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「ペトラ・カーペンタリア、そなたの発明したデミグラス牛乳は、我がバーランド王国の食生活に革命をもたらした。その功績を讃え、ここにそなたを我が国の重要無形文化財に認定する」
バーランド王国の王城にある謁見の間にて、ペトラは重要無形文化財の認定を受けていた。
重要無形文化財は俗に「人間国宝」と呼ばれるもので、国で多大な功績を残した者が認定される。人間国宝になると、他国へ移動する際に追加の手続きが必要になる反面、国から特別年金が支給される等、文字通り国宝として扱われる。
今回、ペトラの他にも、デミグラス牛乳の元となるデミグラスソースの開発者として、クライス・アレサンドロも重要無形文化財に指定された。しかしクライスは、自由に他国を往来したいという理由により、国からの打診を辞退。ペトラだけが認定されることとなった。
「今後も……ゲホッ、ゲホッ……我が国……ゲホッ……尽くして……ゲホッ」
国王が玉座に座ったまま、跪くペトラに言葉を掛けようとする。だが、とめどなく咳が出るせいで、まともな言葉にならなかった。
「ゲホッ、ゲホッ」「ゲホッ、ゲホッ」
「ゲホッ、ゲホッ」「ゲホッ、ゲホッ」
「ゲホッ、ゲホッ」「ゲホッ、ゲホッ」
咳はペトラの左右でも留まることなく起きている。国王以下、国の重鎮である大臣連中がこぞって咳き込んでいるのだ。
この場で咳き込んでいないのは、国王の代理で認定の言葉を読み上げた官吏と、壁際に等間隔で配置された兵士達、それにペトラくらいなもの。
(大丈夫なのかしら……)
ペトラは国王達の様子が気になって仕方なかった。
「ゲホッ!」
国王が玉座の隣に立っている代弁の官吏に向けて手で合図する。
官吏の男は終了の旨を告げ、ペトラに謁見の間を出るよう促す。
ペトラは不安そうな顔をしながらも、静かにその場を後にした。
◇
「あの、すみません、よろしいですか」
王城を発つ前、ペトラは適当な官吏を捕まえて尋ねた。
国王達の容態はどうなっているのか、と。
「申し訳ございませんが、それについてはお答えできません」
それが官吏の返事だった。
官吏の他に、城内で働く給仕にも尋ねてみた。
「たしかに最近、陛下や大臣様を中心に酷い咳が見られますが……詳しいことは分かっておりません」
給仕の返事も官吏と同じようなものだった。
(何かが起きているみたいだけど、私の出る幕ではなさそうね)
ペトラには前世の知識がある。
内容次第ではその知識が活かせるかも、という思いがあった。
だが、現状では首を突っ込む余地がない。
ペトラは用意された馬車に乗り込み、王都を発った。
◇
バーランド王国の重鎮が謎の咳で揺れている頃――。
「ガハアッ!」
ポロネイア王国の国王グラドン・ポロネイアは重篤状態にあった。
先日まで元気だったのが急変し、かつてない高熱にうなされていた。更には吐血し、全身の毛穴からも血が出ている。純白だったはずのベッドが赤く染まっていた。
「父上!」
グラドンに寄り添うのは、王子のルーク・ポロネイア。
「どうにかならないのか!?」
ルークの怒声が響く。
彼の周囲には、ポロネイア王国でも指折りの名医が集まっていた。
「駄目です。原因が分かりません」
医師達は魔法を使ってグラドンの状態を解析する。
しかし、どれだけ調べても異常が見当たらなかった。
「どうしてこんなことに……!」
「ルーク……」
グラドンの虚ろな目がルークを捉える。
口の端からは血がこぼれていた。
「父上!」
「無念だが……儂は……これまでのようだ……」
「そんな! 何を弱気なことを!」
ルークがグラドンの手を握ろうとする。
何があるか分からない為、医師達は慌てて制止した。
病の中には、体液に触れることで感染するものも存在する。
「この国のことは……頼んだ……ぞ……」
「父上! 父上!」
「…………」
「父上ェエエエエエエエ!」
ルークが泣き崩れる。
その時、兵士が血相を変えてやってきた。
「大変です! 地下の独房から重要監視対象者の男が脱獄しました!」