表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/67

045

「偽装工作?」


「そうだ。手伝え」


 ハリソンは他の独居房を確認した。


「今はお前達しか収容されていないのか」


「そのようだけど」


「ならお前の父親を犠牲にするしかないな」


 そう言って、ハリソンはザイードの独居房を開錠。

 扉を開け、横たわるザイードの上半身を引っ張る。


「何を見ている。お前も手伝わんか」


「あ、うん、ごめん」


 ハリソンの考えが分からないものの、ニーナは彼の言葉に従った。

 ハリソンと二人がかりでザイードを持ち上げ、彼女の独居房に放り込む。


「私の房にお父様を入れてどうするの?」


「ニーナ・パピクルスになってもらうのさ」


 ハリソンが指をパチンと慣らす。

 どこからともなく現れた光がザイードを包み込む。

 その光が消えた時、ザイードの姿はニーナと瓜二つになっていた。


「お父様に魔法を掛けて私と同じ姿にしたっていうの?」


「姿だけじゃない。声までそっくりだ。もっと言えば性別まで」


 ニーナは理解した。

 ハリソンの目論見を。


「貴方って人は……」


「なんだ?」


「相変わらずよね。人に魔法を掛けるのは危険なのよ。さっきの催眠魔法もそうだけど、人体への影響とか考えないわけ?」


「我が輩は自分が楽しければそれでいいからな。そんなことより、これで作業は終了だ。長居をしていても良いことなどない。さっさと出るぞ」


 ザイードはニーナの独居房を施錠すると、地上へ繋がる階段に向かう。


 ニーナはその後ろに続いた。


(さようなら、お父様)


 一瞬だけ振り返り、自身のいた独居房を見つめる。

 ザイードに対して申し訳ないと思いつつも、後悔の念は抱かなかった。


 ◇


 秘密の階段を上り終え、隠し扉の前に到着するニーナとハリソン。

 ハリソンは扉の前で足を止めた。


「ここでお前の顔を変えるぞ」


「私に魔法を掛けるの?」


「そうだ」


 ハリソンが即答する。


「やつれたとはいえ、お前ほどの女が人前を歩けばすぐにバレる。だからここで顔を変えるのが得策だろう」


「たしかに。でも、それって」


「不細工とまではいかないが、どこにでも居る女の顔になる。今時の言い方だと『モブ顔』と言うらしい。今日からお前はモブ顔の女になるわけだ」


「この顔を捨てる……」


「躊躇うか?」


「そりゃあね。こんな私でも持っている唯一の武器なんだから」


「そう卑下するな。それに、適応しなければ死ぬぞ」


「それもそうね……」


 ニーナは決意した。


「ハリソン、やってちょうだい」


 ハリソンは頷き、指を鳴らす。

 ニーナの全身が光に包まれた。


「終了だ、ニーナ」


 光が消えると同時にハリソンが言う。


「これがお前の新しい顔だ」


 ハリソンは手鏡を召喚し、ニーナに向ける。

 ニーナは恐る恐ると確認した。


 そこに映っているのは、青い髪をした素朴な女。

 かつてのニーナとは違い、華やかさに欠けている。

 決して不細工というわけではないが、誰もが羨む美貌でもない。

 良く言えば化粧次第、悪く言えば――。


「芋臭い女……これが新しい私なのね」


「そうだ。気分はどうだ?」


「最悪よ。前の顔が恋しいわ」


「そうじゃない。吐き気などはしないか? 魔法の副作用を気にしている」


「それは大丈夫」


「ならば問題ない」


 ハリソンが隠し扉を開けた。


 ◇


 二人は問題なく王城の外まで辿り着いた。

 外は真っ暗で、街灯と月光が辺りを照らしている。


「これでもう安心だ」


「あっさり出られたわね」


「怪しまれる要素がなにもないからな。我が輩はただの兵士で、お前は庶民らしさの溢れるただの女だ」


「それに城内がなんだか騒然としていた」


「そうだな」


 ハリソンは「そんなことより」と話題を変える。

 そして、懐からお金の入った革の袋を取り出した。


「ニーナ、ここでお別れだ」


「そっか。契約はここまでだものね」


 ニーナが己の純潔を捧げてまで結んだ契約。

 それは、ペトラの不貞行為を偽装することだけではない。

 処刑や禁固刑となった時に救出してもらうことも含まれていた。

 彼女は最悪の事態に備えていたのだ。


「この金で数日は生活できるだろう。後は自分で働いて稼ぐのだな」


 ハリソンは革の袋をニーナに渡す。


「ありがとう、ハリソン」


「礼を言われる筋合いはない。短い間だが楽しめたよ、ニーナ・パピクルス。おっと、今はもう別人だったな。適当な偽名を考えておくといい」


「顔は捨てたけど、名前までは捨てたくないな」


「ならファミリーネームだけ変更するといい。お前の大好きなペトラのように」


 ペトラと聞いて、ニーナの顔は歪んだ。

 ただ、これはペトラに対する不快感からではない。

 過去の自分が犯した醜態を思い出したからだ。

 もはやペトラに対する敵意や悪意は欠片ほどもない。

 むしろ謝れるものなら謝りたいとすら思っていた。


「ニーナ・キーリス。今後はそう名乗っていこうと思う」


「悪くない名だ――達者でな、ニーナ・キーリス」


「貴方もね」


 ハリソンはニーナに背を向けて歩きだす。

 ニーナもハリソンに背を向けて歩きだす。


 二人の姿が闇夜に消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ