044 第3章
お待たせいたしました。
本日よりその後の物語となる第3章を投稿していきます。
最終話まで毎日更新する予定ですので、どうぞよろしくお願いします。
ポロネイア王国の王城。
そこの地下には、一般には知られていない独居房がある。
諸々の事情で表向きには処分できない者を収容する場所。
ニーナ・パピクルスと彼女の父ザイードは、そこに収容されていた。
分厚い石の壁を挟んで隣接する独居房で、退屈な日々を過ごす両者。
(ボロボロね)
ニーナは房内の机に置かれた鏡で自分の顔を確認した。
かつての美しさは消え失せ、やつれた顔をしている。
頬は痩せこけ、骨張っていた。
そんな自分の成れの果てに、自然と呆れ笑いがこぼれる。
「なぁ、国王陛下を呼んできてくれないか」
ザイードは扉に張り付き、外に座っている男の看守に言う。
看守は何も答えない。言葉を交わすことが許されていないからだ。
此処に収容されている囚人と会話をするだけで厳罰に処される。
「せめて何か暇を潰せる物を持ってきてくれ、なぁ、おい」
看守が無反応でも、ザイードは止まらない。
ニーナは大きなため息をついた。
(お父様の元気さには恐れ入るわね。もう諦めたらいいのに)
二人が禁固刑に処されて半年が経つ。
その間、二人の生活はまるで変わることがなかった。
房内でただただ過ごすだけだ。
支給される食事も常に同じで変化がない。
房内にあるのは布団と机、あとはトイレのみ。
机の上には自分の顔を確認する為の小さな鏡があるだけ。
広さは三畳ほどであり、窓はついていない。
「頼むよぉ……」
ザイードの虚しい声が響く。
その声を聞きながら、ニーナは布団の上で正座を続ける。
目を瞑って煌びやかな過去を振り返る――それが彼女の過ごし方だ。
(どうしてペトラにあそこまでのことができたのだろう、私……)
ニーナはそんなことを考えるようになっていた。
禁固刑で否応なく頭を冷やしたせいか、それとも時の流れか。
とにかく彼女は己の行いを悔いていた。
「交代の時間だ」
独居房の外から声が聞こえた。
ニーナはその声を不審に思う。
(もう交代? いつもより早いんじゃ?)
彼女と同じ疑問を看守も抱いたようだ。
「まだ交代の時間ではないだろう」
「いいや、交代の時間だ」
妙な空気を察知したニーナは、扉に近づいて外を窺う。
扉の狭い穴から見えるのは、看守が座っている机のみ。
此処にある5つの独居房は、彼女からだと見えない。
横並びに設置されているからだ。
「うぅぅっ……」
突然、看守が膝から崩れ落ちた。
新しくやってきた男の兵士は、その看守を見てニヤリと笑う。
それから、視線を独居房に向けた。
まずはニーナの隣――ザイードの居る一番端の房内を確認。
「違うな」
呟く男。
次にニーナの房内に目を向ける。
男はニヤリと笑い、「いたいた」と言った。
「待たせたな、ニーナ」
ニーナは事態を把握した。
「やっぱり貴方だったのね、アルバ」
「今はハリソンだ」
男が「ほら」と身分証を見せる。
たしかにハリソンと書かれていた。
この男こそ、ニーナがかつて契約を交わした賢者だ。
数百年に及ぶ時を生き、既に自身の本名と肉体を消失している。
アルバやハリソンというのは、不運にもこの賢者に憑依された者の名だ。
「外に出してやろう」
「大丈夫なの? 此処の外も警備が厳重なんじゃ」
「大丈夫さ。この国は今、それどころじゃないからな」
「どういうこと?」
「じきに分かるさ」
ハリソンは看守の懐をまさぐって鍵を取り出す。
それを使ってニーナのいる独居房の扉を開けた。
「おい、なんだ? 何をしている?」
二人のやり取りにザイードが気付く。
「ニーナ、お前、脱獄する気なのか!?」
ニーナは何も答えない。
「なんだか分からないが儂も出してくれ! 頼む!」
ザイードがハリソンに向かって叫ぶ。
ハリソンは「そうだな」と呟いた後、笑顔で答えた。
「駄目だ」
「駄目ぇ?」
「お前は寝ていろ」
ハリソンの目が青く光る。
その目を直視したザイードは、瞬く間に意識を失った。
看守にかけたのと同じ魔法だ。
「父親も出してほしかったか?」
「ううん、別に」
「なら今すぐに此処を――いや、待てよ」
ハリソンが閃く。
「このまま出ると、お前の脱獄がバレてしまうな」
「そうね」
ニーナは自分のいた房内に目を向ける。
扉が開きっぱなしで、中には誰もいない。
本物の交代がやってくれば一目で分かる。
ニーナ・パピクルスが脱獄した、と。
「バレたら厄介だし――」
ハリソンが言う。
「――偽装工作をしておこう」