047
ポロネイア王国の国王グラドン・ポロネイアが逝去した。
それに伴い、第1王子のルークが新たな国王となる。
グラドンが死んだ翌日のことだ。
ポロネイア王国、王城、謁見の間――。
集まった貴族に対し、ルークは玉座から言い放った。
「我が父グラドンは、何者かによって毒殺された」
貴族達の顔が引きつる。
「毒殺!? そんなバカな!」
貴族の一人が吠えた。
「父上は昨夜の晩餐会まで健在であった。それは諸侯もご存知のことだろう。それが晩餐会の後、激しい発熱に吐血、更には全身の毛穴から血をふきだして無残な死を遂げた。これが毒殺でなくてなんだと言う」
「それは……」
ルークの言う通り、これは毒殺である。
グラドンはたしかに毒殺された。
この点について、ルークの考えは合っている。
だが、彼は肝心な点で誤っていた。
この中に犯人はいない。
グラドンを毒殺したのは賢者ハリソンだ。
「奇しくも昨夜、父が死ぬのを見計らったかのように、ザイード・パピクルスが脱獄した。私はザイードの脱獄と父の死が無関係とは考えていない」
これも惜しい線をいっている。
「それであれば、私は容疑者から外れますな」
軽い調子でそう言ったのはゲンドウ・ポナンザ伯爵。
ペトラの実父であり、ザイードとはかつて権力闘争に明け暮れた関係だ。
両者が犬猿の仲であることは誰もが知っている。
「そんな安易な考えは認めない」
ルークがゲンドウの言葉を一刀両断。
「この国は今、ひどく揺らいでる。ポナンザ伯爵の娘に対して行ったパピクルス一家の謀略、そして今回の脱獄と父上の毒殺。それらを見れば一目瞭然だ」
ルークはこの中に犯人がいるかもしれない、と考えている。
しかし、今すぐに見つけようとは思っていなかった。
「全てはこの国の根幹たる貴族制度が腐敗しているせいだ」
「ル、ルーク様……それは……」
最初に反応したのはゲンドウ。
続いて、他の貴族もピクピクッと眉を動かした。
「我が国に定められた法律に則り、今この時を以て、私は国家の非常事態宣言を発令する。この宣言が発令されている間、我が国の領地は全て、国王である私の直轄地になる。また、領有権を持つ大貴族に与えられていた爵位は全て剥奪とする」
「「「――!」」」
「この宣言は、我が父であり先代国王グラドンを毒殺した犯人の特定及びその身柄を拘束又は殺害するまで継続する。ただし、バルトロス侯爵家に関しては例外とし、領有権並びに爵位の剥奪は行わない。これは侯爵家の特異な立場を考慮してのことだ。諸侯も異論はなかろう」
ゲンドウ以下、全ての貴族が何も言わない。
異を唱えるとどうなるか分からない恐怖があった。
それだけの威圧感を今のルークは醸し出している。
「私は可及的速やかに組織の新体制を構築する。その間、諸侯には城内の個室で待機していただく。こちらの準備が済み次第、諸侯には先王毒殺に関する聴取を行う。供述内容に少しでも矛盾が感じられる場合、魔法を使って自白を強要させるので覚悟してもらいたい」
「お待ちください、陛下」
ゲンドウが顔を真っ青にして言う。
「魔法による自白の強要は負担が大きすぎます。我々のような老いた者があの魔法を受けた場合、重度の後遺症が懸念されます。また、あの魔法には欠点がございます。何者かにマインドコントロールされて悪事を働いた場合、その記憶は当人の頭に残っていない為、魔法を掛けても正しい供述を引き出すことができません。何卒、魔法の使用についてはご再考を」
「たしかに一理あるな」
ゲンドウの言葉で、ルークは考えを改めた。
「では、今回は魔法を使った自白の強要は行わないこととする。しかし、それは今回に限った話だ。今後も行わないということではない。捜査が進展し、必要と判断した場合には躊躇なく使わせてもらう。私とてあの魔法は使いたくない。故に、諸侯には献身的な協力を求めたい。以上だ」
ルークが話を終了する。
こうして、ポロネイア王国の貴族体制が一時的に廃止されることとなった。
「ルーク様、祝宴はいかがなされますか?」
貴族達が謁見の間を出て行った後、側近の男が尋ねてきた。
「祝宴? 父上が死んだのにか?」
「いかなる理由であれ、新国王が誕生した折には祝宴を開くのが我が国の慣習となっております。それに、友好関係にあるバーランド王国をはじめ、周辺諸国に新国王が健在であることをアピールする必要もございます。他国に付け入る隙を与えない為にも、ここは盛大な祝宴を開くのが良いかと」
「それもそうだな。では、周辺諸国に対して文をしたためるとしよう」
「かしこまりました。私は祝宴の手筈を整えると共に、バーランド王国へ招待状を届けてまいります」
「よろしく頼む」
◇
グラドン毒殺に関する捜査は難航していた。
貴族達の供述に矛盾点が見当たらなかったのだ。
全員にアリバイがあった。
そして、全員にザイードを助ける理由がなかった。
聴取を受けた貴族の中には、かつてザイードの派閥に所属していた者も少なくない。
しかし連中が派閥に所属していたのは、ザイードを慕ってのことではない。自身の地位を向上させる為のものだ。リスクを冒してまでザイードを救う理由がなかった。
「クソッ、誰が父上を……」
玉座で頭を抱えるルーク。
そんな時、バーランド王国に送った側近が戻ってきた。
「祝宴の件ですが、バーランド王国は参加できないとのことです」
「なんだと? 私が若いから侮られているのか?」
ルークの眉間に皺が寄る。
側近の男は「違います」と首を振った。
「バーランド王国は現在、非常事態にあるとのことです」
「非常事態だと?」
「詳しいことは分かりませんが、勅使として赴いた私でさえ、国王はおろか王子との面会も許されませんでした。大臣――我が国で言う大貴族にも面会を試みましたが、それすらも全て拒否されました。何かしらの問題が起きていることは間違いないかと」
「なら仕方ないのか。我が国と同じタイミングでバーランド王国も揺らぐ、か。全く気が滅入ることが続くものだな……」
ルークが大きなため息をつく。
脳裏にペトラの顔がよぎった。