押され、ニーナは店の外に放りだされた。


「またクビ……」


 ニーナは虚ろな目で夜の街路を歩く。


「これで何軒目かしら……」


 彼女はこの2ヶ月で何度となくクビになっている。

 どの店でもクビになるまでの流れは同じだ。


 最初は大体の店主が温かく受け入れてくれる。

 しかし、ミスが続く内に、温かい声は怒声に変わっていく。

 そして最後はクビ宣告だ。


 ニーナは社会に適応できなかった。

 約20年に及ぶ人生で、彼女は働いたことがなかったのだ。

 かといって、専門職に就けるようなスキルは持ち合わせていない。

 彼女のような人間が働ける店は限られていた。


(もう王都の飲食店では働けないわね)


 飲食店を除いてニーナでも即日採用される店。

 それは娼館をはじめとする性風俗店しか残っていなかった。

 しかし、彼女のプライドがそういった店を拒んでいた。


(体を売るくらいなら死んだほうがマシよ)


 酒場でニーナが通用しないのも、このプライドが原因になっていた。

 酔っ払いからセクハラを受けると、反射的にビンタをお見舞いしてしまう。

 セクハラと言えないような軽いスキンシップにすら抵抗があった。

 それ故に、彼女はホールスタッフとして働くことができない。


「今日はここで寝るか……」


 人気(ひとけ)の無い路地裏で腰を下ろし、建物の壁にもたれるニーナ。

 彼女は宿代を節約する為、こうして外で寝ることが多かった。

 特に今日のような仕事をクビになった日は決まって野宿だ。


「ここまでして私が生きる理由ってなんなのだろう」


 そんなことを考えながら、ニーナは目を瞑る。

 最低限の警戒はしつつ、浅い眠りで夜が明けるまで動かない。


 彼女の近くをしばしば男が通る。

 だが、ナンパする者も、襲おうとする者もいない。


 外で堂々と眠るような女を襲うのはリスクが高いからだ。

 反撃を受けるかもしれないし、お金をすられるかもしれない。

 それに性病を移される恐れだってある。


「少しは回復したかな」


 午前4時30分頃。

 夜から朝に変わろうとする時間に、ニーナは動き始めた。

 肌寒さから両腕に鳥肌を立たせて、王都の外へ向かって歩く。


 他所の街へ行く予定だ。

 そして、新たな街で仕事を探すつもり。


 だが、徒歩で王都を出るのは危険だ。

 道中には魔物が棲息している。

 最近は特に治安が悪い。

 魔物や野獣だけでなく、盗賊も現れる。


 それでも、ニーナは別の街を目指す。

 この街では雇ってくれそうな店が残っていないから。


「あれは……!」


 門の近くまで来た時、ニーナは馬車を発見した。

 御者らしき男は馬を下りていて、門番の兵士を相手に手続きをしている。

 ニーナには一目で行商人であることが分かった。


(あの馬車に乗り込めれば……!)


 ニーナは周囲の様子を窺う。

 時間が時間なので人の目が少ない。


 警戒すべきは、馬車の左右にいる二人の用心棒。

 ――だが、幸いにも今は油断しきっている様子。


(自分で隣町まで歩くのは危険だけど……どうする?)


 ニーナは素早くリスクとリターンを計算する。

 捕まった場合の処遇まで考えた。


(今の私はニーナ・キーリス。どこにでもいる貧しい女。捕まったところで何発か殴られておしまい。それ以上にはならない。だったら一か八かで挑んでみる方がいいじゃない。隣町まで歩いていく危険さに比べたら格段にマシよ)


 ニーナは馬車の荷台に乗り込むことを決意した。

 腰を低くして素早く近づいていく。


(よし!)


 誰にもバレることなく、スッと荷台に乗り込んだ。

 そのまま荷台に被せられているシートへ潜る。


「ふぅ」


 彼女が安堵の息を吐くと同時に馬車が動き出した。


(この木箱、なにが入っているのかしら。食料なら嬉しいけど)


 シートの下には無数の木箱があった。

 ニーナはその内の一つをそっと開ける。


 暗くてなにが入っているのか分からない。

 おもむろに手を突っ込んでみる。


 硬くて丸い物が入っていた。

 片手で持てる大きさで、何個も入っている。


 ニーナは一つを掴み、静かに取り出した。

 シートの端を少し上げて、日の光を手に持っている物へ当てる。


 リンゴだった。

 美味しそうなリンゴだ。


(やった!)


 ニーナは音を立てずにリンゴを囓る。

 久しぶりに食べるまともな食べ物だ。

 自然と涙がこぼれた。


(たらふくリンゴを食べたら適当な場所で飛び降りないとね)


 ここまではニーナにとって最高の展開だった。

 だが、ここからは想定外で最悪の事態となる。


(えっ、ちょ……!)


 馬車の速度がぐんぐん上がっていったのだ。

 飛び降りられる速度ではなくなってしまう。


 彼女の忍び込んだ馬車は、隣町ではなく隣国を目指していたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ